山口 宗高

うつ病と向き合いつつ日々どうにか暮らす人です。

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最近の記事

さみしい夜にはペンを持て 古賀史健 著 を読んで

この本は日記を書いてみないか?という本だ。いじめにあって不登校になりかけたタコ少年に、ヤドカリおじさんが日記をすすめる。そして、書くことに慣れていなかったタコ少年に、ヤドカリおじさんが日記の書き方を教えていく。タコ少年は日記を書き始め、そこから徐々に話が動いていく。 読んでみた感想は、この本のテーマはちゃんと孤独になろうねということだと思った。その一番シンプルな手段が日記だということだ。 日記と聞いてどんなものを想像するだろう?日記を書く習慣のない人は、小学生の頃の絵日記

    • 会って、話すこと。田中泰延 著 をよんで

      約半年前、二重作さんのトークイベントに行くにあたって、その登壇者として出られる田中秦延さんの本を読んだ。「読みたいことを、書けばいい。」という本だ。読み口は軽いが本質をついていると感じていたので、続けて 田中さんの本を読んでみようと思っていた。 半年が経過した(笑)実際はもう少し早く本自体は手に入れていたのだが、なかなか手が回らなかった。今回読み終わっての感想を書くことにしたわけだ。 この本は会って話すことをテーマに、実際にうまく話すにはどうすればいいのかを著者と編集者と

      • 1冊でゼロから達人になる「書く力」の教室(直塚大成 田中秦延 著)を読んで

        〇直塚さんの文章への拒否感がこの本を買わせた。  最初は正直この本を買う気はなかった。興味はあったが、そのうち読めばいいかなと思っていた。そこで以下のような文章を読んだことで気分が変わった。この文章は『可能性にアクセスするパフォーマンス医学』刊行記念トークイベント 古賀史健×田中泰延×二重作拓也「『言葉の身体性』とは何か?」のイベントリポートだ。ちなみに私も同イベントに参加した。 https://note.com/fly_taiyaki/n/n1bfb2ab01a65

        • 『身体性をもった言葉』とは何か?

           先日『可能性にアクセスするパフォーマンス医学』刊行記念トークイベント 古賀史健×田中泰延×二重作拓也「『言葉の身体性』とは何か?」に参加した。自分の中でもこの話題に向き合う必要を感じたので文章化する。  まず「『言葉の身体性』とは何か?」は、言葉の定義だけで考えると、文章表現において身体の性質について語るとはどういうことかという意味になる。しかし、イベント中に感じたテーマは、身体感覚にうったえる文章はどんなものか、そしてその先に何が起こるのかだった。よって、後者を採用する

        さみしい夜にはペンを持て 古賀史健 著 を読んで

          『可能性にアクセスするパフォーマンス医学』刊行記念トークイベント 古賀史健×田中泰延×二重作拓也「『言葉の身体性』とは何か?」に参加して

           『可能性にアクセスするパフォーマンス医学』刊行記念トークイベント 古賀史健×田中泰延×二重作拓也「『言葉の身体性』とは何か?」に参加してきた。忘れてしまう感覚を文章にしておくことの重要性を、今日のイベントで古賀さんが語られていた。そこでさっそくメモの文字起こしをした。  今回のイベントは田中さんが司会進行にぎやかしを担当し、古賀さんと二重作さんが内容を深めていく感じだった。話の内容を拾うとある程度真面目になってしまうが、明らかに田中さんが面白かったのでそこを知りたい方はイ

          『可能性にアクセスするパフォーマンス医学』刊行記念トークイベント 古賀史健×田中泰延×二重作拓也「『言葉の身体性』とは何か?」に参加して

          20歳の自分に受けさせたい文章講義  (古賀史健 著)を読んで スマホ版

          「文章を書く」というのはどういうことなのか?  本を読む前の「文章を書く」ことは、 「自分の内面の吐露」であった。  この本を読んだ後、「文章を書く」ことは 「他者との会話」になった。  この本は、どうして文章が書けないのかという 問いかけで始まる。その理由は自分の考えが、 自分の言葉に翻訳されていないからだという。 『文章を書くことは、他者を動かさんとする ”力の行使”なのである』(135pより引用)  「文章を書く」本質は、自身が事象を理解し、 その理解を伝えて

          20歳の自分に受けさせたい文章講義  (古賀史健 著)を読んで スマホ版

          20歳の自分に受けさせたい文章講義 (古賀史健 著)を読んで パソコン版

           「文章を書く」というのはどういうことなのか?  本を読む前の「文章を書く」ことは、「自分の内面の吐露」であった。 この本を読んだ後、「文章を書く」ことは「他者との会話」になった。  この本は、どうして文章が書けないのかという問いかけで始まる。 それは自分の考えが、自分の言葉に翻訳されていないからだと。 『文章を書くことは、他者を動かさんとする”力の行使”なのである』 (135pより引用)  「文章を書く」ことの本質は、自身が事象を理解し、その理解を伝えて 他者の心を

          20歳の自分に受けさせたい文章講義 (古賀史健 著)を読んで パソコン版

          「読みたいことを、書けばいい。」(田中泰延 著)を読んで

          最後まで読んでの感想は、「くそ、やられた」であった。ちゃんと最後まで読んだ方ならわかるだろう。一冊真面目に読んだ最後がアレなのである。 さて、本の内容に触れよう。この本はいかに文章を書いていけばいいかを、コピーライターの経験をもとにまとめられたものだ。読んでみるとわかるが、内容はまともなのに終始ふざけている。じゃあ、それが許せないのかといわれるとそれだから読めたとも言える。 突然くだらないことを言い始めたと思ったら、それが実は例だったり本当に何の関係もなかったりする。軽く

          「読みたいことを、書けばいい。」(田中泰延 著)を読んで

          可能性にアクセスするパフォーマンス医学(二重作拓也 著)を読んで考えたこと

          まず実践的に論理と感覚にうったえて現実の動きをよくする方法がたくさん載っている本だと思う。 この本は、人が体を動かす時のボトルネックをいろんな視点から説明し、なおかつそれの外し方を紹介するという構成になっている。ボトルネックを分類すると、構造的なもの(骨や筋肉、その性質など)と認識的なもの(体を動かすイメージやその組み立て方)の二つだと理解している。 構造的なボトルネックとして面白かったのは、第2章レントゲン―01の手のレントゲン写真の話であった。人間の手の骨は皮膚の中に

          可能性にアクセスするパフォーマンス医学(二重作拓也 著)を読んで考えたこと

          うつと付き合う日記102日目 動物としての人間に注目する

           いきなり何を言い出すかと思われるかもしれないが、とても大事なことである。うつになる前は何気なく日常が回っていたので、自分が動物であることを意識する場面が少ない。ところが、おなかが減り、眠くなるといったことはうつ病の時にはうまいこと回らなくなるのだ。  うつが酷い時にはお腹が減らなくなる。お腹がすく時間なのに空腹感がなく、食欲がわかない。何を食べたいかわからないといった具合だ。主な理由は意欲低下による運動不足が挙げられると思う。どうしても外に出る何とかかをするといった基本的

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          うつと付き合う日記102日目 動物としての人間に注目する

          うつと付き合う日記101日目 人の思考のデフォルトは悲観的な想像である。

             久しぶりにうつと付き合う日記を書いてみようと思った。なんというか、自分の環境を向き合うために自分の中にある手法をもう一度洗いなおす必要があると感じたからだ。また、悲観的な想像が自分だけのものでなく普通のことであると本などで読んだ結果、うつ病として人よりも強いであろうそれと向き合ってきた手法には記述する意味があるのではとも思うからだ。  さて、今回はその悲観的な想像についての話だ。人は喜怒哀楽様々な感情を持つものだが、どうやら悲観的なものの見方が残りやすいものらしい。考

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          うつと付き合う日記101日目 人の思考のデフォルトは悲観的な想像である。

          うつ病と付き合う日記100日目 人は自分の行動をコントロールできるのか

           うつ病になって自分の行動を思った通りにできなくなって悩む方は多いと思う。そのコントロールできなさは人それぞれで、頭が回らくなった、集中することができない、かつてあった興味がなくなってしまった、何をしても面白くない、やるべきとわかっている仕事がこなせなくなってしまったなどなど。どれもが困ったことには違いない。  私自身も例外ではなく、このようなことに悩む身ではある。しかし、次の疑問にたどり着いた。それは、そもそも自分は心身を完全にコントロールできるものなのかというものだ。

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          うつ病と付き合う日記100日目 人は自分の行動をコントロールできるのか

          うつと付き合う日記99日目 「正しさ」が自分を殺す

           自分の調子がでない時ほど、人は「正しさ」で行動しようとする。ここでいう「正しさ」は現実とか、仕事とか、理屈とか、効率とかが当てはまる。忙しいという言葉が、心を亡くすと書くのは有名だがそれがどんな影響を与えるのかを考えることは少ない。というより考えられないぐらい忙しい。  多くの場合それで問題なく、むしろ作業が高効率で進むこともありこういう状況を好む人もいる。しかし、そういった状態は疲労や苦痛を必要以上に無視することになり、結果大病になったり精神的にまいったりする。  で

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          うつと付き合う日記99日目 「正しさ」が自分を殺す

          うつと付き合う日記98日目 ちゃんと休むのは難しい 。萩野淳也「心のざわざわ・イライラを消す頑張りすぎない安み方」感想

           世にいうリラックス本は数あって、どれもが同じに見えてしまう。そんな中でたまたま見つけたマインドフルネスの本を読んでみた。内容はマインドフルネスの基本的なこと、そして具体的行動への落とし込み、それらをできるだけ平易な言葉でまとめ上げている。女性向けの装丁にはなっているがそれにありがちなキラキラ感や感覚に訴えてくるタイプの本ではなく、実直な印象だ。おそらく、現時点でかなりクタクタでも読みやすい本だと思う。  では、今回この本で考えたことについて書く。が、同じタイミングで以下の

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          うつと付き合う日記98日目 ちゃんと休むのは難しい 。萩野淳也「心のざわざわ・イライラを消す頑張りすぎない安み方」感想

          うつと付き合う日記97日目 集中と休憩のための遮音の重要性について 借金玉「発達障害サバイバルガイド――「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47」より

           かなり時間が空いてしまいましたが、書く意味があるなあと思う内容が見つかりましたので久しぶりに筆を取りました。先ほど、借金玉さんという方の書かれた「発達障害サバイバルガイド――「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47」というものを読み終わりました。内容は精神的に追い詰められている時や注意力・記憶力の維持が難しい人向けのライフハックでした。私自身いろいろと参考になることがありましたが、実際にやってみて効果を実感した内容がありましたので、ここで書いておきます。以下

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          うつと付き合う日記97日目 集中と休憩のための遮音の重要性について 借金玉「発達障害サバイバルガイド――「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47」より

          うつと付き合う日記96日目 自信と勇気のお話

          https://www.1101.com/essay/2020-11-11.html   上記の文章は自信を持つってあこがれるけど難しいよねという話だ。うつになるといろんな自信がなくなる。今までできたことができなくなることも多いし、できたとしてもうまく自分をほめることが難しい時もある。うつ病と自信は大変相性が良くない。   そこで自信って何だろうと考えてみる。何かに勇気を持って挑戦し、それが成功した時自信が生まれる。そして、そこで得た勇気で次に挑戦していく。そうやって形作

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          うつと付き合う日記96日目 自信と勇気のお話