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【3分で読める】「Strawberry Margarita/ELLEGADEN」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞の意味】


怪訝そうな顔をする彼女を無視して、タバコに火をつける。
窓から見える街明かりがまたひとつ消えて、あたりが少しずつ暗くなり始めた頃合いである。毛布にくるまっているのに、まだ全然眠りたいとは思えなかった。


「聞いてるの?」

流石に不満を隠し得ない感じで、彼女は会話を続けようとした。その様子に気づいていたけれど、そんな格好を見せられれば見せられるほど、ますます話したくなくなるのは、俺が天邪鬼だからだろうか。

「うん」
「それで、どう思う?」
「いいと思うよ」
「いいと思うって?」
「ユキが行きたいって言うなら、それが正解だと思う。俺はどこにいたってお前のことを応援するし、きっとユキにとってもそれが良いんだよ」

きっと、というワードに反応したようで、ユキの機嫌がますます悪くなる。ファミレスの店員が上司に叱られているのを見た時のような、嫌な空気感が身体にまとわりついてくるのを感じる。

「どうしてそう他人事なの?私の進路なんて、興味ない?」
「そんなこと言ってないだろ」
「海外に行くんだよ?しばらく会えなくなるんだよ?」

どんなに鈍感な男だって、彼女が何を言って欲しいのかくらいはわかる。要するに、引き留めて欲しいのだ。「夢や目標なんて捨てて、俺と一緒にいて欲しい」とか、あるいは「俺も一緒にいく」とかそういう言葉を求めているのだ。

芸術学部に所属する大学生にとって、こんな貴重な機会は滅多にない。ユキの所属するゼミの先生が、偶然パリに人脈があるらしく、ゼミ生から留学生を募るという話になったそうだ。

当然、同じ大学に通う俺が嫉妬しないはずがない。うん、ここは正直に認めるべきなのだと思う。俺はただ、彼女に嫉妬しているのだ。羨ましくて、妬ましくて、彼女よりも才能がない自分に失望している。たったそれだけのことが、俺をそっけない態度にさせている。

「だって、そうしたいんでしょ?もうユキのなかでは決まってるんじゃないの?」
「…」

なるべく彼女の顔を見ないようにつとめる。どんな表情か知ってしまったら、自分の弱い部分が殻を突き破って出てきてしまいそうだった。

「私、一人じゃ不安なの。言語とか文化とか、生活とか、そういうの上手くやっていける自信ない。生活能力ない自覚あるし、そのあたりユウタに任せっきりだったし」
「大丈夫だよ。なんとかなるって」

俺なんか居なくても、という言葉をぎりぎりで飲み込んだ。

「優秀なやつの邪魔をするのは、罪だよ。才能を持て余すことは、社会的な損失だ。一緒にいたいからって理由でユキを止めることは、俺にはできない」

 罪、とユキはぼそりと呟いた。

「俺にとっても、ユキが大成することが何よりも喜ばしいことだよ。もちろん俺だって、絵師として成功したいって思いを捨てたわけじゃない。ただお互いの戦うフィールドが変わるだけだ。俺は日本で頑張るし、お前はパリで頑張る」

「確かに会えなくなるのは寂しいけど、たったの二年なら我慢できる。ほら、これまでだってしんどい授業に耐えてきた訳じゃん。それを無碍にするのはやっぱり勿体ないって。こんなチャンス、滅多にないんだよ」

「電話だってするし、困ったことがあればすぐに連絡してくれればいいよ。あ、折角二年もフランスにいるんだから、いつか旅行の案内くらいはしてくれるようになって欲しいな。現地のフランス料理って日本人の舌には合わないって聞いたことあるけど、それが本当かどうかも気になるな」


俺がしばらく話している間、ユキは一言も相槌をうたなかった。俺は窓の方ばかりを見ていたものだから、彼女が本当にそこにいるのかどうかすらもわからなかった。
またひとつ、またひとつと外の建物から灯りが消えていく。そんななか、カラフルに光るネオンの街灯だけが目に入った。深夜まで営業しているあのバーは、ユキと出会った思い出深い場所だった。

「向こうにもカクテルバーとかあるのかな」

あの日飲んだカクテルの名前はなんだったっけか。確か「ストロベリー・マルゲリータ」だったかな。
名前から連想されるイメージとは異なり、案外酸味と苦味がきついカクテルだった。彼女はそれが好きなのだとって、俺にオススメしてくれたのだ。

当時の俺はカルーアミルクみたいな甘ったるいカクテルが好きだった。そんな俺には少し刺激的な味だったけれど、その新鮮さがとても良かったんだ。

いつかまた、フランスから帰ってきたら、あのバーに行こう。

そんな考えを口にしようとしたら、窓に反射した彼女の身体が小刻みに揺れているのがわかった。俺は窓越しに彼女をじっと見つめて、それから少しだけ俯き加減になって、目を閉じた。


〜Fin〜



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