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#02 『死者の国』ジャン=クリストフ・グランジェ

ハヤカワ・ポケット・ミステリよりジャン=クリストフ・グランジェの『死者の国』を読んだ。
ジャン・レノ主演で日本でも話題になった『クリムゾン・リバー』の原作者としても知られるジャン=クリストフ・グランジェだけど、あんまり翻訳されない作家としても有名。決して面白くないわけでも難解すぎるわけでもないと思うんだけど…、まあ今回の『死者の国』も2段組みのハヤカワ・ミステリとしては最厚クラスの773ページというボリュームがあり(どこが”ポケット”なのか…。)、確かに翻訳も大変そうだなーなんて思ったり。

公式もネタにする厚さ!

そんな、極厚の『死者の国』なんだけど、読み始めてみると「あっという間」に感じられるほど、グイグイと読める作品だった。

と、言いつつ、実は序盤だけは読み進めるのがちょびっとつらかった。
物語は、ある残酷で猟奇的な殺人事件から始まる。殺害されたストリッパーの遺体は、口の両端が耳まで切り裂かれ、喉の奥には石が詰め込まれ、両腕と両足は奇妙な形で縛られている。
グロいのが苦手な人はこの遺体の描写だけで結構キツいかもしれないけど、僕はミステリーを読みなれているせいか、こういうのは大丈夫。。。なんですが、きついのは殺され方ではなく、この被害者も含めた登場人物たちの狂った性癖。

ハードSMの愛好家、遺体愛好家など、倒錯した性癖の持ち主が続々と登場する。
特に、「ハードSM」の描写がキツくて、性器周りを傷つけるプレイが結構な生々しく描かれてるのが、なかなか読み進められずにしんどかった。
(奥さんの性癖が倒錯しているっていうのも、既婚者的にはちょっと絶望的な気分になりますよね…。)

同じくフレンチミステリーで、近年日本でも売れているピエール・ルメートルの『その女アレックス』とか。ああいうのが平気な人でないとかなりしんどい。。僕は本当にこの手の描写がダメで、何度か心が折れかけたけれど、(正直、かなり頑張って)読み進めた。

ただ、この序盤を乗り切ってしまえば、あとはすごい!少しづつピースがはまっていく快感がとてつもない勢いでページを捲らせる。

ここで、ざっくりと物語のあらすじを。
主人公は、パリ警視庁警視のコルソという男。出生不明の孤児でドラッグにおぼれ、不幸と暴力の中で生きていたところを現在の上司に保護されて警察の道へ。動物的な本能と犯罪者たちと変わらない生い立ちを武器にパリ市警で優秀な警視として活躍している。このあたりは「ノワール小説」的なテイストがかなり強く、その手の小説が好きな人にはたまらないと思う。

そんな中、冒頭に書いた猟奇的な殺人事件が発生し、捜査にあたるコルソ。
被害者の交友関係(ハードSM)から容疑者を割り出し追いかけていくも、事件は連続殺人へ展開。
容疑者の男は元殺人犯ながらも、刑務所内で「画家」としての才能を開花させ、いまでは一流のアーティストになっている男。
そして、どうやら、連続殺人事件はゴヤの絵画『赤い絵シリーズ』の見立て殺人になっているようだ、として、この芸術家がますます怪しいと。(芸術に詳しい人ならゴヤの『黒い絵』シリーズは知っていると思いますが、本作は新たに発見された『赤い絵』シリーズがキーアイテムとして展開していきます。)
しかし、なかなかこの男を逮捕する決定的な証拠がなく、コルソは振り回されていく。

それでもまあ、なんやかんやと犯人を逮捕には至って。事件はコルソの手を離れるんだけど、ここからは連続猟奇事件の裁判編へとシフト。被告側の弁護士(優秀で超美人)の策略により、再びコルソは事件の中へと引き戻され、事件の本当の真相へと向かっていく…。

と、とにかくコルソはいろんな人に振り回され続ける。優秀な警視ゆえの行動力の高さともいえるのかもしれないけれど、とにかくヨーロッパ中を飛び回り、傷だらけになる。小説でありながら、とにかくアクション性が高い!

中盤からは法廷ミステリーとして展開。被告側、原告側の応酬で(正直”後だしじゃんけん”的なとこもあるけど)真相が二転三転としていくのが面白い。
特に、陪審員裁判であるため、真相ではなく「心象」を操作していく応酬なので、物語の最終的なオチである「真相」を棚上げにしていくのも巧い。
裁判としての決着はついても、まだまだ物語が終わらない。自力で真相へ向かうコルソの気持ちと、読み手の好奇心がどんどんとシンクロしていく。

ただ、最後の最後のその直前までは、コルソと「真実」を目指していくんだけど、最終章あたりで、コルソよりも少しだけ早く、読者はこの事件の”意味”を知ることになる。そして、ここでおそらくほとんどの読者が「愛すべきコルソにこの真相を知ってほしくない」という気持ちになるはずだ。

ピースがはまっていく快感から物語を読む手を止められない。
でも、ページを捲る度にコルソは真相に近づいていき、真実を知ってしまう。
最後のピースがはまって完成した絵をコルソに見せたくないけど、その絵を僕は見たい!
なんとも形容しがたい感情で、ぐちゃぐちゃとした葛藤を抱いたまま読みすすめることになった。

これは、僕が大好きな『灼熱の魂』という映画を観た時の感覚にとても似ていて。ものすごい傑作だと思うんだけど、心が疲弊してしまうのでなかなかもう一度観ようとは思えない。
この『死者の国』という作品も、そういうタイプの作品になってしまった。

しかし、最後の最後、物語はかすかな希望で締めくくられる。ハッピーエンドとは言い難いが、ただただ絶望的な物語では決してない。
そして、その最後のシーンで、本書のタイトル『死者の国』という言葉の決定的な意味が立ち上がってくる。
僕は、このような「物語の最後でタイトルの意味がわかる」という展開が大好きで。映画で言えば『ダークナイト』とか『GRAVITY(邦題はゼロ・グラビティでこれは意味が真逆なのでちょっとイラっとしてます。)』とか。
そういう観点でも、本作はかなり僕の好みど真ん中という感じだ。

というわけで、長々と書いたけれど、本書の魅力はなんといってもその多面性。
一歩間違えれば犯罪者側にいた主人公コルソのハードボイルド小説、ノワール小説であり、ヨーロッパ中を飛び回り派手に立ち回るアクション小説であり、登場人物全員サイコパスな連続殺人を扱った猟奇的ミステリーであり、「ゴヤ」の絵画にまつわるアートミステリーであり、二転三転のどんでん返しが楽しめる法廷ミステリーであり、最後には読み返すのがつらくなるほどの絶望的な展開をみせ、そして最後の最後でタイトルの意味に着地する。

書いていて改めて思うけれど、この”全部乗せ”はスゴすぎる!
これだけの長編で、途中だれることなくこれだけの種類の面白さを詰め込んだ作品なんて、ちょっと異常だ。スゴすぎる!
この本を書いた著者はもちろん、なかなか翻訳されない著者のこの作品を翻訳して販売してくれたポケミスに感謝!そして、この本に出会えた自分の運命にも感謝したい!
現時点では今年読んだ小説のベストは『死者の国』で間違いない!!


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