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「皮剥ぎ少年、アポローンの悪行」

今回は太陽神、アポローンのお話です。
これは、コルネリス・ファン・ハールレムが描いた『皮を剥がされるマルシュアース(17th)』です。

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裸で立っている耳の尖ったバルカン人みたいなのがマルシュアースで、後ろの美少年がアポローンです。マルシュアースとは、ギリシャ神話でお馴染みの半人半獣サテュロスの個体名なのです。

題名を読めば何をしているか明白ですが、これは肩口から生皮を剥いでマルシュアースの処刑をしているところです。絵だけ見ていると、アポローンの涼しげな様子から、ノミでも取ってあげてるのかと思いますよね。
暗くて分かりづらいですが、マルシュアースの左腕はすでに皮が剥がされて筋繊維が露出してます。

では、どうしてこのサテュロスがアポローンに生きたまま皮を剥がされるという目にあっているのかを、少し時間を遡って見てみましょう。

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これはアブラハム・ヤンセンスが描いた『ミダースの審判(1602)』という絵で、アポローンとマルシュアースの演奏合戦の様子を描いています。
画面右奥でバイオリンを弾いているのがアポローン、左奥でパンパイプを吹いているのがマルシュアースです。

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本来、アポローンはキタラーという竪琴、マルシュアースはアウロスという二股の笛を持っているのが正しい姿です。時代を経てアレンジされてる絵が多いのですが、細かいところは気にせず話を進めましょう。

発端は、アウロスの名手だったマルシュアースの腕前が、アポローンの奏でる竪琴にも勝るという噂がたったときでした。
怒ったアポロンは、
「じゃ、演奏合戦を開いて白黒つけようじゃねえか!」
と言い出します。
そこで、山の神トモーロスと下級の女神ムーサたち、それにミダース王らが審査員として立ち会って演奏会が開かれたワケです。

すこし脇道に逸れますが、アポローンは太陽神という肩書き以外に芸術の神という側面を持ち、ムーサという文芸の女神集団を従えていました。
ムーサは最大で9人と言われてますが、ミダースの審判では右側に5人描かれています。人数は正確に決まってないようで、絵によってまちまちです。

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よく芸術家に想像力を与える女性のことをミューズと呼ぶのは元はムーサの事なんです。あと、音楽を意味するミュージックの語源としても残ってますね。

で、話を戻すと、こいつらムーサたちが審査員なわけですが、アポロンの手下なんでぶっちゃけ出来レースなのは間違いないです。たかが山の神のトモーロスだって、オリュンポス十二神のアポローンに逆らったらタダですむ筈はないと承知していたに違いないのです。

演奏が終わって、
──あれっ、アポローンさまより上手くない?
──アポローンさま負けてるんじゃ⋯⋯。
などと思っていたとしても、
「アポローンさまの圧勝ー!!」
と声を揃えて宣言したに違いない。
人間のミダース王だけは、
「この審査、おかしくない?」
と意義を唱えたのですが、多数決でアポローンが勝者となりました。

「やー、君も半人半獣のサテュロスの身で健闘したねー」
と、神なら寛容に済ませそうなもんですが、アポローンはそんな大人な態度は取りません。

「ぼくに逆らって負けたんだから、罰ゲームだよね」
てな感じで、皮剥ぎの刑となったワケです。内心、マルシュアースに負けてるっぽいと感じて殺意を抱いたのかも知れませんね。

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最後はこんな感じで、本格的に全身の皮を剥かれてお亡くなりになりました⋯⋯。これはティツィアーノ・ヴェチェッリオが描いた『皮を剥がされるマルシュアース(1570-1576)』です。

ただ一人、マルシュアースの味方をしたミダス王もアポロンの怒りをかって、ロバの耳に変えられてしまう罰を受けます。これは有名な童話「王様の耳はロバの耳」の原型になってます。

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他にもアポローンの皮剥ぎ絵画はたくさんあるんですが、まだ幼さも残る美しい少年がさくさくと作業をこなしてるこの絵画が、彼のサディストとしての正体がよく分かる気がして、個人的に一番好きです。

おっと、ひとつ忘れていた逸話がありました。
マルシュアースの持っていた笛は、もともと女神アテーナーの持ち物だったのですが、彼女が捨てるときに「この笛を拾ったものに祟りあれ!」と呪いをかけていたそうです。
さすが、神の呪いはちゃんと効力がありますね。(了)

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