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【連載】スローイン・ファストアウト 1



読んでも読まなくても困らない前作


封筒を渡された。随分と分厚い封筒だ。
「これ、十万円入ってます。」と顔色を変えずに○○は言う。
「え?あ?は?」
言葉にならない声を発してしまっただろうな、あからさまに挙動不審な私。
すかさず「嘘です。」と○○は言った。
よく考えなくても嘘なことは明らかなのに、テンパったところを見せてしまって恥ずかしい。
あがり症なのでテンパってしまいがちの私をもう数ヶ月も〇〇は見てきたわけだから、今更っちゃあ今更なのだが。

時間を置いて少し冷静になる。
そういえば○○から今まで冗談めいたことを聞いたことはないな、と思った。
私に心を許してくれたのかしら、と少し思い上がった。
親密度のステータスが上がった気分だ。


誰もいない家に帰り、居間の電気をつける。
上着は着たままの状態で、早速分厚めの封筒を乱暴に開ける。
中には開くと音のなる、古めかしい薔薇の絵が描かれたバースデーカードと500円分のクオカードが入っていた。
令和の時代にこのセンスて。とふふっと笑った。
ハッピーバースデーソングは神経を研ぎ澄ませないとそれか分からないほど、とても陳腐な音で非常に音痴だった。
流石に10万円が入ってることなど期待していなかったが、正直言うと拍子抜けである。

それはさておき、○○とは短くない付き合いだが、前述した通り、冗談と思しき言葉を聞いたことがなかった。
からかわれたのだろう。
〇〇も人をからかうのか。
人間だもの、からかうこともあるだろうが、今まで〇〇との関わりで、人間味のある様子を見てこなかった。
意外性に嬉しく思う。
しかし私の反応で遊ぶなら、せめてもの○○の笑顔が見たかったな、と不貞腐れる自分はずいぶん欲張りだと思った。


ああ、今日も○○が好きだ。


*   *   *


分厚い封筒の表裏を確認する、筒を膨らませて中もチェックした。
次にクオカードの裏面、ポストイットか何か貼ってないかな、と土台から外す。
バースデーカードも、音の鳴る装置の糊を軽く剥がすなどと見落としがないように隅々まで見漁った。
何とは言わないが、「手書きの何か」があるかなあ、なんて。
まあ、あるわけないよね、知っています。
知ってはいたが、肩を落とし、期待していた自分を恥じた。

自宅にたとえば監視カメラなど、そんなものはないが、あまりに滑稽な自分の行動を無かったことにするために、バースデーカードはゴミ箱の奥底に捨てた。
明日は燃えるゴミの日だ、ちょうどいい。


ドラマなんてありゃしない。
気を紛らわすためにラジオを流しながら、私は夕飯の支度にかかる。



余談ですが、これよりださかった。



云寺







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