見出し画像

ミラクルミッション #5縁は異なもの味なもの

 M農場に対し、訪問の趣旨説明をした後、S商事の担当者が社長に切り出した。
「震災後、風評被害も多く受けたと思いますが、一番困ったことはどんなことでしょう」
「原発事故の影響で、取引先から手を引かれたのが大きかった。
作っても売れない。作ったものを捨てざるを得ない。
野菜は生き物だから生産を止めるわけにもいかない。
生産をやめたら廃業しかない。

そして、野菜が売れないから従業員に給料を払うことができない。
その時が一番辛かった。誰も助けてくれない。
正直、もう廃業するしかないと思った。
けどねぇ、従業員がさ、パートのおばちゃん達がさ

『社長、今は給料が無くて構いませんから、野菜を作りましょう』

と、俺やカァちゃんに言うのさ。それも一人じゃなくて全員がね。
皆、自分のことや家族のことも不安で心配だろうに、流通も止まり、生活物資も揃わず、生活が大変な時に、仕事をさせてくれと言うのさ。野菜を作ろうと言うのよ。一円にもならないのに。
そんな時、取引先の一つで、Rというスーパーの担当者がだけが、

『消費者の反応はわかりませんが、うちは棚から降ろしません。取引を継続してください』

と言ってくれたから、何とか踏みとどまることができたよ。Rなんて言っても知らないだろうけどね」

トツトツと話す社長の姿に、筆者の目から、汗が流れ出てとまらなくなった。
同席していた社長の奥さんも思い出して嗚咽する中、S商事が想定以上の返しを見せた。
「Rというスーパーは、私たちS商事のグループ会社なのですよ」
筆者は心の中で叫んだ
「社長、グッジョブ!」

更に帰り際には
「せっかくきてもらったから、お土産を持っていきなよ」
と、倉庫のシャッターを開けたところ、一面「Rスーパー」向けのパレットに積載され、出荷待ちをしている野菜が積み上げられていた。筆者は再度、心の中で叫んだ。
「社長、グッジョブ!」
 あざといテレビ番組の演出でも、なかなかできないことを、社長は台本もないのにやってのけてくれた。

 重ねて幸運だったのは、社長の2男とS商事の担当者の一人が、東京で開催されていた「農業を学ぶ朝活」を通じて旧知の中であったことも判明し、結果オーライの部分は大きいものの、S商事との1回目の打ち合わせを好感触で終えることができたと感じていた。

 翌々日の日曜日、筆者は職場でパソコンの入力をしていた。
 車中でのS商事との会話や農家さんとのの話をもとにした「忘備録+プロジェクトネタ」に関するメモを作成していたのである。
『県内農家に対する支援を軸として、県内の潜在的な魅力をS商事と一緒に引き出すプロジェクトにしたい。当市を拠点としていただけるのが一番良いが、他市町村であってもできる限り御協力させていただきたい。役所が話に乗らなくても、筆者個人としてもできる限りのことを協力させていただきたい』
という内容で、A4用紙2枚に想いを綴った。
 月曜日の朝一番でS商事に送る予定の「御礼メール」に添付するために、日曜日に作成していたのである。
 「こちらのやる気をみせて、少しでも当市へのイメージを良くしたい。週明けに届くことで、少し好印象を残せるのでは」
という打算はあるものの

「S商事と一緒に仕事をしてみたい」

という気持ちと「地元の復興に関わりたい」という気持ちは本気であった。

サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。  皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。