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#6 脚本の国にて 下

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原稿用紙が燃えている。おそらくボツになったものだろう。それを焚き火にして、彼ら兄弟が、肉を焼いている。見上げた空は満点の星。アパートのベランダで、私とN氏は、彼らから接待を受け、ご馳走を振る舞われている。酒もある。しかし、飲んだことのない味である。聞けば、頑張って書いたのに、映画やドラマにならなかった原稿をまとめて発酵させて作るものらしい。だからかな。少し悲しい味がした。

「あなたが会われたのは、おそらくみつ彦のことでしょう」

炎に揺らめいた、いち彦が、酒をつぎ、ゆっくりと、私に語りかけた。
「渋谷のストリートで会いました」
私は、ことの顛末を話だす。それを聞いた兄弟たちが
「間違いない、みつ彦兄さんだ」と、ザワザワと話しだした。

「申し遅れました、私たちは、脚本のふじき八兄弟、私がいち彦、その下に、ふた彦、そして、みつ彦がいて、よつ彦、いつ彦、鎖鎌のむつ彦、寂しがり屋のなな彦、強面のやつ彦、、、」

いち彦の言葉に、私とN氏は顔を見合わせた。

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「私たちは、代々、この国で脚本を書き、静かに暮らしてきました。日本の映画の脚本をこっそり書き、そして、こうして、肉を食い、酒を飲み、豊かに暮らしていければ、それで幸せだったのです。しかし、その兄弟の中で、突然変異のように、ある日、天才児が生まれた」
「?」
「それが、みつ彦です」

風が吹く。炎が揺れた。いち彦が揺らめきながら、話をつづける。

「みつ彦は、他の兄弟たちと明らかに違う力を持っていました、彼の手にかかれば、すべての伏線は回収し、すべてのセリフは生き生きと輝き、演出した誰もが名監督になれるほどでした。しかし、彼は自分の力を試したくなった。みつ彦は、下界で、良い脚本家として、生きることに決めた。私はそれを知っていました。でも、止めることはできなかった。もしかしたら、私自身も、みつ彦のような人生を望んでいたのかもしれない。今日のように、満点の星空が出ている夜、みつ彦は、この国を逃げ出しました。私たちは、自力では、下界には降りれない、それには、たったひとつ方法がありました。それは脚本ヤギに乗ることです」

「まさか!」
N氏が思わず声をあげた。

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「サンタでいうところの、トナカイでしょうか。ヤギの背に乗り、みつ彦は、下界へと旅立ちました。私も、みつ彦が、下界で、大成すると信じて、彼を送りだしました。だがしかし、そのあと、私たちの耳に届いたのは、信じられない噂でした。みつ彦が悪い脚本家となり、粗悪な脚本を人に売りつけているというのです。私たちは、耳を疑いました。そんなはずがあるはずない。あの、みつ彦が。そんなとき、一通の手紙が届いたのです。そこには、こうとだけ書いてありました。

『この国では、誰も僕に仕事をくれません、この下界の空気を吸うだけで、僕は良い脚本が書けると思っていたのかなあ』

「私たちは涙が止まりませんでした。そして、いつか、みつ彦を助けたい、そう願っていましたが、とうとう、みつ彦に会うことは、できませんでした。そして、いつからか、あなたのような、みつ彦に騙された人間たちが、来るようになってしまった。申し訳なく思っています」

頭を下げたいち彦の横で、ふた彦が、つづけた。

「あんた、監督なら、みつ彦を、もう一度、良い脚本家に戻してくれねえか?」
「え?」

その横のよつ彦と、いつ彦も続けた。

「頼むよ、みつ彦は、俺たちの憧れなんだ」

むつ彦が、自慢の鎖鎌を、そっと置いた。なな彦が、寂しそうな顔で、私をみている。やつ彦が、強面のまま泣いていた。

「お願いだ!、みつ彦を助けてくれ!」
兄弟たちが、一斉に私に向かって、頭を下げた。困惑している私をよそに、突然、横にいたN氏が叫んだ。

「よし、わかった!!、その願い、叶えましょう!」

気がつけば、N氏がボロボロ泣いている。この悲しい酒のせいだろうか。酔った顔で、横にいる私の肩にポンと手をのせて

「ねぇ」

とだけ、呟いた。

「ねぇ」じゃねえよ。

私は思った。

かくして私は、脚本の国の天才児、ふじきみつ彦を探し、再び、渋谷で会わなくてはいけなくなった。しかし、見つかるだろうか。

私の頭上にも、満点の星が輝いていた。

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