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ダウン・バイ・ロー~トム・ウェイツの歌がもとで撮られた“悲しくて美しい世界”

『ダウン・バイ・ロー』(DOWN BY LAW/1986年)

前作『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で、世界中のヒップな人々から熱い支持とクールな評価を得た映画作家ジム・ジャームッシュ。

次の作品に取り組むにあたって、トム・ウェイツ、ジョン・ルーリー、ロベルト・ベニーニという友人でもある3人の俳優の存在を思い浮かべたという。

トム・ウェイツは、僕にとって歌を書く人間という以上の存在だ。彼は詩人だ。詩人は僕の真の英雄だ。ルイジアナにロケハンに行った時も彼の歌が耳に残っていて、撮影するショットのリズムのインスピレーションを受けた。僕のアイデアは彼の歌に影響されていた。(ジム・ジャームッシュ)

『ダウン・バイ・ロー』パンフレットより

トム・ウェイツの音楽を心に響かせながら、行ったこともないニューオーリンズの場末やルイジアナの湿地帯を想い、たった2週間で脚本を書き上げた。

そして、1985年11月~1986年1月にかけての6週間を使って、オールロケで撮影したのが『ダウン・バイ・ロー』(DOWN BY LAW/1986年)だ。

この映画のスタイルに名をつけなければならないとしたら、時に悪夢、時にお伽噺である雰囲気を持ち、ストーリー的には従来のジャンルをオープンに受け入れる、「ネオ・ビート・ノワール・コメディ」と呼びたいね。(ジム・ジャームッシュ)

『ダウン・バイ・ロー』パンフレットより
日本公開時の映画チラシ

「ダウン・バイ・ロー」とは、もともとは1920年代に南部から北部に移った黒人たちが、街に馴染んだ時に「自分でやっていける」という意味で使ったストリート・トーク。

その後、1970年代後半までは黒人社会と刑務所の中だけで口にされ、「アウトサイダーだから信用できる」という意味になった。

また、ミュージシャンにも受け継がれて「気が合う仲間」「頼りになる仲間」といった感覚のアウトロー・スラングとしても使われる。

要するに、「システムに縛られずに自由に生きる連中」の血が流れた言葉。ヒップなジム・ジャームッシュだからこそタイトルにできた。

モノクロで撮ることについては、ストーリーを書き上げて配給のあてを探していた頃、カラーだったらもっと金を出すのにと言われ続けて、それでむきになってよりいっそうモノクロで撮る意欲がかきたてられた。子供じみているかもしれないけど、実際にこの映画はモノクロだという美学的な確信があったんだ。(ジム・ジャームッシュ)

『ダウン・バイ・ロー』パンフレットより

出演したのは、コッポラ監督の『ワン・フロム・ザ・ハート』『ランブルフィッシュ』『コットンクラブ』などで、役者経験を積んでいたトム・ウェイツ。

1985年に発表した、彼の最高傑作とも言われるアルバム『Rain Dogs』から、「Jockey Full of Bourbon」と「Tango Till They're Sore」の2曲がオープニングとエンディングで使われている。

ちなみに、映画でトムが口ずさむ歌の数々は、この世に存在している曲だと莫大な使用料を払わなければならないので、即興で本人が作った。

ジョン・ルーリーは、ジム・ジャームッシュの「ダウン・バイ・ロー」仲間で、前作『ストレンジャー・ザン・パラダイス』に続く強烈な存在感。音楽も担当した。

そしてジャームッシュが、北イタリアの映画祭へ審査員として招かれて行った時に知り合ったロベルト・ベニーニ。イタリアの有名なコメディアンである彼の出演は、この映画に多大なユーモアを染み込ませることに成功した。

中でも監房で、“I Scream,You Scream, We All Scream for Ice Cream!”と叫ぶシーンが有名で(これは1920年代のスタンダードナンバーからの引用)、ほかの二人が罪もないのにハメられて投獄されたと愚痴るシーンでは、自分はビリヤード球を投げて人を殺したと語って二人を唖然とさせる。あの話やあの台詞は、すべてロベルトのアドリブだというから驚きだ。

女優陣も印象的で、映画の最初の方ではトムの同棲相手に、場末の女を演じさせたらこの人しかいないといった感じのエレン・バーキンが登場。また、最後のルイジアナの食堂シーンでは、イタリア人のニコレッタ・ブラスキが出てきて、ロベルトと恋に落ちる。

ここで二人がダンスをする時に流れている甘い調べは、ニューオーリンズのソウル・クイーンと呼ばれたアーマ・トーマスの1962年のヒット「It's Raining」(ソングライターはアラン・トゥーサン)。

余談だが、ロベルトとニコレッタは、後にあの名作『ライフ・イズ・ビューティフル』で共演した。

物語はニューオーリンズが舞台。ポン引きのジャック(ジョン・ルーリー)は、甘い夢ばかりを見ている男。情婦からも愛想を尽かされて嫌味ばかり言われている。

一方のザック(トム・ウェイツ)は同棲相手と喧嘩中。そこそこ腕のあるDJなのに、酒に溺れて仕事が続かない。

二人はこの夜、別々の罠にハメられて、罪もないのに逮捕される。大金を掴んでも、カニのように素早く逃げられなかったのだ。

同じ監房に入れられる初対面の二人。当然まったく合わないので、罵り合ったり殴り合ったりしてしまう。

そんな時、ロベルト(ロベルト・ベニーニ)が3人目としてブチ込まれて来る。イタリア人なので片言の英語しかできず、メモった会話帳片手に話し出す。アメリカの詩人ホイットマンやフロストがお気に入りだ。

そして彼はある日、脱獄の方法を発見。奇妙な3人組による、森と沼をかき分ける空腹の逃走が始まった……。

ラストシーン。西と東、二つに分かれた道。

ジャックとザックが醸し出す、別離の空気感がたまらない。ロベルトが会話帳にメモしていた、“悲しくて美しい世界”がそこにあるような気がした。

文/中野充浩

参考/『ダウン・バイ・ロー』パンフレット

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