幽霊がいてはいけない場所

半年ぶりにあったおじさんはずいぶん痩せていた。
あいかわらずよくしゃべる人だったが、テンションが妙に高かった。
変な薬でもやってるのかと冗談で聞いてみたら、最近可愛い恋人ができたらしい。
僕は驚いて、おじさんの背後を思わず見てしまったが、怖くなってすぐに目をそらした。
おじさんは僕の態度に気付かず、話をつづけ、
「お金はいいんだけど退屈なんだよ。こんなこと言ってお願いするのもなんだけど、俺の代わりにバイトしない?」
と、わざわざ僕の家に来た理由を言った。
他にもバイトについて言っていたが、おじさんの後ろにいる女が気になってそれどころじゃなかった。

僕は他の人に見えないものが見える。

おじさんは自称霊感のある人で本当に見える人なのかわからない。今はなにも聞きたくなかった。

「とりあえず、行ってみるだけでいいからさ、どう?」とおじさんは僕の顔を覗き込んで言う。
正直、もう帰って欲しかった。
断るとねばられそうだったから、僕は承諾した。

早速、おじさんはバイト先の人に僕を紹介したらしい。バイト先の人から連絡があり、一応、面接したいとのことだった。

さすがメガバンクのグループ会社だけあって、バイト先は大きいビルにあった。

バイト先の人は本当に困っていたらしく、
「◯◯△△バンク”CS”サービスの福来です。」
と、挨拶するなり、
「君が林君(おじさんのこと)の紹介の人?いやぁ、すぐに来てくれてよかったよ。林君いきなり辞めるって言うからさ。いきなりだよ。君はできれば長く続けてね」
と面接せずに、僕の採用が決まった。
こんなに杜撰でいいのかと思ったが、福来さんは正直な人で、「とりあえず来てくれるだけで嬉しい。最近はみんな逃げてっちゃうんだよね。(バイトがいないと)僕がやらないといけなくなるし…」と言ったが、すぐに「本当に仕事は掃除するだけで簡単だし、バイト代も多いから」とつけ加えた。
不安だったが、おじさんからの紹介だから一応見るだけはしようと福来さんについて行った。

バイト先はビルの最上階にあり、エレベーターを降りるとすぐに、高級なホテルのロビーのような受付があった。
イメージとは違い、予想外の高級さに驚いた僕は素直な感想を言った。
「なんか、勝手に薄暗いところだと思ってました。すごく高級感がありますね」
福来さんは当然だと言わんばかりに答えた。
「ああ、結構多いよね、冷蔵庫みたいなところだと思ってる人。ここは本当のホテルを設計してる人に頼んだらしいよ。お客さんが長い間眠るところだから、きれいにしないとね。ここからがもうサービスだから」

受付の後ろの壁は全面がガラスになっていて、奥の部屋が見えるようになっていた。2人までなら入れそうなスペースシャトルのようなものが並んでいるのが見える。細かい部分まではわからないが、デザインやカラーが違うようだ。福来さんが言うには「眠る人に“タンク”のデザインは関係ないんだけどね。少しでも眠ることの抵抗をなくすために必要なんだ」ということらしい。

「受付と奥の部屋は業者に清掃を頼んでるから、君にはこっちの掃除を頼みたいんだ」
受付の人に挨拶すると、そちらには行かず、逆方向にあるドアの前まで来た。
インターホンがあり、ボタンを押して入室の許可を求めた。
「進退管理は厳密にやってるから、入るときも出るときもこうやって許可をとってね。あと、カメラもずっとまわってるけど気にしないで」

部屋に入るなり、一瞬で、今すぐ辞めようと思った。
もう出て行きたかったが、ドアを閉められてしまったので出られない。
真っ白な部屋にタンクが8個置いてあるだけで、それ以外に人工物はない。少なくとも、僕にだけ見えているものは人工物ではないだろう。
出来るだけ余計なものを見ないように集中した。

福来さんは親切に説明してくれているが、全く頭に入ってこない。
「7体ですか…」
怖さのあまり、とうとつに見えてるもの数を言ってみた。福来さんは少し驚いた様子で、僕に答えた。
「エッ、ああ、“体”じゃないよ。あくまで“人”だよ。それに7人じゃなくて8人。今ここで人工冬眠してるのは8人だよ」

今、僕が見えているものにとっては、もう人工冬眠ではなくなったようだ。


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