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ミラクルミッション #3黒船来襲


 25日の打ち合わせ当日、S商事からは4人のスタッフが文化部を訪問してきた。
 文化部長、部次長と一通りの挨拶をした後、筆者ほか6人の市職員が待つ会議室へと移動した。

 打ち合わせは、型どおりの自己紹介の後、各課の業務内容や郡山市の現状の紹介、質疑等淡々と進むが、あまり盛り上がりは生まれない。お互いが腹の中を探り合う雰囲気で、ガップリとは話がかみ合っていかないような印象である。
『また、負け戦だったか』
という、黒澤映画の名台詞を頭に浮かべ(7人集めたのが失敗だったかしら)と考えていた時、会議室のドアが開き、農業振興係長が入室してきた。
(これで、ちょっと風向きが変わる)
 場面転換への期待から、体温がグッと上昇していくのを感じていた。

 これまでの概況について説明を受けた農業振興係長は、S商事に言い放った。
「いろいろ、支援してくれるという話はいいのですが。皆さんは、どれだけ本気で考えてくれているのでしょうか。震災後、そういう支援話は時々来ていますけど、結局のところ、商社の方は、農産物を買い叩くことしか考えてないですよね」
 この発言を受けて、S商事4人の顔色が、みるみる変わった。相当な怒りと困惑の表情。
 そして、筆者は、顔から血の気が引いていくこと、体温が低下することを感じていた。

 少し顔を紅潮させたまま、S商事の担当者は、部下に資料を配るよう指示し、切り出した。
「今日は、皆さんのお話をお伺いするだけの予定でした。この話をするつもりはなかったのですが、本気か、という御質問をいただきましたので、説明します」
 漢(オトコ)の顔であった。
 説明の概要は次のとおり。
『まだ、内部で意思決定はされてないが、これまで復興支援として行ってきた既存企業への支援とは異なり、S商事として直接、復興に寄与する事業ができないか検討している。
 事業内容は全く白紙、地元の声を聞いて固めていく。
 今年度中に事業に着手しないと、計画は無かったことになる。大至急、形にしたい。
 まず、事業用地を探している。何をするかは決まっていないが、5ha程度の用地があればと考えている。
 県全体に対する復興支援として考えているので、貴市で事業を実施するかどうかも白紙。
 この話は、オフレコでお願いしたい。特に市長には伝えないで欲しい。
市長からS商事の幹部に話が伝わると、話がこじれることが予想される』

 500万なんて目じゃない。壮大な話。
 今までご縁のなかったS商事が当市に根を張るかもしれない。
 しかし、今年度中に事業着手する必要がある?
 どこで何をやるのかも、決まっていないのに。
 作戦なし、武器無し、兵隊無し。予算はあるけど金になるかは企画次第。
 そんな無茶苦茶な話に、一口噛めということですね。

 うん、まぁ、普通に考えれば、とんでもない与太話である。

 話の内容に、市職員全員が毒気を抜かれたような感じになりながら、少し質疑を重ねて打ち合わせは終了した。

 おそらく、この時に参加していた市職員は、そんな事業の企画が成立するとも、協力したいとも考えた者はいなかったと思う。

 そんな夢か魔法みたいな話が現実になるはずがないと。

 しかし、筆者には違う考えが浮かんでいた。
(魔法は使えないけど、タネと仕掛けさえあれば、魔法みたいなことはできる。
 失敗したところで、もともと無かった話がゼロに戻るだけ。
 どれだけのタネと仕掛けを準備できるか。汗をかく価値はある。
 チャンスの神様が、現れたのだから逃がす手はない。
 前髪しかないというチャンスの神様。筆者一人では、捕まえられないかも知れないけれど、皆でよって、たかって、囲んで、逃がしはしない。ガッチリ捕まえてやる)

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