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冷蔵庫と私と中華


ニート生活が許される帰省が終わり、狭苦しいのに住んで3年目にして醸し出される安心感のある、この家での一人暮らしが再会した。行きよりもなぜか重くなっている荷物を家に入れることさえ辛い。身体の内側からじわじわと出てくる汗で外の湿度の高さを感じて止まない。
お腹がすいているにも関わらず冷蔵庫の中は空っぽで、使いかけの調味料と腐った玉ねぎしか入っていなかった。帰省のタイミングに合わせて食材を緻密に計画を練り、綺麗さっぱり使いきった過去の私に拍手喝采でもしておこう。お腹がすいた。



とは言え、家に着いてすぐに私は家を出た。もう辞めてしまったけれど、大学二年の夏まで、私はある運動部のマネージャーをしていた。部活で忙しない毎日によってプライベートが死滅し、精神と肉体が追いつかなくなったことを理由に辞めてしまった。それでも、同期とは今でも仲が良く、こうして家に遊びに行くことが今でもある。今日は私を含めて三人で集まることになっていた。新幹線での長距離移動を経ても尚、会いに行くために体を動かし続けた。



家に着くなり、すぐさまゲームをし始めた。幼い頃からゲームには触れてきたものの、私にはどうもこうもセンスがない。特に手指の技術が物を言う系のゲームはお手上げだ。マリオカートやスマブラ、世界大全をしたけれど、何一つ勝つことができない。ただただ悔しい。だって、トモダチコレクションとかどうぶつの森に精をつけていたから…
正直、勝敗なんてどうでもよくて、ゲームをしながら会っていなかった期間のことをだらだら話すことが楽しかった。



「夏休み何してたの」「就活とかやってんの」「最近いい人と出会ってないの」など、積もる話があったのかというと別にそうでもない。今のところ、夏休み中にはフェスに行って帰省して香川に旅行した以外にたいしたことはしていないし、就活は瞼の裏にあるから目を閉じないと見えない。目を閉じると就活サイト見えない。つまり、見ないように工夫することに徹している(?)。最後の質問は愚問だ。私に聞いても期待できる返答はないと一番知っているだろうに。
ただ、ゲームに集中しすぎて私は質問を投げかけたり、話題を上手く広げられなかったことを申し訳なく思う。そこまで気にすることじゃないと思うけれど、お風呂での一人反省会で議題に挙がってしまい、考えざるを得なかった。やっぱり、同時に二つのことを器用にはできないみたい。



夕食は部活帰りによく同期と行っていた、夫婦で営んでいる中華屋に行った。常連や学生、特に運動部が多く集うような地元に根深く愛されているお店だ。そこへ行くまでの道のりが、部活をしていた頃を彷彿とさせる。一緒に歩いているのは、私が乗り越えられなかった壁を、耐えながらも乗り越えようと踏ん張ることができている同期に他ならない。私は彼らと隣に並んで歩いていいのかと逡巡してしまう。多分考えすぎではあるけれど。
頼んだ料理が、予想の1.5倍のボリューム感であることに、物価高の現状を感じさせないからすごい。空っぽの胃袋に艶やかな白米と、とろとろの餡を纏った茄子をかき込む。体感10分で平らげてしまった、夢なのだろうか。静かに私たちは帰路についた。



二人は明日も朝から部活がある。夜遅くまでお世話にならないよう、ここらで解散することになった。昼間にあれほど噴き出ていた汗は、夜になると人見知りかのように出てこなくなっていた。
道路に三人並んで闊歩しても迷惑にならないくらいの人通りの夜。彼らとする”さよなら”は、なぜだか寂しくはない。いつまた会えるかなんて約束はしないし、「また会おうね」と言って別れることもない。各々の胸の内に、”また会いたい”と思うときがあるという確信が、私たちを繋ぐのだろう。早く家に帰って、私の胃のように、冷蔵庫の中身を充たして、また生活を始めていこうと思いながら帰りの電車を待った。








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