鮨職人引退します。【昨日の「ふつう」が今日の「ふつう」にならない時の過ごし方】
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鮨職人引退します。【昨日の「ふつう」が今日の「ふつう」にならない時の過ごし方】


突然のお知らせですが、
私、今井竜介、鮨職人引退します。今までありがとうございました。理由も曖昧に、仕事をキャンセルさせてもらったみなさま、すみませんでした。

辞める理由は、アニサキスアレルギーが判明して、魚の味見や試食ができなくなったからです。アニサキスアレルギーは「ザ!世界仰天ニュース」に取り上げられるくらい、レアなアレルギーで、病院でも「じゃあ、アニサキスも調べてみましょう」とはなりにくいものですが、たまたま調べることになりました。


ことの経緯は、この年末から1月にかけて、気管と内臓系の不調が何日かあって、感染症かアレルギーを疑って市立病院にいきました。

アニサキスアレルギーについては、サトナオさんという有名人が、その体験ブログを書いていたので、自分も魚を扱うし「先生、アニサキスも調べてもらっていいっすか??」と検査項目にいれてもらったら、まさかの、自分もそうだったということが判明しました。

つまり「魚全般、食べられなくなったよ。」ということなのですが、アニサキスアレルギーに関しての詳細や苦悩は、サトナオさんがブログに書いているので、気になる人は読んでみてください。

(サトナオさんのブログのおかげで僕は検査したので、とっても感謝しています。サトナオさんありがとうございました。)
魚料理関係者、もしくはこれから携わりたい人は、アニサキスアレルギー検査は受けた方がいいと思います。気がつかないけれど、反応自体は体内で起きているアレルギー持ちの人もいて、突然、僕みたいに、その反応が表現型に変わり、食べたら毎回、調子悪くなる状態になることが、起こり得ます。「身体がその仕事に合ってるか」とても大切だと身を以て知りました。

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(花粉に比べて、数値がゴリゴリ高くてビビったw)

アニサキスアレルギーのみならず、飲食関係は、同じ食材を繰り返し使うことが多いので、自分の扱う食材に対する、アレルギーの陰陽反応は知っておくに越したことはなと思います。僕の場合はあとの祭りですが、、、。

ということで、引退のお知らせは、以上です。

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ここから先は、「突然のことで、りょうすけ、ショック受けてるんじゃないか?」と思ってくれた人や、「これを読んで自分もショックを受けちゃった」とか、そんな人がいたら読んで欲しい【変化と受容のはなし】を書きます。ちょっと長いので、進みたい人は進んでください。ここまででも、読んでくれた人も、ありがとうございました。

ここからは
【この3年間で身につけた、変化と受容に関する考え】
について書きます。

3年前の突然死から今までの時間

今回のアニサキスアレルギーのように、突然やってくる大きな変化を、受け入れざるを得ない出来事が、3年前にもありました。とても身近な家族のような3人が、事故で突然死を迎えました。

その日から「昨日までの「ふつう」は、今日の「ふつう」じゃないよ」ということへの葛藤や揺らぎ、不安を抱え、毎日の時間が、たった1日の出来事の延長線上にあるような日々の中に、僕はずっといました。

心や身体がなんとなくふわふわしていて、落ち着かない時間でした。そんな時間を過ごしながら、この数ヶ月、ようやくひとつの考えにたどり着いて、そのふわふわした感じから抜け出せそうな感じがしていたのです。

その考えは世界や自分が壊れて、昨日の「ふつう」が、今日の「ふつう」にならなかったとしても、今日の自分は、これで完璧な自分だ」ということです。

例えば、今、発酵食文化の価値が各国で見直されていますが、その発酵食品は、人間にとっておいしければ、お酒や味噌といった発酵食という名前がつきます。

逆に、人間にとって有毒な状態になると腐敗と名前が変わり、食中毒のもとになります。微生物や触媒による食材の変化というプロセスは同じなのに、名前は発酵と腐敗に別れます。

一方、人間が食べることがない、腐敗した落ち葉は、土に混ざりやがて海に鉄分を届けて牡蠣の成長を促したり、畑の栄養となり、アスパラの養分になったりもします。

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基準を変えれば腐敗も発酵も、どちらにしても、何かの役にたつことには変わりがないと言えます。なので、一つの基準で、成功や失敗、嬉しい出来事、悲しい出来事というように何かを決めることは、逆に不自然なことだと、考えるようになりました。

僕は評価できるほど賢くない

循環の中にいれば、僕にとってショックな出来事も、どこかのなにかには必要とされることがあるだろうし、そもそも、ただの「変化」に良いとか悪いとか決められるほど、僕は賢くないということにも気がつきました(そのくせ、評価すること、されることばかりを気にしていたと思います。)。決められないことは、放っておこうと決めました。

変化の矢印が前向きに起きることを「成長」や「目標達成」と呼びます。対して、その矢印が下向きだと「失敗」だとか「病気」「事故」とか、呼び名が変わります。今までは優劣をつけていた、そういう変化に対して、前も下も関係なく、どちらにしても「お、変化したぞ」と、ただ気がついて、眺めるみたいな、そんな時間をずーっと過ごしていたら、いろいろなことが、割と楽になりました。


どっちにしても、ただの変化じゃん。
ということが、今の僕にとてもフィットしました。

それは、目標達成や成長することが意味ないよね。ということではなく、ただ変化を淡々と見極めて、結果に拘らず、続けていくことの方が大切だと、考えるようになったということです。その結果として成長や目標達成は訪れるもの。と考えています。

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優劣の評価や感情を、いちいち入れていくと、見落とすものが多いかもしれない。逆さまの世界からみた景色も知りたい。そんな風に考えるようになった先に。たとえそれが、壊れる方向の変化だとしても、なにかの気づき、学び、美しさが、そこにはあるはずだよねと、心が変化していきました。

そして「変化が起きたあと、変わらなかった自分もあることも確かで。それが今日の自分ならば、その変わらなかった自分で、今日の自分は完璧だと考ればいい」とも思うようになりました。

「欠けている」と自分が思ってると、人に付け込まれるし、付け込まれた時の反論ができません。「そうだよな、自分、欠けてるもんなぁ、、」という方向にすすみ、どんどんなにかに依存していきます。
逆に「大丈夫だよ、なんとかなるよ」と言われても「いやいや、私、欠けてるんですよ?!なんでわかってくれないんですか!?私、欠けてるって言うのになんてこと言うんですか!!!」とそれはそれで落ち着きません。

まずは自分が完璧だと思っていることが、とても大切なんだなと。「みなさん、わーわー言うてますけど、俺、欠けてないから大丈夫なんです」と思いながら、欠けている認定をしてこない人と付き合う。とうことが自分を生きやすくさせることもわかりました。

why me? を受け入れる。

それでもきっと、例えば、大きな震災や友人の突然死を目の前にしたら、そんなことは言ってられず、悲しみや苦しみに飲み込まれることは、簡単に想像ができます。かと言って、その起きた出来事に「なぜ?私なの?」「なぜ、あの人なの?」「なぜ、今なの?」という問いは、自然の法則には通用しません。むしろ、それがどんな理由であれ、そういう自然の中で僕は、死ぬまで生きることが決まっています。

その世界の中で、悲しくても苦しくても、美しいものは美しいと思えることや、美味しいものを食べたら美味しいと思えることってすごく大切で。そう感じるためにも「昨日の「ふつう」とは違うけれど、これはこれで今日の完璧な自分」と考えて、生きていくことが、今の自分にちょうどよいです。

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曖昧なことで伝わるかわからんのですが。素直に書くと、そういうことを、僕は考えています。

いろいろな場所から眺める

アニサキスアレルギーがわかったことも、仕事ができなくなるという視点ではめちゃくちゃ困るのですが。今年の目標のひとつが「身体の声を聴く」という目標だったので。

今まで潜伏していたアレルギー反応が、ようやく表に出てきて、感覚として感じらるようになったことは「おー、俺、身体と会話できるようになってんじゃないのー!?」という解釈をすることができます。

そう考えるならば、一年の目標が、一月早々に達成できたということなので、ものすごい達成感があります。通っている鍼の先生とは「ようやく(不調の原因が)わかったねー!!!!」と、お互い笑顔になれて、このスッキリ感を共有できる人がいてよかったなと思いました。

逆に、心が傷ついた部分もあります。それは安心安全が最優先の食の仕事なのに、魚を扱っていたことが、自分の身体を、毎日毎日、傷つけ続けていたという事実に気がついたことです。今までごめん!!と思いながらも、ここまで耐えてくれて、いろんな景色を見せてくれてありがとう!!という穏やかな気持ちになったりもします。

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アニサキスアレルギーがわかったことに対しても、様々な考え、様々な感情が浮かび上がってきて。なにかひとつを選ぶとすると、他のものがこぼれ落ちてしまうので、なんと評価したらいいか、わかりません。

それでも、日々の中で、感情や気持ちや方向性は、自然と湧き上がってくるもので、「今日の僕はそう思ってるのね。わかったよー」と了解しながら、朝起きて散歩してホットサンドをつくり、本を読んだりして、淡々と日々を過ごしています。

そんな日々も
今日の自分は、これで完璧な自分だと考えられています。「どうせ欠けちゃったからなぁ、、、」と感じることもないし、漠然とした不安がないことは、僕の中では、とても大きな変化です。

今日の「ふつう」を基準に生きていきたい

突然死から3年間の日々のなかで、僕はこれまで書いたような、変化と受容に対する感覚をつかんできました。その感じをつかんでいたから、アニサキスアレルギーで魚が食べられなくなったことにも、あたふたせずに
「魚を食べられなくなった今日の自分も、それはそれで完璧な自分だ」と考え、評価や感情を入れることなく「それも、ただの変化だもんねー」受け入れられたのだと思います。

そして、これからするべきことは、今の自分に合った生き方を探す、ということです。昨日までの「ふつう」に惑わされず、今日の「ふつう」を基準にして、生きていきたい。

もちろん、すぐに成功して、社会にフィットできるかはわかりませんし、見つからないまま、野垂れ死ぬかもしれません。それでも「昨日のふつう」を引きずって生きるよりかは、生き残れる可能性が高いのではないかと思っています。

「あとはなんとかするから大丈夫!!」と大人の自分が根拠もないままに、自分の中の「子どもの自分」に言い聞かせながら、今できること、やりたいことを慎重に探っていこうと思います。(この辺の考えは糸井重里さんがほぼ日によーく書いていたので、それが染み込んでいる感じがします。)

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「鮨職人としての死」を体験して、気がついたこと。

あと、僕の脳は相変わらずアホで、バグっててよかったなと思うことがあって、それを最後に書いて終わりにしようと思います。
僕の職人人生は、ずーーっとでこぼこ道で、登っているはずなのに全然頂上にたどり着かず、気がついたら谷底に転げ落ちていた!!!みたいな出来事ばかりでした。(アニサキスアレルギーという壮大なオチを除いても、ほんとに色々あった。)
それにもかかわらず、今は、2000%くらいの気持ちで。「いい、鮨職人人生だったなー!!!!」と思えてしまうのです。つらいこともめちゃんこ沢山あったのにもかかわらず!!!です。なんて素晴らしいバグなのでしょうか。

生命として僕の終わりが、どんな風にやってくるのは知りませんが、どんな結果であれ、きっとこの調子で、僕は、僕の人生の最後を「めっちゃ楽しかったなー!!!」と受け入れながら、終われる気がします。鮨職人としての死によって、それに気がつける体験ができたことは、大きな収穫になりました。脳よ、このままバグり続けておくれ。

おわりに

つらいこともありましたが、最後まで「あぁもっとうまく握れるようになりたいな!!」という気持ちが、消えなかったので、それはとてもよかったです。それに加えて、あの人のために、もっと上手になって届けたい、と思える人たちにも出会えたこと。その人たちとおすしを通じて、なんとも言えない、しあわせな時間を過ごせたこと、それは本当に幸運なことでした。

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まずは、鮨職人モードの思考や身体の癖を捨てます。それからまた、新たな集中対象をみつけます。迷子になって泣くこともあるでしょうし、新たな道も、でこぼこ道なのもわかっているけれど。それでも、ゼロからのことに好奇心を寄せて、身を委ねられると思うと、ワクワクもします。

ということで、15年間の職人人生で関わった全てのみなさま。どうもありがとうございます。また、どこかのなにかで、お会いしましょう。

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(相馬の漁師と魚屋と、僕。一番、お気に入りの一枚。)

物質としては崩壊に向かい続ける身体を、自動的に生きようとする身体が支えている不思議。その命の箱の中で、心は一体、なにをしているのか。

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今は、ぼんやりと、そんなことに想いを巡らせています。

おわり。ありがとうございました。


Feel, Aware, Embrace.That's my new life.
今井竜介。TARA.




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りょうすけの ありのまま記

お慈悲をありがとうございます。いつかどこかで、誰かに返していきます。

好きって気持ち、表現できるのすごい。僕はなかなかできない。
15年間鮨職人をしていましたが、ふいにアレルギーで、魚がNGになり引退しました。異業種転職しないとというなかでのコロナ渦。どうなることやら。