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小さな住人~腸活とは何か?~

はじめに

はじめまして。研究者の山田です。既にご存知の方はこんにちは。
普段はXにて腸内細菌叢に関する最新の研究を紹介しています。
今回、はじめてnoteを執筆するに至ったのは、Xでは、一つの投稿でお伝えできることに限界があると感じたからです。特に僕の紹介する内容は最新の研究で難しいことも多いので腸内細菌叢のバックグラウンドを知っていただき、なぜ腸内細菌叢が肥満や花粉症、アトピーなどのアレルギー疾患、はてはうつ病などメンタルヘルスにまで影響を与えるのか知っていただきたいと思ったからです。
とはいえ、はじめて書くので、どういう形式で書くのがいいだろうと思い思案した結果、対談形式で書くことにしました。理由としては、複雑な腸内細菌たちと僕たちの体の細胞とのやり取りを説明するのに適していると考えたからです。途中、脱線も多くありますが、ぜひお付き合いください。
今回は、山田が家の近くにいる黒猫(にゃん太郎)に腸活について話すという形式で進めていきたいと思います。

また、健康や美容分野で活躍されている方々からご感想もいただきましたので最初に掲載させていただきます。
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登場人物

山田:研究者。過敏性腸症候群を患っていた。
にゃん太郎:山田のアパートのベランダにたまに来るネコ。日々縄張り争いに余念がない。)

一人では生きていけない

良く晴れた昼下がり。山田の部屋のベランダに見覚えのある黒猫がやってきた。
「よく来たね」
僕は声をかける。にゃん太郎、と勝手に名前を付けて呼んでいる黒猫だ。「縄張り争いがひと段落してね」
「えっ?」
僕は耳を疑った。猫もしゃべる時代か。もしくは、研究の疲れで自分の幻聴、幻覚が見えるようになったのか。
「ずいぶんすっとぼけた顔をしている」
「にゃん太郎もしゃべる時代になったのか。もしくは僕もついに頭がおかしくなったのか」
「もう少しセンスのいい名前を付けてほしかったが、まぁ飼われているわけでもないし、にゃん太郎でいい」
「センスがなくて申し訳ない。それにしても、今日は天気がいいね。日向ぼっこでもしていくといいよ。缶詰めとかはなくて申し訳ないけど」
僕は、網戸をあけた。にゃん太郎が、へりをひょいと降りて、中に無音で入ってくる。そのまま、最も日が当たるポジションに陣取り腰を下ろした。「日向ぼっこはいい。何も考えなくていいから」
「確かに。何も考えないというのは案外難しい」
「狩りをして一日の飯さえ食えれば、あとは日向ぼっこさ。それに比べ、人間は忙しそうだ。お前も今もこんなに気持ちのいい日に部屋の中にいる。外に出て日向ぼっこでもしないのか?」
「日向ぼっこをしたいけれど、僕は研究者だからね。今は腸内細菌叢についての文章を書いている。腸内細菌って知っているかい?」
「興味はないね。お腹にいる細菌?そんなの知って何になるのさ?」
にゃん太郎は、興味なさそうにあくびをした。
「つれないなぁ。にゃん太郎君には関係ないかもしれないけれど、今の現代人は、肥満や糖尿病、などの生活習慣病、アトピーや花粉症、うつ病など便利な社会になったはずなのに多くの人が何らかの病気にかかっているんだ。それに大きく関わっているのが、腸内細菌叢ってこと。腸内細菌叢を知れば、21世紀に増えた病気の多くのことを知って予防できるかもしれない」「これだけ色んなものを作れるようになっても病気だらけとは信じられないね」
にゃん太郎たち、猫からすると、人間は不自然なようだ。
「まぁそうだろうね。今日文章をあらかた書き終わったから少し内容が難しくないか確認してほしいんだ」
「仕方ないな、今日は特別に聞いてやろう」
そういうと、にゃん太郎はごろんと横になった。人とは聞く体勢が異なるらしい。

「腸内細菌叢について話す前に遺伝子について話そうと思う。遺伝子っていうのは、僕たちの体を作っているタンパク質などの設計図のことなんだ。遺伝子全部をあわせてゲノム。科学者たちは、そのヒトゲノム、つまり人の設計図に何が書いてあるか知るために遺伝子を解析するヒトゲノムプロジェクトというのを始めたんだ。そして、2003年、ヒトゲノムの解読が終わり1(といっても、完璧な解読には時間がかかり、結局完全に読み終わったのは2022年になってからのことなんだけど2(図1))、ヒトの遺伝子の数が21000個だとわかったんだ。お米で有名なイネの半分、31000個の遺伝子をもつミジンコにも及ばなかった」


図1 ヒトゲノムが完全に読めたことを報告した研究が載ったScience誌(https://www.science.org/toc/science/376/6588)

「僕の遺伝子は何個だい?」
にゃん太郎が尋ねる。
「確か、猫は23000個くらいだったはず」
にゃん太郎は答えを聞いて勝ち誇った顔をした。
「とはいえ、ヒトは、21000個の遺伝子だけで生きているわけではないんだ。ヒトの細胞は60兆個ほどだと見積もられているけれど、ヒトの体で僕たちと生きている微生物の数は数百兆個もいると言われているんだ。この共生微生物(マイクロバイオーム)のほとんどが細菌なんだけど、ほかにもウイルスや菌類、古細菌などがいる。ウイルスは、自分たちだけでは生きていけないから他の細胞を乗っ取って自分を増やす。菌類は、主に酵母(ビールなどを作る時に使われる)で、カンジダなどの真菌もこの仲間なんだ。古細菌は、細菌とは別の仲間で、温泉にいる好熱菌などユニークなものが多い。あと、名前が面白いのも特徴なんだ。個人的にはアスガルド古細菌(図2)が好きかな。北欧神話に出てくるやつね」

図2 ロキアーキオータの培養に成功した研究(https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v16/n11/%E7%9C%9F%E6%A0%B8%E7%94%9F%E7%89%A9%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90%E3%82%92%E6%9A%97%E7%A4%BA%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%9F%B9%E9%A4%8A%E3%81%AB%E6%88%90%E5%8A%9F%EF%BC%81/100882)

「そんなに色々、微生物がいるのか、この中に」
にゃん太郎は、驚いた顔をした。
「そうなんだ。これら共生微生物の遺伝子をすべて合わせると、440万個程度になる。これらの遺伝子がヒトの遺伝子と共同作業して僕たちの体を動かしている。つまり、遺伝子数でいえば、0.5%くらいしかないってこと」
「それで、僕たちの体は、単純化するとチューブみたいなもんで、口から食べ物を入れて、消化管っていう管で吸収して肛門から出す。普通は皮膚が外側だと思うけど、チューブだと思うと、腸の中だって外側になる。微生物たちは、僕たちの体の“外側”のほぼすべてに住んでいると言っていい。一番多いのが栄養豊富な腸内だ。皮膚や股の下なんかにもいる。逆に胃の中なんかは胃酸で強酸性だからほとんどの細菌は死滅してしまう。だけど、胃の中にだってピロリ菌という名前の悪い菌がいたりもする」
「へぇ。色んな所にいるもんなんだねえ」
「そう、それだけ違う。地球上の熱帯雨林から砂漠、ツンドラ地帯まで色々な動植物が住んているように、人体にも多様な種類の微生物たちが暮らしている。ヒトマイクロバイオーム・プロジェクトでは、人の色々な部分に住んでいる微生物をサンプリングして、それぞれの特徴を調べようとしたプロジェクトだった。これからわかったことは、腸内にいる細菌と指にいる細菌は違うものの、人によってだいたい同じような細菌叢を形成しているということだ。とはいえ、一つの役割をとってみても僕はAという細菌がその働きをしていて、友達はBという細菌がその働きをしているというようなことはよくある。つまり、腸内細菌叢も指紋のように人によって異なる。だから、腸内細菌の集まりのことを腸内細菌“叢”もしくは色々な花が咲いていることに例えて、腸内“フローラ”と言ったりもするんだ。それで最近では日本でも腸内細菌叢を病院以外でも調べられるようになってきた(図3)」


図3 サイキンソーが提供する腸内細菌叢解析キットマイキンソー(https://mykinso.com/gut-v2)

「そうなんだ。これで自分がどんな“クソ”野郎かわかるってもんだね」
「口が悪いな……。まぁでもそういうことだ。これでざっくりとした腸内細菌叢の割合がわかる。例えば、善玉菌で有名なビフィズス菌がどれくらいいるかとか、ファーミキューテス門(Firmicutes)とバクテロイデーテス門(Bacteroidetes)っていうグループがどれくらいいるかもわかる。太っている人、正確には肥満度を示す指数(BMI)が高い人ほど、Fが多く、Bが少ない、つまりF/B比率が大きくなる傾向にあると報告されているから、ファーミキューテスはデブ菌、バクテロイデーテスはヤセ菌なんて言われている。研究の歴史を見てみると、腸内細菌が肥満に及ぼす影響については、遺伝的に肥満のob/obマウス(図4)を用いて実証されたんだ。痩せ型マウスに比べ、ob/obマウスではBacteroidetes(現在はBacterioidotaと改名)の存在量が50%減少し、Firmicutes(現在はBacillota)が比例して増加していた3。そこから、Firmicutes/Bacteroidetes比(F:B比)の肥満関連増加という概念が導入されたんだ」

図4 食欲を抑制するレプチン遺伝子が壊れたob/obマウス(左)と正常マウス(右)https://en.wikipedia.org/wiki/Ob/ob_mouse

「げっ。食欲を抑える遺伝子をぶっ壊したらこんなにでっかくなってしまうのか……恐ろしいな。それにしても、肥満と腸内細菌叢って関わってるんだな」
「そう。僕たちは食べたものはほとんど小腸で吸収して、大腸では、水分を吸収するって習ったと思うけど、大腸にいる腸内細菌たちが、僕たちの消化酵素じゃ分解できない食物繊維なんかを分解して、そこからエネルギーを取り出す過程でヒトの体に重要なホルモンの材料やビタミン、短鎖脂肪酸なんかがたくさん作られているわけだ。あぁ、それと、さっきのデブ菌ヤセ菌について補足しておくと、最新の研究では、デブ菌ヤセ菌と肥満には関連性が低いと言われている。実際、この所見はヒトの研究間で矛盾しており、実際にはヒトの肥満に関する再現可能な微生物分類学的特徴は存在しないことを報告する少なくとも 3 つのメタ分析が存在している4-6。メタ分析というのは、色々な研究成果を報告する論文をまとめて、そこから傾向や結論を導き出す手法だ。

この誤解は、門などの非常に広範な分類レベルで配列に基づいた微生物叢プロファイルを調べるのが役に立たないということを示唆しているともいえる。これはデータの単純化の観点からはわかりやすい方法なんだが、それぞれの門内に固有の巨大な変動性を組み込むことができない。簡単にいうと、動物園に行って、サル、鳥、魚、爬虫類、そしてホヤもすべて脊索動物“門”と書いてあるようなもんだ。どう考えてもざっくりしすぎていることがわかるだろう。そして、彼らは種ごとに明らかに大きく異なる生理機能、生活環、環境への影響を持っている」
「確かに、細菌って一口にいってもそれだけ違うんだな」
「そういうことだ」
「そういえば、うんちの75%は細菌らしいね」
「そうだ、よく知ってるじゃないか、17%は食物繊維。だから、うんちは食物のカスというよりは、細菌の塊だ。不要になったそれらの一部が出てきているわけだ。ヒトは常に、腸内細菌叢に頼るように進化してきた。常に脳の機能に必要なビタミンB12を作ってくれたり、腸壁を作ってくれたりしている。彼らなしでは生きていけない。腸内細菌叢がここ最近の食生活の変化で悲鳴を上げている。これからどんなことが問題なのか見ていこう」

21世紀病

「人類史を振り返ってみると、その大半は感染症との戦いだったと言える。それもヒトは基本的に感染症との戦いに劣勢を強いられていた。1928年にブドウ球菌の研究をしていたアレキサンダー・フレミング(図5)が偶然、アオカビの周りだけブドウ球菌が生えていないことに気づき、世界初の抗生物質“ペニシリン”を発見して1944年に量産が開始されるようになるまではただのひっかき傷でも死に至る可能性があった。抗生物質は、命を救う薬なんだ。感染症に苦しむ人の数は本当に減少した。だけど、そこからの60年間で、新しい病気が次々に出てきている」

図5 アレクサンダー・フレミング ペニシリンの発見でノーベル生理学・医学賞を受賞(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0)

「新しい病気?」
にゃん太郎は首をかしげる。
「そう。春になるとくしゃみをする人が増えていないか?肥満や生活習慣病で血糖値が高めの人が増えていないだろうか?アトピー性皮膚炎やクローン病などの自己免疫疾患の名前をよく聞くようになっていないだろうか?小麦やピーナッツアレルギーなどアレルギーの種類が増えすぎていないだろうか?これは“ふつう”と言えるのか?」
「そんなに人間は、病気になっているのか。最近は」
「先進国に限って言えば、人口の約半数は何らかのアレルギーを抱えていると言われている。花粉やペットの毛、卵、牛乳、ナッツなど本来無害のものに免疫系が過剰反応しないように気を付ける。これらは敵でないのに免疫系から攻撃されて攻撃されてしまう。こんなことは今までなかった。また、喘息の子供は1930年に学校に一人いるかどうかだったが、1980年にはクラスに一人くらい、今では四人に一人ともいわれている。また、過敏性腸症候群やクローン病も増加している。それだけではない。うつや不安障害など心の病気も増えている」
「感染症の存在感の陰に隠れていたものが、感染症が抗生物質の登場で目立たなくなったから出てきたというのものじゃないのか?」
「そういうことではないんだ。明らかにこれらは別で増えてきている。そして、花粉症やアトピー性皮膚炎、肥満、自己免疫疾患に共通することは何か?」
「何か」
「……ちっとは考えているかい?」
「自分の体に原因がある?」
「そう、その通り。これらの疾患は、自分の体が標的になっている。この際、何がこうした21世紀病を増やしたか考えてみよう」
「うん」
「そもそも、21世紀病がいつから流行り出したか、これははっきりしていて1940年代、場所は欧米だ。喘息やアトピー性皮膚炎、肥満(正確には1960年代から報告されているが、1940年代をきっかけと考えている研究者もいる)は、どれも1940年代から右肩上がりの上昇を続けている。そして、それは現代化の波と共に世界中に広まった。肥満に関して言えば、五万年前と1940年代と比較してもそこまで違いはなさそうだけど、現代人と比較すると驚くほど違う。今や10億人以上が肥満で、世界肥満財団は、現在の傾向が続けば過体重と肥満による世界経済への影響は 2035 年までに 4 兆 3,200 億ドル(620兆円以上)に達すると予測している7」
「とんでもないケタだな。でかすぎて、いまいちピンとこないや」
「最近では、グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)というホルモンのメカニズムが明らかになって、その受容体に結合する薬が開発されている。これはインスリンの放出を刺激して血糖濃度を正常化し、胃内容排出を遅らせ、腸から脳への満腹信号を促進および延長することで体重減少をもたらす。実際、劇的な体重減少が報告されている。ただ、問題もあって」
「おいおい、よくあるやつじゃないか。※の後に出てくる但し書き……」
「薬を飲むのをやめると効果がなくなる」
「やっぱりそうか、そんなにうまくいくはずはないか」
「そう、製薬会社にとっては「永久」薬だからいいことだが、そうなると、患者は一生飲まないといけないし、GLP-1薬は高いから、お金持ちしか使えない。そもそも糖尿病の薬として開発されているからそことの問題もあるしね」
「複雑だな……一般のヒトはどうすりゃいいんだ」
「そこでさっきの肥満マウスを使った実験だ。同じ実験グループは、無菌マウスに遺伝性肥満マウスの腸内細菌叢を移し、別の無菌マウスに通常マウスの腸内細菌叢を移して、どちらのマウスにも同じ量の餌を2週間与えた8。結果はどうなったと思う?」
「肥満マウスの腸内細菌叢をもらったマウスは太って、通常マウスの腸内細菌叢をもらったマウスは太らなかったのか?」
「大正解だ(図6)。この研究には、腸内細菌叢は移すことができるという意味と、これをヒトに応用すれば、痩せた人の腸内細菌叢を太った人に移せば、太った人が食事療法などを使わずに痩せることができるかもしれないという意味がある」

図6 マウスの腸内細菌叢移植実験 無菌マウスに通常マウスの腸内細菌を移植しても体重はそのままだが、肥満マウスの腸内細菌を移植すると体重が増える。

「なるほど、それは新しいやり方だな。でも、どうして腸内細菌叢を移し変えただけで太ったんだろう」
「いい質問だ。この肥満マウスの腸内細菌叢は、食べ物からより多くのエネルギーを吸収しているらしかった。これは摂取カロリーと消費カロリーのバランスで痩せるか太るか決まるという「カロリーイン・カロリーアウト」の法則を破るものだ。で、どれくらい違うかというと摂取カロリーの2%、肥満型の腸内細菌叢は多くカロリーを摂取していた」
「2%?普通のネズミが100 kcalとったら、肥満マウスは102 kcal摂取するってこと?その差は小さすぎるんじゃないか?大したことないじゃないか」
「言うと思った。この2%の差が大きいんだ。1年経つとどれだけの差がつくと思う?」
「2%だからなぁ」
「例えば、163 cm, 体重 62 kgくらいの人を想定しよう。この人が一日2000 kcal摂取すると、一日40 kcal加わる、これが一年続くと、1.9 kg、10年で19 kg増加して、体重は81 kgになる。BMIは30超えの立派な肥満だ。これは何も食事を何も変えなかった場合の話」
「場合によってはもっとひどくなる可能性もあると」
「そういうことだ。だから、同じものを食べていても、肥満型の腸内細菌叢を持っている人と、瘦せ型の腸内細菌叢を持っている人では摂取カロリーが違ってくるってこと」
「なるほどな。カロリー表示見てもあんまり意味ないってことじゃないか」
「そうなる。実際、僕たちが食事から何を吸収できるかは、腸内の微生物工場がどんなメンツをそろえているかによる。例えば、普段から肉ばかり食べている人は、ベジタリアンの人に比べて、ハンバーグを食べた時に吸収できるエネルギーが多いだろうし、普段から脂肪少なめの生活をしている人は、たまにフラペチーノを飲んだり、ケーキやドーナツを食べたりしてもカロリーの大半が吸収されないまま大腸を通過するはずだ。一方、毎日甘いものを食べまくっている人が同じものを食べると、ほとんどのカロリーが吸収されてしまうだろう」
「なるほど、山田が腸活ダイエットをしていても、たまにデザートを食べたりしても気にする必要がないって言ってるのはそういうことだったんだな」
「そういうことだ。そして、次はエネルギーの貯蔵についてみていこう。まず、ヒトの体の中では色々な伝達物質が流れていてそれが遺伝子のスイッチのオンオフを切り替えている。このおかげで例えば、運動するときにエネルギーに関する遺伝子を切り替えることで効率よくエネルギーを作り出すことができる。で、今回知ってもらいたいのは、腸内細菌もヒトの遺伝子に指令を出すことができるってこと。微生物は、ヒトの遺伝子にエネルギーを貯蔵するように指令を出せる。理由は、ヒトという生き物が生まれてから、ほとんどの時代を狩猟採集で生きてきた。つまり、圧倒的に食糧不足の時代が長かったからだ」
「そうだとしても、ヒトは、これでもかってほど食べまくって、十分すぎるほど脂肪を蓄えてもまだ食べ続けるやつもいるけど、それはどうしてなんだ」
「いい質問だ。食欲を抑制するホルモンは色々ある。その一つにレプチンがある。これは、脂肪細胞から分泌されるホルモンで、健全な量の脂肪がたまるとレプチンが脳にいって、食欲を低下させる。このホルモンが、遺伝的にレプチンを作れない肥満マウス、オブオブマウスから見つかった時、これで肥満が治せると期待された。理由は、オブオブマウスにレプチンを投与すると、運動量が増えて、食べる量が減り、体重が劇的に減少したんだ」
「だけどヒトではうまくいかなかった」
「そうだ。肥満患者にレプチンをうっても何の効果もなかった。むしろ、太った人には、脂肪組織が多いからレプチン濃度は高い。問題は、肥満になると脳がレプチンに対して耐性をつけてしまうんだ」
「太ると、食欲の調整とエネルギー貯蔵のメカニズムがうまく働かなくなるわけか」
「そう。それに太った人の脂肪細胞は、痩せた人の脂肪細胞と全然様子が違うんだ」
「違うってどう違うんだ?」
太った人の脂肪細胞には、免疫細胞が集まっていてまるで炎症を起こしたみたいになっている、いや実際炎症を起こしている。健康な人の場合、脂肪を蓄える時は、脂肪細胞が分裂してそこに少しずつ脂肪が蓄えられる。だが、肥満の人の場合、少なくて肥大化した細胞にさらに脂肪を入れる。つまりエネルギー貯蔵の様子がおかしくなっている。そして、これにも腸内細菌叢が関わっていると考えられている」

図7 肥満における脂肪細胞の肥大化と炎症 https://www.riken.jp/press/2015/20150127_2/index.html

「肥満にも?今のところ出てくるところなさそうだけど」
「そう思うだろ。意外なところにつながりがある。そのカギがリポ多糖(LPS)だ。腸内細菌の中には、これが表面にへばりついている。これが血中に入ると炎症が起きる。実験でも炎症を起こすのに使われるくらいだ。そして、太った人の血中にリポ多糖が多いことがわかった。リポ多糖は、新しい脂肪細胞ができるのを阻害して、その結果、今ある脂肪細胞に脂肪が詰め込まれすぎてしまう
「そんなことが太った人間の脂肪で起きてるんだな。で、そのリポ多糖とかいうやつはどこから血管に入り込んだんだ?」
「いい質問だ。その疑問の答えになるのが、太った人と痩せた人との間で存在量が違う腸内細菌の一つ“アッカーマンシア・ムシニフィラ”だ」
「なんか聞いたことあるぞ。ヤセ菌とかなんとか言ったかな」
「そうだ。実際にヤセ菌デブ菌と断言することはできないが、確かにこの菌は、瘦せた人の腸内に多くいて、逆に太った人の腸内には少ない9。この細菌は、腸壁の粘液層に住んでいる。名前のムシニフィラはmuciniphilaという意味で、ムチン、つまり粘液が好きという意味になる。この細菌が少ないと太るだけではなく、粘液層が薄くなって、リポ多糖が血中に入りやすくなる10」
「粘液が好きだから、粘液がたくさんあるほど増えるからか?」
「いや、実は答えはその逆で、この細菌が、腸壁の細胞に働きかけて、多くの粘液を分泌させているんだ」
「で、結果としてリポ多糖が血中に入るのが防がれてるってことかにゃ」
「そういうことだ。逆に食物繊維が不足すると、腸内微生物たちは、宿主が分泌する粘液糖タンパク質を栄養源に利用する。その結果、結腸粘液バリアの侵食を引き起こす11。普段から僕が、食物繊維が不足しないようにと言っている理由がこれだ」


図8 腸内細菌叢と食物繊維不足
https://www.cell.com/fulltext/S0092-8674(16)31464-7

「これはシンプルな実験だけど、太ったマウスにアッカーマンシア・ムシニフィラを与えると、血中のリポ多糖が減っただけでなく、新しく脂肪細胞が作られて、体重が減少したんだ12」
「それだけ腸内細菌たちが人間の体型や肥満なんかにもかかわってるってことだな」
「そういうことだ」

心と体は繋がっている

「腸脳相関って言葉を知ってるかい?」
「知ってはないけど、知りたいとも思わない」
僕の問いかけに、にゃん太郎は、床で背伸びをしてからそっけなく答えた。塩対応である。
「英語では、gut-brain axisって言うんだけど、古くはあのチャールズ・ダーウィンも言及している。どういうことかっていうと、大事な発表の前にお腹が痛くなったり、恋に落ちると胸が締め付けられたり、みたいなことだ」
「なるほど。山田も満員電車に乗る度に腹が痛くなるって言ってたもんな」
「そう、高校の時2時間かけて通学していたけど、満員電車がしんどくてしょっちゅう下痢していた。今で言うところの過敏性腸症候群ってやつだよ」
「気分が、正確には脳か、腸の調子に影響を与えるってことか」
「そう、また腸の調子が悪いと気分も悪くなってしまうっていう関係だ。そういう腸と脳の関係を調べた有名な実験がある」
「どんな?」
「研究者たちは、腸に細菌がいる普通のマウスと、細菌が全くいない無菌マウスをそれぞれ狭い管に入れて、ストレスを与えたんだ。どうなったと思う?」
「ストレスホルモンの濃度が無菌マウスで高かった」
「その通り。無菌マウスのストレスホルモンは普通のマウスの2倍だった。つまり、腸内細菌叢がいないとマウスはストレスを感じやすくなる13」
「そんなにわかりやすい結果が出るんだ」
「そうだ。研究者たちは、次に無菌マウスに普通マウスの腸内細菌叢を移植する実験を行った。大人になったマウスでは反応に変化はなかったけど、幼児期のマウスに移植すると、ストレス過剰反応がないマウスに育った」
「そんなダイレクトに腸内細菌が影響するんだな」
「そう。幼児期は、脳や体、免疫系、そして腸内細菌叢が一気に成長していく時期だ。つまり、この時に抗生物質なんかを乱用してしまうとどうなるか想像がつくかな」
「あまりいいことにはなりそうにないな。だけど、感染症にならないために抗生物質を使う医者は多いだろう」
「それはもちろんそうだ。抗生物質は、これまで命を奪うような感染症から救うことができる素晴らしい薬であることに変わりはない。だけど、諸刃の剣ということは覚えておこう」
「なかなかうまくいかないんだにゃ」
「そうだ、ついでに腸内細菌叢が気分に関わるというメカニズムをいくつか話しておこう。一つ目は、セロトニン」
「幸せホルモンって言われているやつだにゃ」
「そうだ。セロトニンは、脳で働くイメージが強いが、ほとんどが腸内にあって、腸の運動を制御したりしている。セロトニンの材料は、トリプトファンというアミノ酸なんだが、そのアミノ酸を水酸化して5-ヒドロキシトリプトファン(5-HT)に変換する酵素を腸内細菌はもっていて、腸内細菌叢がこの5-HTの血中濃度をコントロールしていることが明らかになっている14。5-HTは、BBBを通過して―」
「ちょっと待って、BBB?Base Ball Bear?」
にゃん太郎が待ったをかける。
「cha cha cha changes さぁ、変わってく さよなら 旧い自分♪」
「……」
「……」
閑話休題。どうして猫なのにBBBを知っているのだろう。
「BBBは、Blood brain barrierの略で血液脳関門っていう。脳に必要なものだけを通して、それ以外は途中にあるポンプなどで有害な物質は排出される門番みたいな役割を果たしているところだ」
「なるほどな。5-HTは、BBBを通って、脳の中でセロトニンに変換されるってこと?」
「その通り。勘違いしている人が多いが、腸内で作られたセロトニンは、腸で働くわけで、脳に行くわけじゃないことは覚えておいて損はないだろう」「山田が心と身体は繋がっているっていつも言っているけど、繋がりの一部は、腸、そして腸内細菌叢を介して起きているんだにゃ」
「そして、もう一つ挙げるとすると迷走神経だ。これは脳から腹に向かって伸びている神経で、途中で肺・心臓・胃・肝臓・膵臓・小腸・大腸などに繋がっていて、色々な指示を出したり、変化を伝えたりする役割がある。例えば、胃だと胃液分泌、肝臓だとグリコーゲン合成といった具合だ。そして、腸では、今何を消化しているのか、消化活動は順調かといった腸の状況を伝えている。さらに、迷走神経は、“腹の虫”や“虫の知らせ”といった直感的に体が感じるものを脳に伝える働きがあることに特徴がある。緊張でトイレに行きたくなるような情報も迷走神経を伝って脳に情報が行くんだ。そして、迷走神経などに信号を送る物質を神経伝達物質というんだけど、それは基本的に体内で作られて神経の先で小さな電気的興奮を生じさせる」
「オキシトシン、セロトニン、アドレナリン、ドーパミンなんかか?」
「そうだ。そして、大事なのは、この神経伝達物質を作るのは、ヒトの細胞だけでなく、腸内細菌たちもってことだ。つまり、腸内細菌叢の作る神経伝達物質によって僕たちの気分もコントロールされうるってこと(図9)」


図9 腸内細菌叢と脳のつながり 腸から作られたホルモンやペプチドは、脳に作用する

「どうして腸内細菌叢はヒトの気分を左右するようなものを作るんだろう?」
「いい質問だ。色々な理由が考えられるが、それを作ることで腸内細菌も何らかのメリットがあるってことが一つ考えられるかなと思う。例えば、ゴボウに含まれる物質を餌にする腸内細菌Aがいたとする。僕たちがゴボウを食べると、細菌Aはゴボウの栄養をゲットできて順調に育つ。その時におそらく神経伝達物質を作って、僕たちの気分を良くさせる。結果的に僕たちはさらにゴボウを食べたくなる。つまり、細菌は自分たちの餌になるようなものを食べさせるように僕たちの脳に働きかけていると言えるかもしれない」「ボクがかつお節を食べたなくなるのも自分の意思じゃなくて腸内細菌叢にそうさせられているだけなのかもしれないニャ」
「そうかもしれないな(笑)」

グルテンフリーとリーキーガット

「リーキーガット症候群について知っているかい?」
「もちろん知らない」
にゃん太郎は相変わらずそっけない。
「食生活の乱れや、抗生物質の乱用、カンジダや細菌の過剰増殖によって腸の粘膜が荒れて腸壁に隙間ができて、そこから未消化の物質や細菌の毒素が体に入って炎症を引き起こすという病気だ。この疾患についての研究はかなり昔からなされていて、1990年代にさかのぼる。これについて話す前に、セリアック病という病気についても理解しないといけない。セリアック病は、原因となる物質がグルテンだとわかっている自己免疫疾患なんだ。グルテンは、小麦や大麦、ライ麦に含まれるタンパク質でパンが膨らむのに役立っている。セリアック病の患者さんは、ごくわずかな量のグルテンを食べても体調がとても悪化する。免疫細胞がグルテンを敵だとみなして攻撃してしまうからだ。ただ、グルテンは、分子が大きすぎて、普通に食べただけだと、腸壁を通過することはない。セリアック病の子供を見ていたイタリア出身の研究者アレッシオ・ファサーノは、患者さんの腸組織を調べたんだ。すると、腸組織には、ゾヌリンという物質が高濃度で存在していた。ゾヌリンは、腸の細胞と細胞の鎖をゆるめる働きをするタンパク質なんだ。これがたくさん存在すると、腸壁に隙間ができて、この場合、グルテンが血中に入り込む。また、リーキーガットは肥満とも関連している。この前リポ多糖の話をしたのを覚えているか?」

図10 ゾヌリンとリーキーガットの関係 (https://www.sciencedirect.com/topics/biochemistry-genetics-and-molecular-biology/zonulin)  ゾヌリンは腸の細胞と細胞の結合をゆるめる

「肥満だと増えるって話してたっけ」
「そうだ。リポ多糖は、グラム陰性細菌の皮膚みたいなもので、細菌の細胞を守っている。ちなみにグラム陰性、陽性というのは、細菌の分類法だから今はそこまで気にしなくていい。肥満の患者さんの血中リポ多糖濃度は高いことがわかっているが、これも腸壁の隙間を考えると理解しやすい。リポ多糖も大きい分子なので普段は血中に入り込めないが、リーキーガットで腸の透過性が上がると、隙間を通って血中に入り込んでしまう。これに、免疫系が反応して、サイトカインという物質が作られて、体が炎症状態に入る。これに伴って免疫細胞のマクロファージが脂肪細胞の周りに集まって、普通なら分裂するはずの脂肪細胞を分裂させずに、脂肪細胞一つ一つのサイズを大きくしてしまう。このような炎症状態が肥満の人の脂肪組織では起こっていて、体重促進を加速させる。それにインスリンにも干渉して、2型糖尿病などを引き起こす可能性が高くなる」
「肥満って太ってるって外見のイメージだけじゃなくて、そんなに病気のリスクを増やしてしまうんだな」
「もう少し怖い話をしておこうか。タバコやアルコールが肺がんや肝臓がん、咽頭がんを引き起こしやすくなることは知られているが、肥満もがんになりやすくなる。実際体脂肪が過剰になると、がんによる死亡リスクが約 17% 増加することがこれまでの研究で明らかになっている15。そして、乳がんや子宮がん、結腸直腸がん、腎臓がん、肝臓がん、膵臓がんなど多くのがんが肥満と関連していて、その背景に腸内細菌叢の乱れも関与していると考えられている」
「……デブ猫にはなりたくないニャ……」
「そうだろう。だから今度は、何を食べていけばいいか考えていこう」

何を食べるべきか?

「これまで食べたものの消化は、口から、食道を通って胃に到達して、小腸までで終わるものだと考えられていた。大腸は、水分を吸収するくらいだと」
夕暮れ時、僕とにゃん太郎は、夕日に照らされながら、窓際に座っていた。「ただ、科学技術の進歩で、大腸に住んでいる様々な細菌たちが多くの役割を果たしていることがわかってきた。ビタミンの合成なんかもそうだ。それに人間だけじゃない。ウシやコアラ、ジャイアントパンダ、ヒル、昆虫に至るまでありとあらゆる生物の腸に微生物が住んでいて、それぞれの宿主にとって多くのメリットを与えていることがわかってきた。例えば、ジャイアントパンダは、ネコ目クマ科なんだけど、知っての通り、ネコ目には、にゃん太郎をはじめ、ライオンなんかもいる。また、クマ科にはホッキョクグマなんかもいて、どれも肉食だ」
「だけど、パンダはササを食ってるにゃ」
「そう、毎日12 kgも食べている。そして、パンダのゲノムは肉食動物のそれだから、当然ササを分解する力はない。だから、植物の多糖類を分解できる腸内細菌を腸に飼っている。毎日食べる12 kgのうち、分解できるのは2 kg、この2 kgさえ、腸内細菌叢がいなければほぼ分解できない。実際、パンダの腸内細菌のゲノムからセルロースを分解できる遺伝子が発見された16。これは普通、シロアリとかウシがもっているようなやつだ。だから、腸内細菌叢のおかげで肉食が草食になれる場合だってあるってこと。すごくないか?」「確かにすごいにゃ」
「そう、だから栄養吸収のプロセスに腸内細菌叢は本当に大切だということだ。だからこそ何を食べるかが重要になってくる。現代は、科学技術の進歩で抗生物質が生み出され、感染症をはじめ様々な疾患を乗り越えて健康になってきた、はずだった。だけど、今は、肥満や糖尿病、心疾患、がん、高血圧など多くの疾患に苦しむ人が増えた。それに過敏性腸症候群や様々なアレルギー、自己免疫疾患、鬱など21世紀病と言えるような疾患も増えた」
「ロカボ、ケトンダイエット、ローファットダイエットなど色んなダイエットを試してるみたいだな、人間は」
「そう。色々な手法が乱立していて何が正しいのかわかりにくい時代だけど、これだけは言える。現代の欧米式の食事は、体に悪いということ」
「ハンバーガーにポテチ、砂糖まみれのペットボトル飲料、美味しそうなものばっかりだにゃ」
「そう。じゃあ逆に僕たちが食べるべきものはどんなものなのか?色々な考え方があると思う。人類の歴史の大半を占めていた狩猟採集時代の生活を参考にするやり方、農耕が始まってからのやり方。江戸時代くらいの食生活を参考にするやり方。ただ、そこまでさかのぼらなくても、僕たちのひいおじいちゃんおばあちゃんくらいまでさかのぼれば十分だと思う。そのころはこれほど、加工食品もなかったし、今ほど生活習慣病の人があふれてもいなかったからだ」
「ひいおじいちゃんおばあちゃんの世代って言うと、いつくらいかな?」「だいたい戦後くらいから見ていくといいと考えているけど、意外と日本人は、摂取量だけ見ても糖質(炭水化物)は増えるどころか減っているし、脂質も微増程度で劇的に増えたわけではないんだ(図11)」
「本当だ。なんならカロリーもほとんど変わってないにゃ」

図11 日本人のエネルギー摂取量とその内訳の変遷 出典:厚生労働省:日本人の栄養と健康の変遷

「そうだ。逆に減ったものはなんだろうとみてみると、食物繊維が挙げられる(図12)。これは日本に限らず、先進国全般で起きている現象だ。野菜をはじめとした植物性の食生活は、痩せ型の腸内細菌叢を作る。かつてアメリカで行われた試験では、肉や卵などの動物性食品を中心とした食品を食べるグループと、豆や穀物、野菜などの植物性食品を食べるグループに分かれて腸内細菌叢がどうなるかを調べた。植物性食品を食べたグループでは、植物の細胞が持つ細胞壁を分解できる細菌が増えた一方で、動物性食品を食べたグループでは、タンパク質を分解し、炭化した肉などに含まれる発がん性物質を分解できる細菌が増えたりしたんだ17」

図12 日本人における食物繊維摂取量の推移 出典:内閣府ホームページ

「何を食べるかで腸内細菌のメンバーって変わるんだにゃ」
「そういうことだ。腸内細菌たちの力を借りれば、僕たちが吸収できない栄養まで利用できるってことだな。国や地域によって食べているものも全然違うから、民族によっても腸内細菌叢は全然違う。例えば、日本人は、昔から海苔などの海藻を長く食べてきた。だから、日本人の多くの腸内細菌叢には、海藻に含まれる炭水化物ポルフィランを分解できるポリフィラナーゼという酵素をコードする遺伝子をもつ細菌Bacteroides plebeius(バクテロイデス・プレビウス)がいる。この遺伝子は、もともと海藻の共生菌Zobellia galactanivorans(ゾベリア・ガラクタニボランス:一般的な海洋細菌)の遺伝子なんだ18。おそらくかつて、どこかの時点の日本人の誰かの腸で、この酵素をコード化する遺伝子が、Z. galactanivoransからB. plebeiusに入り込んだんだろう。このB. plebeiusは、紅藻類を分解するという新しく得た能力を活用して腸環境に広がっていき、最終的には日本人の集団に広がって、海藻から多くの栄養をとりいれることができるようになったと考えられている。これらのイベントは、色々な細菌で起きていることも報告されているんだ19」「食べ物によって全然違うんだにゃ」
「そう。ここでもう一度食物繊維に戻ろう。これまでの研究から、脂肪をたくさんとっているマウスに食物繊維を多く与えると、食生活によって引き起こされる肥満にならずにすむことが明らかになっている。そこから考えると、現代人は、脂肪の多い食品の割合が増えて、なおかつ食物繊維が減少していることが問題といえる。何せ昔の人は、今の人よりも圧倒的に食物繊維を食べていたんだ。で、昔は、脂肪を含めてカロリーをたくさん摂取することはエネルギー貯蔵の観点から、悪いことではなかった。でも、ある時から、肥満をはじめ、糖尿病や高血圧など様々な疾患の原因になってしまったんだ」
「どこかで限界を突破したからか?」
「そうだと思う。そして、その鍵を握っているのが、食物繊維を腸内細菌たちが分解したときに作り出す短鎖脂肪酸なんだ」
「短鎖脂肪酸?酢酸、酪酸、プロピオン酸?」
「そう、代表的なのはその3つだ。短鎖脂肪酸は、細胞の表面に出ている色々な受容体にくっついて体の中で様々な反応を引き起こす。その代表的な例として短鎖脂肪酸受容体GPR41とGPR43がある。GPR41は、プロピオン酸と酪酸によって、GPR43は酢酸とプロピオン酸によって活性化される。GPR41は、主に交感神経節に多く発現していることがわかった。実際に、Gpr41遺伝子が壊れたマウスでは、マウスの心拍数低下とノルアドレナリン(神経伝達物質)の分泌量は通常のマウスよりも減っていた20。これらの短鎖脂肪酸によるGPR41を介した交感神経の活性化によって、体温上昇や酸素消費量が上昇し、エネルギー消費量が増加することがわかった」
「つまり、GPR41は、短鎖脂肪酸を介して交感神経系のコントロールすることで、エネルギーの恒常性を保つセンサーみたいなもんだということかにゃ?」
「そういうことだ。これを食とつなげて考えると、食物繊維を食べることで短鎖脂肪酸が腸内細菌たちによって作られて、GPR41が活性化し、交感神経を刺激することでエネルギー消費が高まって肥満が抑えられるといえる」
「細胞の中まで考えるとどうして食物繊維を食べると痩せるって言われているかちょっとわかった気がするにゃ」
「それはよかった。じゃあ、もう一つのGPR43についてみてみよう。GPR43は、特に白色脂肪組織に多く発現していた21。そこでさっきと同様にGpr43遺伝子が壊れたマウスを作ると、体重と脂肪が増加して肥満になった。逆に白色脂肪細胞だけにGPR43を過剰に発現させたマウスは、痩せ型マウスになった。一方で、無菌状態もしくは抗生物質で腸内細菌叢を破壊すると、代謝の変化はなくなったので、GPR43を活性化する短鎖脂肪酸は腸内細菌由来だと思われる。また、GPR43からのシグナルは、脂肪細胞のインスリンシグナルのみを抑制することもわかった。つまり、食べ過ぎでエネルギーがたくさんあっても、GPR43が活性化されて、エネルギーの白色脂肪細胞への取り込みが抑制されて、脂肪の蓄積が抑えられるんだ。また、別の研究では、GPR43を破壊されたマウスが重度の炎症を起こし、大腸炎、関節炎、喘息モデルにおいて炎症を引き起こしやすいことがわかった22。さらに、細菌が存在せず、短鎖脂肪酸をほとんどまたはまったく発現しない無菌マウスは、同じように炎症反応の調節不全を示した」
「これってつまり、腸内細菌って免疫に関わっているって山田がいつも言っていることのメカニズムってことかにゃ」
「そう、それにこれまでに見たリーキーガットでは、腸壁の隙間が緩んで本来なら血中に入ってはいけないLPSなどの物質が血中に入り込んで免疫がそれを排除するために過剰な炎症を引き起こしてしまうと話したけど、短鎖脂肪酸は、その隙間を埋める働きがあるということも報告されているんだ23。腸の細胞を結合させているタンパク質は遺伝子から作られるわけだけど、ヒトは微生物との共生の歴史の中で一部のコントロールを細菌に渡してしまっている。その一つがこのケースで、腸内細菌が酪酸を作ると、酪酸が腸壁をつなぐタンパク質を作る遺伝子の発現量を増加させて、結果的に腸壁が強くなる」
「だから食物繊維を積極的にとれっていつも言っているんだな、山田は」「そう、そして食物繊維が多い食事をとると、酪酸などの短鎖脂肪酸が増える。そして、それによってアレルギーや炎症など免疫系の暴走を抑える制御性T細胞の分化に必要な遺伝子の発現が高まるんだ24」
「なるほどにゃ」
気づくと、日が沈みかけていた。ずいぶん長く話していたらしい。にゃん太郎も眠そうだ。
「もう眠そうだな。今日はこの辺にしていこうか。大切なことは、ヒトは、草食動物から出発して現在の雑食性になったということ。そして、僕たちの腸内細菌がパワーを発揮するには彼らのエサである食物繊維がマストだということ。現代社会は、砂糖や塩、脂肪分など脳みそが喜ぶものがたくさん入った食品であふれているし、脳みそはそういうものを食べたくなってしまう。だけど、時には脳ではなくて腸、ひいては腸内細菌たちが食べたいと思っている食品も食べようということだ」
「自分の体は自分だけじゃなくて色んな生き物が住んでいるんだな」
「そういうことだ」

あとがき

いかがでしたでしょうか?腸内細菌とヒトの関係について少しでも知っていただければ幸いです。これからも腸活をはじめとして健康に生きるための情報を発信していきますので応援のほどよろしくお願いいたします。
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やまだ

参考文献

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