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ウォーク・ザ・ライン〜トラブルや苦悩と直面したジョニー・キャッシュの半生

『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(Walk the Line/2005年)

音楽と真摯に向き合ったジョニー・キャッシュの偉大さについて、TAP the POPはこれまでいくつものコラムを通じて何度も取り上げてきた。

ボブ・ディランやブルース・スプリングスティーンをはじめ、この“黒衣の男”をリスペクトするミュージシャンの数は、もはやエルヴィスやビートルズを超えているとも言われるほど。

1950年代当時、エンターテインメント界における暗黙の掟=「ステージで観客に背を向けるな」をあっさりと破り、麻薬で逮捕された最初のR&R世代のミュージシャンにもなった。

さらには、レコード会社の猛反対を押し切って刑務所でのライブ録音を行い、全米ネットの自身のTVショーでは“音楽と人とのつながり”の大切さを教えてくれた。

『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(Walk the Line/2005年)は、そんなキャッシュの幼少時代から、二番目の妻となるジューン・カーターへのプロポーズまでを描いた伝記映画。

時にはアウトローとして、あるいは権力や体制と闘うタフな男として語られることも多いキャッシュだが、これを観れば、我々と何ら変わらない一人の人間としての姿が見えてくる。

監督・脚本はジェームズ・マンゴールド。晩年のジョニー&ジューン・キャッシュ夫妻と交流しながら丹念な取材を重ね、二人の死後に映画は完成した。キャッシュはただ一言、監督に伝えたという。

誰が自分を演じることになっても、ギターの抱え方だけは知っていてほしい。赤ん坊のように抱えたのではビビッているように見えてしまう。ネックを捕まえなければ。

『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』パンフレットより

キャッシュを演じたのは、亡きリバー・フェニックスの弟ホアキン・フェニックス。ジューンを演じたのはリース・ウィザースプーン。

二人は音楽担当のプロデューサー、T・ボーン・バーネットのもとで合宿。本人になりきるために歌や演奏を身につけた。劇中で披露されるのは二人の声だ。

また、エルヴィス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイス、ロイ・オービソンなどサン・レコードの仲間たちを演じる俳優たちも同様、それぞれの役柄に入り込むために音楽と徹底的に向き合った。

日本公開時の映画チラシ

物語は、1940年代のアーカンソー州での貧しい幼少時代から始まる。ラジオから流れるゴスペルやカントリーに耳を傾けるのが大好きだった少年が、やがて最愛の兄の死と直面し、ドイツ駐屯時代を経て、1954年にテネシー州ナッシュヴィルでセールスマンとなって結婚生活を送る姿が前半で描かれる。

音楽への夢が諦められないキャッシュは、エルヴィス・プレスリーを見出したサン・レコードのオーナー、サム・フィリップスのオーディションに辛うじて合格。1955年に念願のレコードデビューを果たす。

ツアー中に、幼少時代からのアイドルだったカーター・ファミリーの次女、ジューンと出逢うものの、お互いに結婚していた二人は一線を越えることはできない。ジューンは保守的な時代に離婚を経験しており、シングルマザーとして覚悟を決めて力強く生きようとしていた。

一方で、心が通じ合わない結婚生活に疲弊するばかりのキャッシュには、父親との確執という別の問題もあった。ジューンへの想いもどうすることもできずに、次第にドラッグに逃げ込んでいく。しかし、ヒット曲だけは増えていった。

そんな中、長年のドラッグ使用が遂に体制側に睨まれて1965年に逮捕。子供たちやキャリアも失ってしまう。そんな時、どん底のキャッシュに手を差し伸べたのはジューン。それは友情の証だった。

アウトローのイメージがあったキャッシュには、刑務所の囚人たちからのファンレターも多かった。そこでフォルサム刑務所でのライヴを決断。録音してライヴアルバムとしてリリースするという前代未聞のアイデアを思いつく。1968年、キャッシュはこうして音楽シーンの第一線に復帰した。

だが、残されたことが一つある。ジューンとの結婚だ。それは同年2月22日、オンタリオ州でのコンサート本番中に突然起こった。

13年にわたる友情を、本物の愛へと昇華させるために、キャッシュはステージ上でジューンにプロポーズする……。

なお、ジョニー・キャッシュの偉大さを知りたい人は、晩年の録音作『American Recordings』シリーズもオススメ。

還暦のロック・ミュージシャンなど皆無だった1990年代、その命を賭けた歌唱と演奏は、後に続く世代にどれほどの精神的支柱となったことか。

妻ジューンは2003年5月に死去。4ヶ月後の9月12日、キャッシュも71歳で後を追った。死の直前、こんな言葉を口にして。

神が私を許してくださった。だから自分も自分を許して良いのだと思った。

『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』パンフレットより

文/中野充浩

参考/『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』パンフレット

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