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好きな居酒屋の話

 ここ数年、よく利用している居酒屋があります。他の方をお誘いするときには、事前に注意事項をお知らせするようにしています。
1 親方1人で厨房を切り盛りしているので、調理に時間がかかります。
2 女将さんの愛想が悪いです。
3 料理の味付けは濃い目です。
4 お刺身がとても美味しいです。
5 料金は庶民的です。
 何かこのように書くと「その店大丈夫」と不安になるかと思いますが、実際に店に足を運んでいただくと「本当に女将さんの愛想が悪くて、少し吃驚したけど、良い店だね」という感想をいただくことが多いです。

 ある夜、カウンターで独り酒を楽しんでいると、隣のオッサンが話しかけてきました。
「30分以上前に頼んだ鍋が、まだ出てこない。いつも料理が遅いのか」
「そうですね、鍋は特に時間がかかるようです」
と、あたりさわりの無い回答をした後、鍋が出てきたのですが
「もういい、俺は帰る。30分も待たせやがって。金は払うが、鍋は食わん」
と、言い残し、店を去ってしまいました。

 女将さんから話を聞いた親方は、厨房から飛び出して玄関まで走りました(お客さんにお詫びして、戻ってきてもらうのかな)。
「女将、塩持ってこい、塩。塩を撒いとけ。二度と来るなコノヤロー」
 親方の声が響きました。昔の漫画や小説に出てくる「塩を撒く場面」、現実に見るのは初めてでした。

「筆者さん、みっともないところを見せて申し訳ないです。料理がマズイと言われたら、これはお詫びするしかないです。私の力不足ですから。
 しかし、先刻のお客は「一口も食わずに帰る」ということですから、頭に血が上ってしまいました。
 出された料理に手をつけないなんて、こんな失礼なことはありませんよ。みなさんに美味しいものを食べていただきたいという気持ちで料理をしている職人に対しても、食材を準備していただいた、農家さんや漁師さんにも本当に失礼なことですし、命に申し訳ないことだと思うのです。思わず、追いかけてしまいました」

 この居酒屋が、庶民的な値段で切り盛りするのは「美味しい料理を食べて欲しい」という親方の考えなのかとか「残した鍋を食べさせてくれないかなぁ」とかを、ボンヤリと考えながら、焼酎の水割りを口にしました。

 何のために仕事をするのか、何を大事にするのか、酔いながら独り考えた夜でした。

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