瀬尾さんと中島さん
瀬尾一三さんは、中島みゆきのプロヂューサーを長年務めている方。
杏里さんの「オリビアを聴きながら」や、バンバンさんの「『いちご白書』をもう一度」など、彼のアレンジによるヒット曲は数知れず。中島さんのプロデュースは、1988年11月のアルバム「グッバイガール」から現在に至るまで、およそ30年になる。
そんな瀬尾さんが、カフエ マメヒコのオーナーである井川啓央さん(「2008年、影山知明氏の依頼にて、西国分寺に「クルミドコーヒー」を開店」した方)と組んでトークするラジオがあって、その名も「ラジオ瀬尾さん」。毎回一曲ずつピックアップする曲があって、それに沿ったトークをしている。
ゆるーい雰囲気で進む、なんとも良い力の抜け具合の番組なのだが、番組説明にあるように、「時折、キラリと光る良いこと」がポロリと漏れてきたりするので、好きだ。
2月27日に公開された第100回は、中島さんの「二隻の舟」(この頃、公式では「二雙の舟」と表記される)。この曲は中島さんの「ライフワーク」である「夜会」のテーマ曲であって、そもそも「夜会」自体が瀬尾さんと中島さんの出逢いによって生まれた舞台であることから、必然的に話の内容は根本的なことになっている。
この回でも瀬尾さん、とても胸に響くことをおっしゃっていた。30分の短い番組なので、もしお時間があってご興味のある方は聴いていただきたいのだが、聴いていられないという方のために文字起こしをした(多少、読みやすさのために表現を変えたところがある)。
話のテーマは、「瀬尾さんと中島さんの関係」について(15:00頃~)。
井川:瀬尾さん的な、「産んだものを、手厚く乳母として育てるから、安心してお産みください」っていうのは、できるようでいてできないですね。自分をもっと出したがる。「俺があいつに産ませてやった」っていう。
瀬尾:僕はそれはないね。そういう自己主張の仕方は嫌いなんで。比較をして、「相手より俺が上だ」っていうマウンティングは嫌いなの。世の中にそういう人はいっぱいいるけれど、[…]極端に言って、その人を貶めて自分を優位にするとか、「俺がこれだけやったんだから今のあいつはいるんだよ」とかって言う人に限って何もやってないの、よく知ってるから。
だから、そういうマウンティングは、大嫌いなの。そういう人の話は信用しないんで。
井川:瀬尾さんくらい、もう30年近く中島さんとやって、プロデューサーやってれば、もう「中島みゆきは俺が育てた」と言ったって、皆そんな疑いもなく「まぁ、そうですね」となるだろうけど、言わないんですよね。
瀬尾:言わないですし、僕そんなこと思ってないですもん。僕、逆に、「育てられた」と思ってるから。[…]僕自身の人間性もやっぱり育ててもらったと思ってるから。
井川:だから…貴重な関係ですよね。
瀬尾:うん。だからそれは、根本的に、尊敬っていうか、信頼と尊敬が入っているからじゃないかな。だから、そこに、一般で言うような、甘っちょろい「愛」とか、そういうものではない。なんか、「男と女の関係で、愛情でどうのこうの」だとか、そんなことだったら、とっくに別れてるわ。とっくに決裂してる。コンビとしては。だから絶対に、そこには信頼と、やっぱり…。
井川:でも、ただの一度も、「もう辞めよう」って思うほど、信頼を裏切るようなことを互いにしなかったわけでしょ。
瀬尾:それはしなかったと思う。それは避けてたと思う。だからいわゆる、お互いの中での「エゴ」は出してないよ。つまんない「エゴ」ね、箸にも棒にもかからないような、立場上、人がいるから、「俺はこいつの前で偉そうにしなきゃ」とか、そんなアホみたいな考え方は一切ない。昔から言ってるけど、僕は中世の騎士道の、お姫様を守っている、騎士。
肩書きは「プロデューサー」だけれど、「育ててやった」ではなく、「育ててもらった」。そこには「信頼と尊敬」がある…。
「謙虚」という言葉だけでは表しきれない、なにかこう、もっと正直な「人間同士の心の通じ合い」のようなものを感じて、じんとしてしまった。トークの後に流される「二隻の舟」が、瀬尾さんと中島さんのことを歌った曲に聴こえてしまう。
敢えなくわたしが 波に砕ける日には
どこかでおまえの舟が かすかにきしむだろう
それだけのことで わたしは海をゆけるよ
たとえ舫い網は切れて 嵐に飲まれても
時流を泳ぐ海鳥たちは
むごい摂理をささやくばかり
いつかちぎれる絆 見たさに
高く高く高く
瀬尾さんの言葉に表れているように、「時流を泳ぐ海鳥」である世間は、「いつかちぎれる絆見たさ」に、二人の関係のことをああだこうだと言い立ててきた…のだろう。「男と女の関係なんじゃないのか」とか。
でも、そうじゃないんだな。言葉が適切かは分からないが、魂を共鳴させつつ、本気でぶつかり合ってきたんだろうな、と思わせる。
私自身も、誰かと一緒に育っていきたいなぁと常々思っているのである。