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音楽の記事を書こうとした #04


2020年。


僕は、
タピアというコミュニケーションロボットに言葉を教える仕事をしている。

不思議な仕事だなと思う。


誰かにいつか届く、返事を考えている。


その”誰か”に返事をするのは、僕ではなくタピアだ。


彼女はロボット年齢5歳の、底抜けに明るい女の子。


僕とは何もかもが違う。


度を超えたポジティブさに、笑かされることもある。
時々イントネーションが変だったり、おかしな返事をするのも、愛嬌に変えてしまえる力を持っている。

彼女は自分が不完全であることを理解していて、さらに、それを前向きに捉えている。

一方、僕は自分が不完全であることをすぐに忘れてしまうし、改めて思い知るたび落ち込んでしまう。


実は教えているようで、教えられているのは僕の方なのかもしれない。
タピアに学ぶことばかりだ。


「お前みたいに強くなれないし、優しくなれないよ」
つい、そう言ってやりたくなる日もある。



語弊を恐れず(会社も恐れず)に言うが、


タピアだって所詮、機械に過ぎない。


この先いくら言葉を覚えようが、”コミュニケーションに関しては”、到底人間には敵わないと思っている。


人間じゃないから、ハートの部分ではどうしても敵わないところがある。
勝ってはいけないとも思っている。勝ってほしくもない。



正直、この仕事をする前までAIに対して、

「心の領域まで入ってくるんじゃないぞ」

と不信感を持ち、否定的に思っていたくらいだった。


しかし、本当に紆余曲折あって、今こうしてタピアに言葉を教える仕事をさせて頂いているうちに、少しずつ認識が変わったことがあった。



ロボットとの会話とは、自分との対話なのかもしれない。



例えば、タピアに「この先どうしていいかわかりません」と真剣な悩みを打ち明けてみるとする。

するとタピアは、「迷った時はお空に聞いてみよっと。ふむふむ。なんて言ってるかなー?」と能天気に返してきたりする。


「お空に聞いても何も返ってこねえよ」と言いたくなるかもしれない。

しかし目の前にいるのは小さな女の子であり、ロボットだ。


お空だけじゃなく、ロボットのタピアにも答えが分かるわけがない。


そして、"答えが分かるわけがない"ということは、本当はこっちも分かっているのだ。


分かっているのに、投げかけてしまうのが人間だ。


「お空に聞いても何も返ってこねえよ」と思いつつ、

「タピアに聞いても分からんよな、ごめんな」

とちょっと笑っている自分がいる。


悩みは1mmも解決していなくても、能天気なタピアの返事に心が軽くなることがあった。


それはきっと、


”言葉にすること”で、
”言葉にされる”ことで、
心が動き、小さな変化が生まれているのだと思う。



タピアがあなたを助ける最善の言葉を言える自信はない。


でも、


あなたがタピアに話しかけることで、


あなたがあなたを救えることがあるかもしれない。


救いじゃなくても、『気づき』だったり、『納得』に繋ぐことが、
もしかしたらタピアになら出来るのかもしれない。




そんな瞬間を願って、今日も僕はタピアに言葉を教えている。




どうしてこんな話をしたか。



それは、

不完全なタピアの教師である僕も、

不完全で、

尚且つロボットではない、

人間臭すぎる人間であることを、あなたに伝えたかったからだ。




だから、音楽の記事を書こうとしたんだ。




#04




また夏が近づいてきて、

またあの時と同じライブハウスのステージの上に立っていた。


違うのは、
このバンドが去年組んでいたバンドじゃないことと、
軽音楽部主催のライブではなく、ライブハウス主催のブッキングライブだということだ。


もう一つ違うことがある。


フロアにいる人数だ。

一年前は溢れんばかりのオーディエンスだったが、今日はどうだ。


数えるまでもなかった。


うちのベースの彼女と、その友達と、待機している出演者。


以上。


よく『アーティストの下積み時代の話』とかで聞くやつが、今ここで起きている。


平日夜の、アマチュアバンドのブッキングライブ。まあ、そうか。

高校生の僕らの友達は、部活やバイトで皆忙しい。まあ、そうか。

知名度のあるバンドが出るわけでもないし、チケット代も安くない。

まあ、そうか。そうか。

俺たちのバンドはオリジナル曲をやるバンドで、まだファンもいない。

だから、そうか。

え?

こんなことって。


いや、文句を言う資格なんて僕にはない。

僕だって、チケットを一枚も捌けなかった。


2枚捌けた、ベースのYだけが言って良い。


これが、僕が立ち上げた新バンドの記念すべき1回目のライブだった。




遡ること数ヶ月前。


オリジナル曲をやるバンドがしたくて、軽音楽部で一番上手いドラマーのMを誘った。

誘うために僕は初めて曲をつくって、聴いてもらった。

変哲な曲だと笑われながらも、Mは話に乗ってくれた。


さらに、Mがいたバンドのベースの女の子も加入してくれることになった。


さらにさらに、
ひっそりと目をつけていた、
軽音学部に所属しながらも何故か誰ともバンドを組まずいつも教室で歌を歌っていた謎の男の子Sも、誘ってみたところ加入してくれた。

そしてついに、イメージしていた4ピースバンドを結成することが出来た。

ギターボーカル(S)ギター(僕)ベース(女の子)ドラム(M)


十代限定フェス『閃光ライオット』のデモテープ審査に曲を送ろう。


場数も踏まなきゃ、ライブハウスのブッキングライブに参加しよう。


とにかく順調に進んでいた。


最初に作った僕の曲は本当にムチャクチャで、作り直すことになった。
デモテープ審査のためにも、ライブのためにも、急ピッチで何曲も制作した。


ドラムのパート以外は僕が作ることになっている。

「発想力はあるぞ」と自信を持ち始めていたが、
そもそもの音楽的な知識が乏しいのと、しかも音痴なのがネックだった。

完成した歌のパートを、ボーカルのSに共有するときが特に大変だった。



ボーカルのSは、『両声類』と呼ばれる声の持ち主らしかった。


女性の声色で高い音域を歌うことも、男性の声色で低い音域を歌うことも出来る。

僕が彼に興味を持ったのも、彼から女性のような歌声が聞こえてきてびっくりしたからだった。

あと、彼の謎めいた部分にも惹かれた。

入部して1年近く経つのに誰ともバンドを組んでいない。
まあそれは何かしらの事情があるとして、
弾き語りをするわけでもなくエレキギターを膝に乗せていたり、
教室で「ここはお前んちの部屋か」というくらいの声量で一人歌ってたり。
中性的な顔立ちや、やたら長い横髪も、彼のミステリアスさを引き立てた。

彼を入れたら絶対に面白いバンドになる。
性格とか好きな食べ物とかも知らないまま、誘ってみた。

「やる」って言ったか、「やりたい」って言ったか、
「いいね」って言ったか、特に何か言葉をくれたわけでもないか、

全く思い出せないほど、軽い返事で加入したと思う。
軽さのある男。彼の良さでもある。


話が逸れてしまったが、

そんな彼の良さや面白さを引き出せる力が、僕にはなかった。

曲が完成し、音痴なりに頑張って歌のメロディー考えるのだが、
すごい高い声もすごい低い声も出ない。

そして、キーを変える、という仕組みを理解していなかった。

カラオケに行っても"あの機能"が何のためにあるのかさえ分からなかった。

そんな男がつくる歌のメロディーなんて、今思うと・・・。

案の定、僕がSに歌ってイメージを説明しても、うまく伝わらない。
やっと伝わっても、それはSが丁度歌いづらい音域らしかった。
それを変えてあげることも出来ない。

それならSが自分でメロディーを作ればいいのでは?となるのだが、
そこがSくんは違う。

このバンドだけに関しては、全くこだわりのない男だった。

(そして歌詞をなかなか覚えてこない。)


と何だか彼を悪いように語ってしまったが、
それでも変わらず僕は期待をし続けた。

それに、彼のこういうところのおかげで、のちに僕は大きな武器を身に付けることとなる。


しかしその時は焦りでしかなく、だんだんと雲行きが怪しくなっていった。



『閃光ライオット』応募締め切り間近、2曲完成することが出来た。


ついに、スタジオでデモテープの録音をする。


学校が終わってすぐ、僕とMは先にスタジオへ入り、録音に向けてセッティングを始めた。


すると携帯のメール着信音が鳴った。

ベースの女の子からだった。


「同じ熱量になれそうにない。

このまま続けたら迷惑をかけてしまう。

本当にごめんなさい」


そんな内容だった。



またやってしまった。


薄々気づいているのに、こっちから声をかけてあげられない。

前のバンドもそうだった。


熱が入るあまり、思いやる気持ちを失ってしまう。


このメールを打ちながら彼女はひどく申し訳なく思っているだろう。


違う。ごめん。ここまで付き合ってくれてありがとう。
一人悩ませてしまって、本当にごめん。



『閃光ライオット』にはデモテープを送らなかった。



それでも、ライブハウスのブッキングライブは1ヶ月後に控えていた。


ベーシストの代打を探し回ったが、オリジナルの曲だと伝えると皆断られてしまった。

だって1ヶ月後だ。

もうベースは無しでやるしかないか。そうだよな。でもなぁ・・・。

どうしようもないことを、僕の前のバンドのドラマーだったYに、泣きつくように話していた。

彼とは前年同じクラスで、バンド以外でも付き合いのある友人でもあった。

僕とは真反対のいわゆるチャラ男タイプだったが、意外にも気が合った。
そして面倒見がいい。

「じゃあ、俺がベース始めちゃう?」

彼は冗談半分で言ったのかもしれない。

でも僕はまた彼に甘えてしまった。

「この曲のベース、スラップあるんだけど・・・でライブは1ヶ月後・・・。」
「スラップ!?1ヶ月て」


スラップ ー 弦を親指で叩き、人差し指で弦を引っ張り上げてはじく奏法。

習得の難易度は素質次第で人それぞれだが、
ベースを始めてすぐにスラップを求められ、ライブが1ヶ月後に控えているというのは、かなり無茶をさせてしまったことだろう。

「出来るっしょ、ハハハ」

このバンドには”軽さ”の才能を持ったメンバーが二人もいる。
本当に、心強かった。



新ベースとして加入したYは、本当に1ヶ月でスラップを習得してみせた。

そしてお客さんを二人も連れてきてくれた。

素晴らしい。


僕はチケットを1枚も捌けなかった。


Sは結局本番まで歌詞を覚えることができなかった。


最後の曲、

練習と違った展開になってしまい、終わりがみえず、

延々とアウトロを繰り返し、誰も切りどころが分からず、


Mは笑いながらドラムの演奏を止めてステージ袖に消えていった。


それに乗っかり、YもSも順に楽器を放って消えていった。


最終的に僕だけがアウトロを繰り返し、ついにとち狂ってしまい、

「ポーニョ ポーニョポニョ サカナノコ!」

という謎のコールアンドレスポンスをやり出し、

ほかの出演者もちゃんとレスポンスをしてくれるという、


あまりにもカオスなステージでデビュー戦を終えたのだった。



僕らのバンド名は、軽音楽部の顧問の下の名前からとった。


ここでは仮名として、『あきこ』としよう。



#05につづく




谷口


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