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スウェーデン留学記#53 スウェーデンの春祭り

北国スウェーデンで長く、寒く、暗い冬を耐え抜くことは大層辛抱を要する。スウェーデンの中では比較的暖かいルンドに住んでいた私ですら、来る日も来る日も空が晴れない寒い日々に気が滅入ったものだ。太陽の光にあまりにも長く接しないせいで発症する冬季うつが北国で多いのもうなづける。日の光を浴びることは私達が想像する以上に心の安定や幸福感に影響するのだ。
そんなスウェーデンでは、毎年4月30日に春の到来を祝うValborgというお祭りがある。大きな公園では冬の間に蓄積した枯れ枝や枯れ葉が集められ、大きなかがり火が焚かれる。それを囲みながら、人々は飲んだり歌ったりして春の訪れを祝うのだ。

ルンドでも市民公園でValborgが行われた。
スウェーデン人がValborgをどうやって祝うのか、私も見てみたいなと思っていた。すると、ハウスメイトが公園に偵察に行くというので私もついていくことにした。市民公園について驚いた。普段は長閑な市民公園にどこから湧いたのかというくらい人人人でごった返していた。ルンドにこんなに市民がいたとは。
かがり火の点火は夜だが、その日は朝から市民公園で軽食や飲み物を販売する屋台が開かれ、市民は家族や友人たちと集まり、夜まで宴会騒ぎをするのだ。

私達がゆっくりできる場所は既になさそうなので一度帰宅し、ブランチを楽しむことにした。ヴィエラはサーモン、オリーブ、ズッキーニを乗せた簡単なパイを作ってくれた。そしてシモーネ含めて何人かはバナナ、キウイ、ベリー、グレープフルーツ、リンゴが入ったフルーツポンチを用意してくれた。窓から外を見ると、目の前に広がるシェアハウスの庭には色とりどりの春の花が咲いている。そこから何本かのチューリップを頂戴して、花瓶に活け、食卓に飾った。キャンドルも灯し、シャンパンを開けて、私たちの宴の始まりだ。活けたチューリップ、ヴィエラのパイ、フルーツポンチまでもが色鮮やかでテーブルの上も春そのものである。

この優雅なブランチを楽しんだ後、ハウスメイト達は疲れてしまったようで、解散してそれぞれの部屋に帰ってしまった。夜のかがり火を見に行く気力が復活するかは分からないとのこと。

私はできれば夜のかがり火も見たい。ということで、日本人友達何人かを誘って夜の宴を開催し、かがり火を見に行くことにした。
夜ごはんはピザを作ることにした。料理上手なフランス人クラーラに教えてもらった簡単レシピである。強力粉、水、イースト、塩、オリーブオイルをざっくり混ぜて、室温で一時間発酵させた後に成型するだけでピザ生地が出来上がる。これにトマトペーストを塗って、ベーコン、ナス、チーズ、マッシュルームなど好きな具材を適当に乗せて、オーブンで焼いた。このクラーラ直伝のピザはもちろん大好評だった。

ついでにデザートにスウェーデン名物の”プリンセスケーキ”なるものを食べてみることにした。プリンセスケーキは、外側が緑色のマジパンで覆われ、中にスポンジ、生クリーム、カスタードクリーム、ラズベリージャムの層が連なったドーム型のケーキである。スウェーデンでは至る所に売っている定番のケーキで、スーパーの冷凍コーナーでワンホール丸ごと売られていたりする。私達はこの冷凍プリンセスケーキを入手して、解凍することにした。見た目が奇抜なのと、ホールでしか入手できないので今まで試食してみたことがなかった。だが友人と何人かで分け合うなら量的にちょうどよさそうだ。それに今までマジパン嫌いだった私は、これまたスウェーデン特有のパンである"セムラ"を食べて以来、マジパンに対する抵抗感が小さくなっている。
見た目が奇抜なので恐る恐る口にした。が、思ったよりも甘くなくて軽やかで意外と美味しかった。たくさんは食べれないが、一切れならペロリである。

腹ごしらえをした後、私たちはもう暗くなった夜道を進み、市民公園に向かった。
市民公園の広場ではちょうどかがり火が点火されようとしていた。火の周りには人々が輪をなし、大盛況である。真っ暗でほとんどお互いの顔が見えない中、何人か他の日本人の知り合いにも遭遇した。彼らは朝早くから公園で席を陣取り、1日中宴会を楽しんだという強者たちだった。
かがり火は大きく力強く燃え上がり、人々は喜び合うようにざわめいていた。かがり火からだいぶ離れたところに立っていた私たちのところにもその熱が伝わってきた。

私は、半年前のこれから冬本番という12月初旬に行われた聖ルシア祭を思い出していた。ちょうど冬至を迎える頃で、最も夜が長かった時期だ。ルシア祭の日、教会でキャンドルに火を灯した冠をかぶり静々と歩んだ少女たち、彼女たちを祈るような表情で見つめていた人々。あれから半年たって、ついに私達は春を迎えたのだ。北国の人々の春への切望、そして春を迎える喜びは、こうして身をもって私の中にも刻まれたのだった。

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