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【青春18で行く】鉄道唱歌1人旅(東海道編第40番〜第42番)

40番

瀬田の長橋横に見て ゆけば石山観世音
紫式部が筆の跡 残すはここよ月の夜に

石山駅に到着後、京阪石山坂本線という路面電車に乗り換えて、唱歌に登場する瀬田唐橋と石山寺を訪れます。「瀬田の長橋」は東海道新幹線に乗っていても、実は一瞬だけ車窓から見ることができます。本当に一瞬だけですが。

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ここ瀬田唐橋は諺の「急がば回れ」の発祥の地らしく、昔から交通量の多い京の入り口として栄えた感じが伝わってきます。船で移動するよりも、雨風の影響を考えたら橋を渡った方が近道になるといった感じらしいです。

京阪石山坂本線にもう1駅乗ると終着駅の石山寺という駅に着きますが、石山寺まではここからさらに10分歩いたところにあります。

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この石山寺は紫式部ゆかりの寺として知られていますが、時間がないので門の前に着いた瞬間駅へ引き返しました。駅前にあったら中まで入って行ったのですが、予想外に離れたところにあって。まあ、次に来る時のお楽しみです。

なぜ、これだけ急いでいるのかというと、このままではこの後に登場する「三井寺」が17時にしまってしまうからです。石山寺を経った時点では15時45分でした。

41番

粟津の松にこと問えば 答えが穂なる風の声
朝日将軍義仲の 滅びし深田はいづかたぞ

京阪石山坂本線で琵琶湖方向に乗ると、琵琶湖沿いに大津湖岸なぎさ公園という、それはそれは琵琶湖の存在を体感できる公園に行けます。「島ノ関」という駅で降り、その公園へ歩きました。彦根にいた時の天気が嘘のように晴れています。

歌に松が出てくるので、湖畔に松が植えられていたらいいなと考えていたのですが、公園に入るや否や運がいいのかちょうど立派な松の木が目に飛び込んできました。

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こんな偶然あるんですね。100年前に歌に歌われるほどだから1本くらい生えていてもおかしくないのですかね。さすが近江八景の「粟津晴嵐」です。

「朝日将軍義仲」とは倶利伽羅峠の戦いで平家を破って京都に戻ってきた源義仲が、後白河法皇と仲が悪くなり、粟津まで逃れてきたところ、乗馬中の馬が深いたんぼに足を取られ、グダグダしてるうちに矢で射抜かれてしまったという最期を歌っています。

42番

比良の高嶺は雪ならで 花なす雲に隠れたり
矢走に急ぐ舟の帆も 見えて賑わう波の上

「比良の高嶺」というのは琵琶湖の西側、比叡山延暦寺がある方の山地を指します。

「矢走」と書いて「やばせ」と読むこの地域は近江八景である「矢橋帰帆」にも選ばれてる場所です。大津までの近道として、東海道を辿るよりも早いため、古くから港町として栄えた歴史を垣間見ることができます。

夕暮れ時の琵琶湖沿いを散歩し、無事、次の43番に登場する三井寺には間に合いそうです。本日の最終目的地、京都までも、もうあと少しです。

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