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【小説】ある冒険の序章

 石の中で眠る四十六億年前の記憶と宇宙の波動。それは火(か)と水(み)を絡ませながら降りてきた神であり、古今東西を問わぬ神秘でもあり、鉄の文明の元にもなった・・・
 そう、隕石である。人類が始めて手にした鉄であり、鉄を多く含むものを隕鉄と呼ぶ。その発見が人類史上最大の発明の一つ、製鉄に繋がった。古から隕鉄で創られたものは御神体として崇められ、祭祀に用いられたと思しき鉄器が世界各地で出土している。即ち石は、時として歴史になる。姿形を変えながら、今ここに至った道筋を我々に伝えてくれる。人の手が加わったか否かに関わらず。川底の細石や、山奥の苔むした石さえも、その佇まいから物語が聞こえてくるのだ。

 さて、鉄器になる前の隕鉄はどうであろう。大抵の場合、寡黙である。にこりともせず、想像し難い深みを湛えている。四十六億年前に惑星の核が散らばって誕生したであろう時の記憶は石の中。悠久の眠り。人が呼び覚まして語り合うことは神業だと言える。日本一の刀匠であっても容易いことではなかった。

 刀匠は “頑固隕鉄” と向き合った。世界最古にして最高の太刀を蘇らせる為に。重ねる試行錯誤は冶金工学のそれであり、石の質(たち)を知ることから始まった。粘り強く。頑固者と投げ捨てることなく。なんと足掛け二十年。だが、思うようにはいかない。含有するニッケルと鉄の融点が異なる為、水に付けた瞬間割れてしまうのだ。創った試作は三十本以上。どうにか形になれど、割らずに創ることで精一杯。納得は出来ず、更に鍛錬を重ねた。刀匠にとって文字通りの、鍛練とも記す言葉の語源は、剣豪宮本武蔵が著した “五輪書” の一文である。
『千日の稽古をもって鍛とし、万日の稽古をもって練とす』
 継続は力なり。技を練り上げるまでには万日の稽古を要するということだ。叩いて鍛えるのは鉄だけではない。刀匠は幾重にも叩いた。畳み込むように。語り掛けるように。叩くを超えた境地。そして、芯になる鉄を質の異なる金属で包み、もう一度畳んだ後に水で結ぶ。本来割れてしまうところで結ばれる。畳む、包む、結ぶ。まさに古神道の作法であり、資材は木火土金水の五行をすべて用いている。
 
 鍛冶場には神棚がある。手を合わせるのは、元来仕上げの焼き入れを前にした時である。刀匠曰く、「焼き入れは命を吹き込む」こと。そこから先は、百戦錬磨の経験則ですら及ばぬ領域。感覚を研ぎ澄まして神をお待ちする。謙虚な姿勢である。日本一の技と称されて尚、決して慢心しない。人の意見にも耳を傾ける。
 結果、焼き入れに最適な水の発見に至る。水では変わらぬという思い込みを融通無碍に打ち破った。納得の手応えを掴みかけていた。

 ある時、刀匠は三つの面影を見た。水で結ばれた瞬間の、耀(かがよ)う刀身の中に。龍、鳳凰、麒麟である。天駆けるその姿が、広大な世界と共に納められていた。それは色としても顕現した。赤白黄、刀身に天地空の三色である。切っ先から宇宙の波動と語り尽くせぬ記憶がほとばしり、今この瞬間と四十六億年前が繋がった。
 かくして結ばれた奇跡の太刀は、持つ者を自ら選び、切る覚悟なき者を遠ざける。言い換えれば、持つこと即ち切る覚悟。自己も切り分けて明確にする。変化を恐れていては切ることなど出来ない。持つ者は真の勇気を胸に抱き、過去に縋りつく甘えを断ち、宇宙創造の境地で新たな時代を切り拓く。

 さあ、夜明けは来たれり。


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