カウントダウン・狂想曲«2話:突然の受験宣言»

なぜ小学校受験ネタが?

 2学期も1ヶ月程過ぎたころ、ありさはしきりに受験の事を話題にするようになった。が、それはなぜか「小学校受験」の事だった。というのも、同じソロバン塾に行っているA私立小学校の友達がいて(友達といっても2学年下の女の子だったが)、その女の子から色々話を聞いているらしい。ありさにしてみれば、小学校に電車で行くということ自体が想像を超えた話らしく、「みやこちゃんはねえ、1年生から電車で学校に行っているんだよ。すごいねえ。小学校でも電車使ってもいいんだあ?」とか「小学校って受験しなきゃいけなかったの?」などとしきりに話してくる。しまいには「ワタシはどうして受験しなかったの?」と言い出す始末。その度に私は「幼稚園が遠かったから、小学校は近いからよかったと言っていたのは誰だった?」と、答えていた。

 私としては、小学校の受験は全然考えていなかったのもあるが、なにより世間を知らない幼稚園の頃に、子供が自主的に行きたいと思っている訳でもない受験をさせて小学校を決めるというのには抵抗があった。小学校受験とは、一歩間違えれば親の自己満足でもあると思っているから。

 実際、私のはるか昔の記憶の中に、どこかで受験をしたような記憶が今でも残っている。後で母親に聞いたところ、国立のG大付属小学校を受験したことがあったそうだ。で、実は中学受験の時もそのG大付属の中学を受けていた。あっさりと落ちてしまったが、結構私の親もこだわりというか執念というものがあったというか・・・

進学塾のオープンテスト

 時間さえあれば、耳にタコができるほどそんな会話をしていたころ、近所の進学塾である「N能研」のチラシが何度か入るようになった。オープンテストの案内だ。オープンテストとは、いわゆる塾生ではない人でも力試しに受けられる物で、同時に入塾テストともなっている。(当時は)3、4、5年生が対象だが、私がそのチラシを見て驚いたのは

「3年から入塾・・・・?そんなに早くから受験準備というのをするのか?」

ということ。少なくとも私が受験生だった頃のN能研は、5年生からしかクラス自体がなかった。私自身は、当時入塾テストもなく、6年生から入塾して・・・そんなに苦労した記憶もないが、とりあえずとある女子校を受けたら受かってしまった(G大付属は落ちたが)。そもそも、当時は6年生から入塾する人も結構いたが、それでもなんとかなるという割りとのどかな受験生生活だった。そこまでやらないといけないのかなあ・・と、思っていた。

 そのチラシは1度目に配付されたときは即刻ゴミ箱行きだったのだが、2度目に配付されたときは、その小学校受験の話が出ていた頃で、なんとなく冷蔵庫にマグネットで貼っておいた。それでもそのうちに捨てようと思っていた。

 ある日、学校から帰ってくると、ありさはいきなりこんな爆弾発言を落とした。

「私も受験する。私立の中学校に行く!」

爆弾発言の行く末

 私はびっくりするより呆れた。
「あのねえ、5年になった時に受験するかどうかを聞いたでしょう?でも、その時は受験しないって言った筈よね?するならいまから準備しなきゃ間に合わないからって・・・」
「あの時はそう言ったけど、今は受験したいのよ」

 私はいささか頭が混乱してきた。そんなこと今ごろ言っても、すでに10月も半ばになっているんだから、受験の準備といってもあと1年半ない。こればかりは学校の勉強だけでなんとかできるわけがないのだから、どこか進学塾に行かないといけない。でも、最近の塾は入塾テストがある。一番肝心なことだが、お金もかなりかかる・・・・などなど、頭の中に、娘の憧れとは正反対の現実が渦巻いているのがわかった。とりあえずここは私が少し冷静にならないといけない。

 「で、なんで受験したいの?もし、誰々ちゃんが受験するから私も一緒に・・・なんていう理由では許さないよ。」
 問い詰めてみると、どうやらそれも少しはあるらしい。塾の話などをする子が何人かいて、一部私立に行きたいという話題で盛り上がっているらしい。が、一番の理由は「みんなと同じ中学に行きたくない」というものらしい。

受験したい理由とは?

 低学年の頃から大人しく、マイペースを貫いていたありさにとって、見方によっては格好のからかいのネタになっているのは知っていた。小学校にも幼稚園時代の知りあいも何人かいるし、少子化が進んでいるこの近所では1学年が2クラスしかなく、クラス替えをしてもすでに2/3は知っている子ばかりという現状で、いくら自分が自覚が出てきて積極的になろうとしても、それを許してもらえない雰囲気があるという。先生は訴えても何もしてくれない。だから、中学には誰も知っている人がいない所に行きたいと、そのためには中学受験という手段がある・・・という結論に彼女なりに達したわけらしい。恐ろしい事に、この理由は私が受験をした理由の一つでもあった。

私と同じ道を歩くのか???

 ありさが思い詰めたら絶対に曲げない性格だというのは知っているが、現実に受験となると塾やらなにやらの現実が待っている。が、とりあえず彼女は「受験に向けた勉強をしないといけない」という現実だけは認識しているようだ。その気になっているんだからどこまでできるかはわからないけど、やらせてみるか?とも考えた。そこで、ふと思いだしたのが冷蔵庫に貼ってあるN能研のオープンテストのチラシ。

 現実問題に戻ると、家の近所には私の知っているだけで、近所に進学塾は2件ある。Y谷大塚とN能研だ。しかし、どちらもバスで行かないといけない。が、なぜか私は迷わずにN能研を考えた。懐かしさというのもあるが、なにより、当時でも塾の授業はおもしろかった。学校の授業とは違うテンポのよさが今だに記憶にある。なにより、ここは大手の塾だ。いわゆる受験データという話になると、多分小さい塾では歯が立たないだろう。はっきり言って受験はデータが勝負だ・・と言うことでN能研にすることにした。

いざ、オープンテスト

 一番の問題は「N能研オープンテスト」だ。ちゃらんぽらんに幼稚園からやっていた通信添削の問題さえほとんどやっていない彼女に通用するんだろうか?これは別な意味で自分の実力を認識させるのにいい機会かもしれない・・・どっちにしても、このテストに通過しなければ塾には入れないのだ。そこで、一つ条件を出した。

 「とりあえず入塾テストを受けなさい。もし落ちたら受験は諦めなさい。いくらなんでもこの時期からやるのは無謀に近い。だから、塾に入るためのテストすら通らないようなら、まず受験は絶望的だからね。」むちゃくちゃな理屈ではある 考えてみたら、「いかに塾に行かせないようにするか」という風にとられそうな条件だが、正直な話、5年位からでも準備しなければ受験のレベルには到達しないだろう。というのが、私の考えだった。だから、これで落ちたら世間の現実を知って諦めるだろうと。

 とりあえず、電話でテストの申し込みをした。試験日は11月23日。国語と算数の2教科。あと1ヶ月だ。一体どんな勉強をすればいいのだろうか?とりあえず「今までに溜め込んでいた通信教育の問題をやりなさい」と、アドバイスした。意外なことに、マジに机に向かいだした。その気になったのなら・・・ということで、父親がなぜか受験用の算数のテキストを買ってきて、一緒にやりだした。しかし、当然の事だがこちらはありさには歯が立たない。もっぱら数学教師くずれの父親が面白がってやっている状態だった。ああ、前途多難。

 数日後に受験票が送られてきたが、そこに入っていた塾からの手紙に言葉を失った。

「新6年生は、空きがほとんどないので、今回の欠員募集は5名程になります。多少きつめの入塾基準になりますが御了承ください。」

 だからもうちょっと早くからやっておけばよかったのに・・・といっても後の祭りではあるが。だめでもともととはいえ、その気になっている娘を見るとなんとかしてやりたいとも思うし。まあ、最悪の場合は御近所の補習塾のパンフレットでももらってこようかと、腹をくくった。

 ふと思い立って、本屋で受験案内なるぶ厚い本を買ってきた。見慣れた学校の名前やら、見たこともない学校やら、いつのまにか共学になっている学校やらで、特にどこの学校という視点は持たずに暇さえあれば眺めていた。

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