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短編322.『オーバー阿佐ヶ谷』22

22.

 通夜は今夜だそうだ。何事も鮮度が大切だ。中年で、しかも頭なんかを割られた死体は特に。でも稽古場を訪ねていなければ危うく行きそびれるところだった。これも神の采配の一つなのかもしれない。もしくは、怪物の。

 若干、腹が減っていた。昼飯は胃の腑に収まった途端に出て行った。他の男の元へと走る、癇癪持ちのメンヘラ-bitchみたいに。

昼飯は全てリバース
ライムで埋める16verse
ファック da ポリス
形式で魅せるコレ、パリスよりもゴージャス
拭けよ鼻水
…もしかしてそれ、カウパー?
随分と溜まってんだなアマラッパー

 リリックが出来上がる頃、家に帰り着いた。

          *

 台所で煙草を一本吸った。これを食後の一服に数えて良いかは分からなかったが、それなりに美味かった。ニコチン不足だったせいかもしれない。
 ーーーさて。
 やろうと思って先延ばしにしていたことに着手する。

 壁に貼られた『スカーフェイス』のポスターの前に立つ。トニー・モンタナは相変わらずマシンガンを乱射していた。いつだって成り上がりは好戦的だ。私はポスター下部の画鋲を外し、その奥に隠された引き出しを開けた。それは確かにそこにあった。ラップと双璧をなす私のもう一つの武器。幾重にも新聞紙で巻かれたその”道具”を取り出した。

 久しぶりのメンテナンスをする。一度、バラしてから各部にグリスを塗り、再び組み上げる。金属管にオイルを挿し、トリガーの調子を確かめる。どこも錆びついてはいなかった。今すぐにでも圧縮された空気を押し出せるし、物凄い音で空間を切り裂くことも出来る。住宅街で発射したら人々は悲鳴を上げて逃げ惑うだろう。
 通夜までにはまだまだ時間がある。私は”道具”をハードケースに納め、家を出た。(残念ながらチャカの話じゃないぜ?)

          *

 妙正寺川の欄干にもたれ、マウスピースを口に当てる。自分の内のメトロノームをBPM72にセットする。私にしか聴こえないカウントに合わせて指を鳴らし、グルーヴを創っていく。バックビートの真っ黒いやつを。深呼吸したあたりで、目の端に白いチャリが映った。

「すいませ〜ん。何してるんですか?」お馴染みの制服に制帽。チャリ松、おそ松よりお粗末。
「見りゃ分かんだろ。これが青姦してる様に見えるか?」
「僕にはトランペットを吹いている様に見えますね」
「残念だな、正確だよ。もし金管とファックしてるように見えるんなら俺が逆に通報してやったのに」
 警官の顔にはまだ幼さが残っていた。いつから警察官の多くが歳下になってしまったのだろう。
「ここ、住宅街なので苦情が来る前にどこかへ退散してもらって良いですか?」
「事件を未然に防ぐなんて警官の鏡だな」

 取り出したばかりのトランペットを再びハードケースに仕舞い込み、川沿いを歩く。金木犀香るドブ川沿いを。

          *

ラップにラッパで二刀流
まるで某メジャーリーガー
でも勿論、ベッドに登らせるHOEは雌限定
ケツを掘らせるつもりはない

          *

 weedを吸った後のマンチが如く腹が減っていた。結局のところ、最後に食べたのはいつなのか、ラーメン二郎は昼飯に算入して良いのか、答えは出ていなかった。デリバリーを注文することにした。ヘルスの方ではなくチーズの乗った丸いやつを。

 Lサイズのピザを独り貪り食った挙句、三十分ほど仮眠を取るつもりで三時間寝た。消化に体力が必要だったのかもしれない。起きた時にはもう陽は翳り、虫の声がし始めていた。

 ーーーそろそろ時間だ。

 私はタンスを開け、喪服を探した。渋い、それでいて光沢あるベルサーチの喪服を。




#阿佐ヶ谷 #チャリ松 #おそ松 #スカーフェイス #トニーモンタナ #ラップ #ベルサーチ #小説 #短編小説

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