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世界ってずっと美しくてヤバい

春ってぽかぽかでヤバい。

布団と永遠に抱き合っていたい寒く厳しい
冬が終わり、私の世界にも春が来た。
恋愛的な意味ではなく。

私が外に出て“ぽかぽか”を感じたらそれは春。


“ぽかぽか”って柔らかく暖かい世界で
アチキごと包み込んでたんぽぽ辺りに
生まれ変わらせてくれそう。
「春来てんじゃん‼️」って冬の引退が
ハッキリ分かった。

知らぬ間に2024年の1/4が終わっていて発狂しそうだったけど、ぽかぽか観測ができたのでまあ良い。



私が世界の美しさを感じるようになったのは
3年前の梅雨の時期、
兄貴のアパートに向かう車中だった。


その日はフィルターでもかけたみたいに
灰色の分厚い雲に覆われた薄暗い世界で、
ぽつぽつと大きい雨粒が車の窓を伝っていた。


家の車はガラスルーフで空を望むことができる。
私は雨の中の車内で雨粒が天井のガラスから
横の硝子窓に伝う様子を無心で
眺めている時間がとても好きだ。


母は高速道路に乗る時よくmillennium paradeの
Fly with meをかける。太陽がカーテンを閉め切っているのと対照に私はノリノリで車窓を眺めていた。

ミレパのBGMと共にかっ飛ばされる車。
段々と景色が都会のビル群から田んぼへと
移り変わっていく。 


先程までは大きい音をたて闇雲に体当たりしてきた雨粒達が大人しくなり撤退していった。

その時、高速道路の遮音壁が低くなり左側の世界に田んぼが広がった。

手前の空には降る準備できてます‼️って感じの
分厚い黒い雲が鎮座していて、
その奥にパステルカラーの空と積乱雲が在った。

今まで雲に対して綺麗だとか思ったことはない。

自由研究に役立ちそうな本を図書館で借りた帰り道に積乱雲を見れば雨が降る前に帰らねばとチャリを思いきり漕いで家路を急いだし、
寒空にベールの様にかかる薄い雲をみても
あの雲トランポリンにしても跳ねないっしょ〜‼️
くらいの感じ。

別に雲から漏れ差すお日さまを見るのは初めてではないし、記憶に残っていないだけで似たような
空模様は何度か出会ってきているはず。

それでも私は深く感動した。
目の前にあるこの世界がとても美しいと感じた。
分厚い雲、広がる緑、奥に霞む山。
雨雲の隙間から覗く空はとても澄んだ
青色をしていて、
遠くの淡い積乱雲は現実味がなく
絵画のように見えた。
天国があそこだと言われたら信じる。


再び高い遮音壁に世界が覆われるまで私は
今の感動を残しておこうと沢山写真を撮った。



それ以降私は青空に佇む積乱雲を見ると、
この時の感動を思い出し胸が弾むようになった。

自分が生きるこの移りゆく世界が美しいと
気付かせてくれた空を

夏にプールに行ったり、秋にぶどう狩りを
していても気付かなかった。

また、季節によって違った美しさを持つことも
分かってきた。

私が現在“ぽかぽか”に感動している様に
春には柔らかな日差し、芽吹く花々が綺麗だし
コートなしでのびのびと外に出るのは
とても気持ちが良い。

夏には青空の上へぐんぐんと成長する積乱雲と
うるさい程の蝉時雨、
昼間の暑さの余韻が残る少し湿った夜には夏の虫が鳴いていて心地良い。
冷房の効いた部屋で週末お昼寝するのは最高。


秋には日差しが弱まり半袖を肌寒く感じ
夏の終わりを悟る。少し前までは眩しいくらいに青々としていた緑は紅く色づき、日が沈むのが
早くなってきて人々に季節の移ろいを伝える。

冬には雲ひとつない高い空が広がり、
自転車を漕ぐと耳が痛くなってくる。
夕方の5時には外は真っ暗で、閉鎖的な世界は
私達の距離を近く、ワクワクさせてくれる。


そして冬至を越え、ゆっくりと日が長く、
日差しは暖かくなりまた春がくる。




私は特に宗教は信仰していないが、
自分の都合のままに生きているので、
死後は自分が思い描いた理想の天国で
過ごすのだろうと勝手に思っている。

いつ死ぬか分からないけど
私は私が感じた美しい世界そのままを天国に
持っていく為にまだ見たことない景色に触れ、

“あたしがかんがえたさいきょうのてんごく”

を更新して生きていきたい。



桜も散り始め春の開幕式は終わりそうな今日、
こんなことを思った。

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