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短編102.『根気はあるが、人気はない』〜カタストロフを願いながら〜

 私はいつだって終末を待ち望んでいる。

 ーーーこんな世界、終わらせた方が良い。

 データは残酷だった。数字は数字。しかし経験的に数字には体温があることを知っている。冷たくも温かくもなる。貰うなら一円より壱万円の方が温かいし、支払うなら一円より壱万円の方が冷たい。財布はいつだって温度差に震えている。

          *

 アプリ画面に表示された、閲覧記録の数字はどれも冷たかった。あまりの冷ややかさに指が凍傷を起こすかと思ったほどだ。私はスマートフォンを投げ捨てた。それは壁に突き刺さり、中空で静止した。

 ーーー私の書いた文章は読まれず、撮った動画は観られない。よって、この世界に価値はない。

 単純な論理学の問題、

 私の身勝手な都合こそ世界のルールだ。

          *

 燃料庫には300000000光年飛べるだけのエネルギーが詰まっている。

 だけど、誰も私に着火せず、発射台にすら乗せてもらえない。

 私はこの世界に見切りをつけた。

 もう”人間”だと思わないでもらいたい。憎悪が形を成したもの。それが私だ。…もう人間ではないのだから、【私】という呼称も捨てよう。

          *

「この世界を破壊したいのです」

 と憎悪は言った。駅前の街頭演説。足を止めた数人が憎悪に向けてスマートフォンを構えている。SNSでの嘲笑用に使うのだろう。

「私の行った努力はみな無駄になった。何も報われない世界ならば、あっても無くても同じだとは思いませんか?」

 憎悪は問いかける。人間を辞めても尚、選択言語は日本語だった。それだけはどうしようもなかった。

「あなたにだって『何故、私を認めない』と唇を噛んだ夜はあるでしょう」

 憎悪は聴衆の中から一人を選び出し、目を見つめながら語りかけた。テクニックとしてそれを行なっているのではなく、憎悪はただ自分の想いを分かってもらいたいだけだった。

「センスのない人間に囲まれて生きるのは、もうウンザリなのです。だからといって新しい秩序や新たな基準を創るのではない。ただ、ただ、世界を破壊せしむるのです。むしろ世界こそ破壊されたがっている。この両手はそのためにある」


          *

 拡散された動画はどれも数万〜数十万再生された。選挙には落選したものの、無所属新人(無所属新憎悪)としては異例の獲得票を誇った。それは憎悪の全SNSアカウントを全て足した数より遥かに多かった。

 皮肉にも人間を辞めてからの方が、数字は憎悪に温かかった。”何の注目も浴びない”という状況がかえって憎悪を押し上げた。数字は肩に手を置き、背中をさすった。

「まだまだこの世界も捨てたものではないな」

 と”彼”は言った。

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