【3分で読める】「ペンディング・マシーン/Official髭男dism」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞の意味】
私はカシスオレンジだけで十分に酔ってしまうような女だということを忘れていた。私の手には、意味もなく丸い形をした氷の入ったロックグラスが収まっている。その底には、オレンジがかった透明感のあるウイスキー。
とっくに氷が溶けてしまって少し味気ないけれど、もはや味があってもなくても関係なかった。アルコールが感じられる飲み物であれば、なんだって良いのである。
「仕事帰りです?」
さっきまでフロアで踊っていた男が、隣のシートに座った。
フォーマルなスーツを着ている。年齢は私よりも少し若いほどだろうか。こういった店には縁遠そうな、真面目で誠実な印象の顔立ちをしていた。
「えぇ。そっちは?」
「僕もです。一杯、ひっかけたくなっちゃって」
「ひっかける」という古めかしい表現に、思わず笑ってしまいそうになる。
いや、もしかしたら自覚していないだけで、口角が上がっているかもしれない。
「いくつ?」
「26ですよ」
「お、私より若い。28歳」
「そうは見えない」
「おだてても何も出ないって」
「いや、本当にそう思ったんですよ」
そう口では言うものの、どこか嬉しい自分がいる。年下の男と話をする機会なんて滅多にないので、少し浮き足立っているのかもしれない。こういう時こそ、気を引き締めなければならないのである。
「お互い大変ですね」男が言った。
「ちょっと、大変って決めつけないでよ」
「だって、そうでしょう?」
「顔に出てるってこと?」
「はい」
「その発言、失礼だと思わないの?まぁ、確かに疲れてるけど」
「合ってるじゃないですか」
「思っても言わないのが大人でしょう?」
名前も知らない男は、手に持っていたグラスを一気にあおる。
青色と黄色の混じった美しいカクテル。きっと職場の飲み会では、飲みたくないビールでも飲まされているのだろう。心底嬉しそうな顔で、グラスの中身を一気に飲み干してしまった。
瞬間、ポケットのなかでブルっと震えを感じた。スマホを取り出し、指紋認証でロックを解除する。そこには一通の通知が届いていた。
「職場からです?」
「そう」
アルコールによって帯びた熱が一気に冷めていくのを感じる。きっと仕事で何かトラブルがあったに違いない。いつものようにメッセンジャーを開く。早く返事を返さないと、上司になんと言われるかわからない…
「ほら、こんなものいらないでしょう!?」
そう言って男が、私の手からスマホを奪った。何をするのかと思えばこの男、スマホを自分のグラスへと放り込んだのである。
「ちょ、何してるの!?」
「ここは職場じゃないんですよ。仕事しちゃダメです」
「でも…」
「ほら、僕のせいにすればいいじゃないですか。知らない人に絡まれて、返信出来なかったってことで」
そう言ってヘヘッと笑う酔っ払いの男。初対面にあるまじきことをされているにも関わらず、気分は案外悪くなかった。
「もう…壊れたらどうするのよ」
「大丈夫。最近のスマホは防水最強ですから」
「アルコールには対応してないでしょ」
「ははっ!確かに」
スマホの画面が光っている。グラスを通じてみるとどこか幻想的に見えたが、果たして、これもアルコールのせいなのだろうか。
私は近くにいた店員に声をかける。
そして、ウイスキーのロックを注文し直した。
民奈涼介
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