気狂いピエロ~「ヌーヴェルヴァーグの到達点」と称されたゴダールの最高傑作
『気狂いピエロ』(PIERROT LE FOU/1965年)
──1987年。東京・早稲田にあった小さな映画館で、ゴダールの二本立てを上映していたので観に行った記憶がある。
1本目はデビュー作の『勝手にしやがれ』で、冒頭からいきなりその魅力にやられてしまった。ハリウッド産の商業映画に慣れ親しんだ18歳の少年にとって、それは余りにも衝撃的な映像と感性だったのだ。
そして2本目は『気狂いピエロ』。こちらは何というか、正直よく解らなかった。ジョン・ヒューズの学園映画や『トップガン』などでアメリカナイズされたティーンエイジャーの頭の中に、突然放り込まれたゴダールの最高傑作。当たり前だ。
しかし、観終わった後になって、あの独特のムードや絵画的な映像がなぜかまとわりついて離れてくれない。不思議な魅力を放つ映画だった。たかが映画で、こんなに強烈な体験ができるのか。
『気狂いピエロ』を理解したくて、それから人知れずビデオを借りる羽目になった。観る度に、新しい発見や想像ができる映画になった。ゴダール映画が決して難解でないことも、年月の流れが解決してくれた。この映画にはあらゆるジャンルが詰まっている。それは人の一生そのものだ。
フランスの若い映画作家たちによる、斬新な手法や感覚を用いた作品群が「ヌーヴェルヴァーグ」と呼ばれ、フランソワ・トリュフォー『大人は判ってくれない』、クロード・シャブロル『いとこ同志』、エリック・ロメール『獅子座』、ジャン・リュック・ゴダール『勝手にしやがれ』といった映画が製作されたのが1959年。
以降、1960年代後半まで、「ヌーヴェルヴァーグ」は映画界のヒップであり続けた。世界中で同じような「ニューシネマ」運動が起こった時代だった。
ゴダールが34歳の時に発表した10作目『気狂いピエロ』(PIERROT LE FOU/1965年)は、「ヌーヴェルヴァーグの到達点」として映画史に永遠に刻まれている大傑作。
公開当初は賛否両論あったようだが、それは80歳を過ぎた以降の作品でも変わらない。主演は元妻で、当時は既に離婚していたアンナ・カリーナ。そして『勝手にしやがれ』で大スターになったジャン・ポール・ベルモンド。
映画には、小説・詩・美術・音楽・コミックなど、大量の芸術作品/大衆文化がサンプリング/コラージュされているのが大きな特徴。それらを探して広げていくのも、この映画の楽しみ方の一つかもしれない。
また、主人公の男には名前があるのに、女からいつも「ねえ、ピエロ」と呼ばれ、「俺はフェルディナンだ」と繰り返すあたりは、テクノやヒップホップにも似たループの陶酔感が味わえる。そういう意味で“今”を感じる。
(以下、ストーリー含む)
フェルディナン(ジャン・ポール・ベルモンド)は、妻の両親のパーティがきっかけで、昔の恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)と5年ぶりに再会する。
「周りの連中がみんなアホみたいに見える」と言うフェルディナンは、型通りの恵まれた生活に嫌気が差していた。一方のマリアンヌは相変わらず謎めいていて、以前にも増して美しくなっていた。
一夜を共にした翌朝、フェルディナンは家庭を捨て去り、マリヌンヌとの愛の逃避行を選ぶ。彼女の兄がいるという南仏への道程は、盗みと金稼ぎ、愛と冒険、そして、芸術と死の旅であろうとも知らずに。
リゾート地で過ごす二人。フェルディナンは日記をつけたり読書に没頭するが、マリアンヌは退屈に耐えられる女ではなかった。やがて彼女は死体を残して失踪。フェルディナンは怪しい男たちから拷問を受ける。どうやら組織の武器密輸と金のトラブルに巻き込まれたらしい。
マリアンヌがフェルディナンを利用して大金を手に入れ、“兄”が実は組織のボスで、マリアンヌの愛人であることを知ると、裏切られたフェルディナンは二人を追って離島へと急ぐ。
彼はそこでマリアンヌを撃って抱きしめる。彼女が死ぬと、フェルディナンはダイナマイトを頭に巻き付けて自爆する。
ニコラ・ド・スタールが描いたような真夏の南仏の海には、アルチュール・ランボーの詩『地獄の季節』の一節が静かに流れている……。
Jean-Luc Godard(ジャン=リュック・ゴダール)1930.12.3-2022.9.13
Jean-Paul Belmondo(ジャン=ポール・ベルモンド)1933.4.9-2021.9.6
Anna Karina(アンナ・カリーナ)1940.9.22-2019.12.14
文/中野充浩
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