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神様になったお役人

 昔、昔のお話です。
 現代で言えば、福島県郡山市の一部となる、村の領主の館で領主と村長(むらおさ)が座しておりました。村長からの訴えを聞き終えた領主が応えます。
「都から派遣されて半年余り、まだこの地のこと、わからないことは多いし、米作りのことも知らないというのが正直なところだが、いきなり年貢を3割減棒してくれというのはあんまりではないか。新参者の役人と、私を馬鹿にしているのか
「滅相もない。ただ、今年の天候はあまりに酷く、例年どおりの年貢では、村の者が食べていけませぬ。領主様に実情を申し上げ、御厚情を賜れば、とのお願いでございます」
「領主も含め、役人というのは、決まりごとを守るから役人なのだ。天候不順は確かにあったが、天候だ、疫病だ、害虫だと、何だかんだと理由をつけて、その度に減棒していたら、決まりが守れない、キリが無い。悪しき前例を作るわけには行かぬ」
「そこを何とか、お力添えをいただけないでしょうか。このままでは、村が離散してしまいます」
「年貢を3割減棒したところで、どうにもならないだろう。先ほども申したが、私を馬鹿にするな。米作りについては素人だが、素人目に見ても、今年の不作振りは酷いもの。3割減棒したところで、皆の食い扶持どころか、来年の種籾にも支障をきたすだろう
「そこは、他の村から借り入れをしてでも作付けします」
無理な話。他の村の窮状も似たり寄ったり。村長、腹を割って話をしよう、米での年具は例年の半分にしよう。
 その代わりに、西の山にある木を切り出して納めるのはどうだ。今、都では材木が不足している。米の代わりに特産品を収める決まりもあるので、その線で都に説明してみよう。
 また、手先の器用な者を10人選んでくれ。私が見たところ、村に流れる川の周辺からは、良い土がとれるようだ。陶芸職人を招くので、窯を造り、器を作り、農閑期に稼ぐ手立てを考えてはどうだ。良いものができれば、それを献上することで、村に益をもたらすことができるかもしれない」
「年貢を半減ですか」
年貢は決まりどおり。ただ米は例年の半分として、材木で代納する。皆の共有財産である、西山の木を切り出すことになる。数十年かけて育った木を、この代で消すことになる。資産が無くなるので、今後のためには、水田を拡張し、他の業(なりわい)を興さないとならない。農閑期でも、忙しくなるぞ」
 領主からの提案に対し、平伏す村長の目からは涙が零れた。手討ちを覚悟して、家族に別れを告げてから、足を踏み入れた領主の館であった。

 2年後の春、領主が都に戻ることになった際、数々の土産と併せ、一人の若い女性が献上された。
 その女性が都での生活に馴染めず、都から逃げ出したのは、その年の秋のことであった。さらに冬を越えた春、元領主は再び村を訪問し、村長を呼び出した。
「こんな形で、再訪するとは思わなかったな。さて、朝廷で働く者の決まりごととして、脱走した者をそのまま放免するという訳にはいかないのだよ。他の者に示しがつかないしな。推薦した私の責任問題でもある
「ごもっともでございます。あの女については、既に捕らえて牢に入れております。いかような処罰でもお達しください。大恩ある領主様に対して、仇で返すとはとんでもないことでございます」
「仕事が速いな。では、早速、裁きをするとしようか
 牢から出された女性を前に、元領主は顔をしかめた。
「村長、私を謀る気か。この女は、都を逃げ出した者とは別人ではないか。替え玉でごまかそうとは、不届きな話である。私が調査したところによれば、逃げた女性は「山の井」という沼に入水し、自死したとのことだ。
 身代わりとなったこの女性に罪は無い、詫びの品をとらせ釈放するように。また、都から逃げた女についてであるが、死んだ者を処罰するわけにも行かぬ。よって、本件に係る評定は、これにてお開きとする。都から300里余り、全くの無駄足であったは
 怒りを含んだ口調とは裏腹に、元領主の表情は、実に晴れやかな笑顔でした。

 それから数ケ月後、都に戻った元領主の元に届いた文には、女性の手による、詩が添えられていました。
(あの女性が、このような詩を詠むとは。手放したのは失敗であったか。いや、手放したからこそ、この詩が生まれたのだろう)
と、考えた後、その詩を「読み人知らず」として知人に贈りました。
 元領主は、出世することも無く、大きな仕事をすることもなく、名もなき役人として、その生涯を閉じました。 
 元領主が、都で身罷れたことを知った村人たちは、村の鎮守として、社を建立しました。
 千二百年余前にあった、昔、昔のお話です。

 その鎮守は、今も郡山市片平町に残っているそうです。
 片平町には、千年以上続く窯があるそうです。
 元領主が受けとった詩は、万葉集に掲載され、今も語り継がれています。

 あさかやま 影さへ見ゆる山の井の 浅き心を我あが思もはなくに


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