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北の大地での軌跡 #0

私の旅路の本質は逃避なのかもしれない。冷たい空気と青い煙で肺を満たしながらそんな風に思った。

思えば初めての一人旅も、あの日英語の授業の後にその場のノリで決めた原付旅も、何かから逃れたくて救われたい意図があったように感じる。

春休みの大半をバイトと就活、そして先の見えない関係性に費やした私は友人の勧めの下別府を飛び出すことに決めた。大学一年の頃から焦がれていた北の大地へ向かえば、今縛られている葛藤から解放される気がしていたのだ。あの日の私に告げたい。君の隣人は本当に適切な提案をしてくれたし、それに従った君は今少し確かに救われているよ、と。


クマモト傷心旅行記の執筆が遅々として進まないことを踏まえて、今回の記録はまだ物事が進んでから間もないうちに書き上げようと努めることにしました。クマモトの後編も貯めてしまっているESもいつか絶対書き上げるので一度隅に置かせといてください。
今回は#0ということで、フライトの前日の話。大学で出会ったひねくれていて誰よりも目の前の人に誠実な彼と過ごした時間について残します。


お迎えは13時と前日くらいから言われていたのだけれど、例の如く私は遅刻して集合場所に到着した。そうゆうところが嫌い、と大好きだった旧友に言われていたのに全く成長できていない。計画性の無さと行き当たりばったりさは相変わらず私の代名詞のようで、出発の10分前にたまっていた洗い物と生ゴミまとめを行いました。この前バイト先でお話しした、北からいらしていた品の良い老夫婦の助言を思い出して、適当なコートを見繕い掴む。別府には春が訪れつつあるけれど、北は未だ寒さに包まれているらしい。そして、車でお迎えして頂くときには既にお決まりになっている近所のローソンに向かって無様に走る。ありがたいことに小旅行がてらに空港まで送ってもらうのだ。車に乗り込み、尊敬する先輩から頂いたというジャケットを着こなす彼の助手席に腰を落ち着かせた。ごめんね~と告げながら、さらにごめんねを重ねて別府でやり残した雑事をこなすために寄る予定ではなかった駅まで車を動かしてもらった。ありがとう、本当にごめんね。

どうやら旅先までの移動時間は、高速を使っても4時間程度になるらしい。車内に流れるプレイリストは、私には到底理解できない言語で綴られたものの集合体だった。サシでいると、ふざけるか真面目に語るかの両極端になっちゃうんだよな~と困っている彼。大丈夫、君の話は基本的にばかばかしいし、基本的に興味深いから飽きることがないのです。そのままでいてください。これからも色々聞かせてほしい。

福津は初めて訪れる場所だった。そもそも北九州を車で移動するという経験はなく、電車で移動可能なアクセスが良い場所にしか行ったことがない。山々に挟まれた道を進むと、海の近い街に辿りついた。地元にも海はあったし、別府だって海の街と表現しうる場所だ。それでもそこは、私にとって「真新しさ」に包まれたところのように感じられた。うすい緑がかかっているような、どこからそんな感覚が生まれていたのかは分からないけれど。とにかくどこか懐かしいけれど見たことのない景色、といった印象を受けた。車を降りて、沈む夕日と鳥居の組み合わせの景色で人気のスポットへ向かう。階段を上った先にそびえ立つ鳥居をくぐり、ふと振り返ると眼前にはただただ美しい街並みが広がっていた。零れんばかりに咲き誇る桜色と、橙色とも金色とも表現できそうな落ち着いた光が溶けあう。たぶんこの時見た桜が、私にとっての今年一番の桜だった(別府の桜が満開の時は北海道にいたし、北海道の桜は私が滞在した期間には開花していなかった)。けれど、桜以上に街自体のきらめきに囚われていた。

海へ降りる。ピンクと青の層が織りなす波が静かに揺れていた。砂浜で過ごす人々は思い思いにその瞬間を愛しんでいる。友人がフィルムでポートレイトを撮ってくれることになったが、うまいポージングができなくて不甲斐ない。幼い頃からカメラの前ではいつも顔が引きつってた。物心がついた時からずっとそう。昔「どうしてそんな変な顔するの?」と言われてから、さらに悪化したと思う。今は前より自然体でいれてると信じたい。そういえばこの前も私を撮ってくれたね、君なりの関わり方を私に当ててくれてありがとう。


海で過ごす時間は、ここ一番穏やかであったと思う。波の音と、人のまばらさと、遠くで飛ぶ海鳥が、全てがゆったりとしていた。日が波の奥へ沈んでいく姿が、過ぎ行く時をどうにかかき集めて惜しんでるようだった。「日がこの目に届かなくなるまで、どうにか見守っていたい」そんな感情に駆られたけれど叶わなかった。私が見えなくなったと思った太陽は、今度は違う場所で誰かの光となるのだろう。


飲みにでようとなった時には既に20時をまわってた。福津には夜遅くまで開いているお店がそんなにないらしい。宗像の方も調べてみたけれど、なんとく波長が合いそうな場所が見つからない。結局、少し中心地から離れた居酒屋に行くことにする。「俺は運転するから飲めんけど、〇〇は飲みな」と旅前の私を気遣ってくれる彼。ありがたくお受けしよう。不安と期待が入り混じった北への旅、始まりの一杯は福津で頂くことにする。

赤と黒で構成された、いかにも田舎にありそうな外観をしたお店。きっとまた訪れることはないだろう、そんな失礼なことを思いつつお邪魔します。店内は少しがらんとしていて、私たち以外には2組ほどしかお客さんがいなかった。なんでもいいから摘まめるものを、あとは地酒とか飲めればいいな、と思いながらメニューに目をやる。どうやら日本酒が好きな店長さんらしく、いろんなお酒を置いてるっぽい。少し若い私たちと同世代位のお姉さんにすっきりめのをおススメでくださいと伝えた。実はこのお店、本当にあたりだった。お酒も料理もおいしくて、何回も「え、うま」って2人して驚く。素敵な出会いだ。

君はノンアルコールビールしか飲んでないくせに、酔った私にあてられたように口が回る。普段は全く見せてくれない彼の奥深くに隠された過去の話。昔の君の話をしてくれたのは、この時が初めてだった。精一杯カッコつけて、理想の紳士であろうとする貴方がここまで明かしてくれることが、本当に嬉しかった。嬉しがっちゃいけないのに、喜んでる私がいてごめんなさい。そして本当にありがとう。

福津での旅は終わりへと着実に向かう。私のフライトは明日の早朝だ。私は北海道へ、君は別府へ戻る。限られた時間で仮眠をとり、私を空港へと送る君。ありがとう、私の旅の始まりをこんな素敵な時間にしてくれて。君が勧めてくれた北の地で、大層なことをするわけではないけれど。きっとこの日々は私の人生で大事な瞬間の重なりで溢れるだろう。そんな予感がしてならない。


写真:隣人より

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