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左と右と居心地の悪さと

僕と彼女は正反対だとよく言われる。性格はもちろんのこと、休日の過ごし方、お茶碗を持つ手、好きな食べ物や音楽、金銭感覚、過ごしてきた環境、など挙げだしたらキリがない。仲が悪くならないの?と心配されることも良くあるが、なんだかんだ仲良く暮らしている。彼女がどう思っているかは知らないが、僕自身はお互いの噛み合わなさにある種の特別な居心地の悪さを感じている。そして僕はこの居心地の悪さがとても愛しいのだ。

彼女が就職活動の最終面接のために、東京に向かった日のことだ。つかの間の一人暮らしに心なしか嬉しさを感じつつ、共用のパソコンでラジオのネタづくりに勤しんでいると、なぜか二人でいるときの居心地の悪さを感じるのだ。それは、彼女と過ごす日常のような感じなのだが、まだ掴みきることが出来ないものであった。

居心地の悪さが気になってしまいネタづくりに集中できなくなったので、気分転換に近所のバッティングセンターで軽く汗を流すことにした。こうなった時の僕のフットワークは普段からは考えられないほど恐ろしいもので、小一時間ほどで準備と移動を済ませ、バッターボックスへ。大谷翔平と同じボックスに立ち、大谷顔負けの豪快なスイングで見事な三振を奪われると、先ほどまでは思い浮かばなかったネタが思い浮かんだのだ。

すぐさま家に帰り、忘れないうちに投稿フォームにネタを書き込み送信する。ネタに満足しからなのか、空腹を感じたため、本能のままに冷凍庫を漁ることにした。普段の料理は彼女に任せきりなため、冷凍食品しか選択肢がないからだ。シェフのお眼鏡にかなったのはチャーハンとギョーザ。早速ハサミで封を開けようとすると、また居心地の悪さを感じる。なぜだか彼女に連絡を取ろうと思ったが、面接中に携帯が鳴ったらエライことになるので、しぶしぶ向こうからの連絡が来るのを待つことにした。そうこうしている間にシェフの気まぐれチャーハンとギョーザが出来あがったので、二人掛けソファの右側に座り、いざ実食へ。シェフの気まぐれらしくところどころ冷たいチャーハンと餃子を提供されたことに憤りを感じると同時に、彼女のありがたみが身に染みるのであった。

食事を終え携帯をいじっていると、彼女から「メンセツオワタ」と連絡がきた。ねぎらいの言葉を送ると、「ナエ」と返信が。彼女が僕の様にネガティブになることは珍しいので、美味しい焼き肉に連れていくことを約束しつつ、携帯の電源を切り、ダブルベッドの左側に寝転んだ。

しばらく天井を見上げていると、不意に、居心地の悪さがなぜ愛おしいのか分かった気がした。それは、この居心地の悪さが彼女と結びついているからなのだと。だから、パソコンやハサミを使うと居心地の悪さを感じるのだと。ふと気づいた。すぐに、これまで抱いてきた愛おしさの理由に一人照れてしまったので、彼女に焼き肉のキャンセルを申し出てバランスを取り、そっと瞼を閉じた。空いた右手に、居心地の悪さを感じながら。

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