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普段ほとんどホラー小説読まないけど「天使の囀り」読んだ

*「天使の囀り(貴志祐介著)」の感想です。ネタバレあり。


評判のいいホラー小説を検索したら速攻でコレが出てきたので、何も調べずに読んだんだけど、びっくりするくらい面白かった。

「そりゃ、このアイディアが出たら面白くなるに決まってるよね」と思ったし、アイディアとストーリーの間を埋めてくる知識量がすごい。
割と分厚い本だったから読み終わるまで時間かかるかと思ってたけど、二日で読めちゃった。


─ここからザックリと内容に触れていきたいので、まだ読んでなくてネタバレを避けたい方は、ここまでで止めてください─




物語の冒頭は、誰かが誰かに宛てた数通のメールから始まる。

メールの送り主は、数人でアマゾンの奥地を調査している最中らしい。
冒頭からの数ページは、アマゾンでの様子を丁寧に綴ったメール文と、メールが送られた日の日付だけが続く。
何通目かのメールの最後、送り主は「そういえばなんか珍しい猿がいて、食べ物無かったからそいつの肉を食べたよ」的なことを書いている。

ここで読者は「あー、始まったわ」ってなる。


で、この物語の主人公はメールの送り主ではなく、その恋人なのね。
終末期医療に携わる、精神科医の女性。
精神科医だから、人の言動とか心理状態には敏感なわけさ。

だからアマゾンから戻ってきた恋人の様子がおかしいこともすぐに気がつく。空港からかかってきた「帰ってきたよ」の電話の言葉遣いだけで「ん?」てなる。
「あなた…”かもしんない”とか言うタイプの人でしたっけ?」て思っちゃうのね。
「かもしんない」すら言わない人もすごいよね。
でもそれくらい、そのアマゾンに行っていた恋人は元々どちらかと言えば慎重で思慮深くて丁寧な「陰」の方の人だったわけ。

ところが、それが帰ってきたら完全に「陽」の人になってるのよ。
なんなら食事しながら「ねぇ、人が死ぬときの話聞かせてよ」とか嬉しそうに聞くようなデリカシーのない人になってる。

最初のうちは「なんか帰ってきたら明るくなってて、よかったかも」と思ってた主人公だけど、ここら辺で流石に変だと思い始める。「てか、元々死ぬことを異常に怖がっていた人(タナトフォビア)だったのに、なぜ死についてこんなに聞いてくるんだろう?病的なほど恐れてた死への反応が、そんなに真逆に反転することは有り得なくないか?」と強い違和感を持つ。

そうこうしてるうちに、恋人は主人公に電話をかけながら何かめちゃくちゃ楽しそうに自殺してしまう。
その後、一緒にアマゾンへ行っていたメンバーも妙な死に方をしていることが分かる。

これはなにが起きてるんだ?
どういうこと?



…というお話なんだけど、ここまでではまだ読み手は「あの時の猿だな」とは思ってても、呪い的なものなのか、菌やウィルスなのか、なにが原因なのかわからない。


結論を書いてしまうと、その原因は「寄生虫」なんだけどね。
死体から見たことの無い寄生虫が発見される。それで、どうやらそいつがヤバいということになる。

なぜ寄生虫でこういうことが起きたかというと、「宿主をコントロールするタイプの寄生虫」だからなの。

よく、蟻とかカタツムリとかを都合のいいように動かして、わざと補食させて、次の宿主に移り易くする寄生虫を見たことがあると思うけど、あれの一種が猿に寄生していたというわけ。


この寄生虫、どういう動きをする特性があるかというと「宿主が本来”怖い”と思う事に対して、快楽を感じさせる」というもの。

それはなんの為かというと、宿主を補食する生き物(敵)が宿主に近づいたとき「やったー!」つって敵の前に出ていくようにして捕食させようというやり方。


【本来なら恐ろしいと思っているものが、一番の快楽になる寄生虫】
それが人間に寄生すると、どうなるか…ていうね。



もう、こんなアイディアが出たらその時点で勝ちでしょ。
立ち上がって拍手したくなっちゃったもんね、ここまで読んだとき。


だって、人が「怖い」と思うものって、大体みんな少なからず嫌でしょ。
それが、大好きになってしまうわけよ。

しかも、軽い恐怖や拒否感も快楽にするから「それヤバくない?」て言っても「幸せだからいいじゃん!」つって聞かないからね。
人のネガティブな感情って大事ね。

寄生された人達は、一時すごい明るくなって、勝負強くなったり活躍したりするんだけど、同時にそれまで強く”嫌だ”と感じてきたものをどんどん求めてしまうようになる。
本来なら生理的な嫌悪感のあるようなものにめちゃくちゃ浸かりながら、恍惚として死んでいく人が次々と出てくる訳。

しかも体内に無数の寄生虫よ?
そんなの嫌に決まってんじゃんね。天才。


たまにこういう天才的なアイディアで出来た作品だと、アイディアだけで引っ張ったものの全体がスカスカしてるものもある。けど、この作品は間の密度も濃かった。
知識をギュウギュウ詰め込んであって、読み応えがあるし、多少の矛盾も「そうかな?」と思わせてくる説得力があった。

主人公の恋人が帰ってきた辺り(かなり序盤)からは一気に読める。
とはいえ、虫が嫌いな人は絶対無理だと思うし、普通に食欲がなくなるけどね。それでもよかったら、是非読んで欲しい。


あと、カバーの帯が本全体を覆うタイプのやつで売り文句が凄いっていうね。


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