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【随筆】閃きと模倣のあいだ

 言葉や文章の発明はいったい誰によるのだろうか。私の文章は、私個人のみに基因するのではなく、過去の偉人らの寄せ集めに過ぎないだろう。しかし、それは卑屈な態度ではなく、燃え上がる情熱を含む気高きものでありたい。

 詩人・童話作家の宮沢賢治の短編小説「龍と詩人」のひとつの捉え方として、短詩型文学の宿命ともいえる類句・類想を哲学する物語ではないかと考えた。本作を引用する前に、俳句について述べておくと、俳句は五七五のわずか十七音により構成され、その上、季語が入るため、剽窃(ひょうせつ。盗作)ではないにも関わらず同じ句になってしまうことがある。例えば、次の二句は、上句以外すべて同じである。明治という時代が遠くなった感慨は、その時代に生きた文人であれば稀有な発想ではないだろう。

獺祭忌明治は遠くなりにけり 志賀芥子(獺祭忌:だっさいき。正岡子規の命日に因む季語)
降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男
(角川書店「俳句」より引用、解説は筆者による)

 また、過去の偉人の句や歌を学習し、蓄積した知識が無意識に表現されてしまうこともあるだろう。
 以上の点は、五七五七七の三十一文字(みそひともじ)で表現される和歌も然りである。

 宮沢賢治は物語「龍と詩人」を通して、読者にひとつの解を導く。また、主人公である青年スールダッタの謹厳実直な人柄より、詩人のあるべき姿がみえてくる。

 瓔珞(ようらく。菩薩の装身具)をかざり黄金の太刀をはいた一人の立派な青年スールダッタは、ある日、詩賦(しふ。詩歌)の大会へ出場し、偉大な詩人アルタを負かし、山へ去らせてしまう。その日、喜びを胸に家へ帰る道中、森でささやき声を耳にする。

わかもののスールダッタは、洞に封ぜられてゐるチャーナタ老龍の歌をぬすみ聞いて、それを今日歌の競べにうたひ、古い詩人のアルタを東の國に去らせた。(宮沢賢治著「龍と詩人」より)

 そのとき、スールダッタは足が震え、思うように歩くことができなくなった。スールダッタは老龍チャーナタのもとへ向かう。そして問いかける。

「敬ふべき老いた龍チャーナタよ。朝日の力をかりてわたしはおまへに許しを乞ひに來た。」
「考へて見るとわたしは、ここにおまへの居るのを知らないで、この洞穴の真上の岬に毎日座り考へ歌ひつかれては眠った。そしてあのうたは、ある雲くらい風の日のひるまのまどろみのなかで聞いたやうな氣がする。そこで老いたる龍のチャーナタよ。わたくしはあしたから灰をかぶって街の廣場に座り、おまへとみんなにわびようと思ふ。あのうつくしい歌を歌った尊ぶべきわが師の龍よ。おまへはわたしを許すだらうか。」(宮沢賢治著「龍と詩人」より)

 スールダッタは自身の座る場所の真下に老龍チャーナタがいることに気付かず、毎日歌を考えていたのである。まどろむ中で、老龍チャーナタの歌が耳に入り、彼の詩作に影響を与えたのである。
 老龍チャーナタは、スールダッタに語りかける。

 「そのときわたしは雲であり風であった。そしておまへも雲であり風であった。
 詩人アルタがもしそのときに冥想すれば恐らく同じうたをうたったであらう。けれどもスールダッタよ。
 アルタの語とおまへの語はひとしくなく、おまへの語とわたしの語はひとしくない、韻も恐らくさうである。この故にこそあの歌こそはおまへのうたでまたわれわれの雲と風とを御する分のその精神のうたである。」(宮沢賢治著「龍と詩人」より)

 

 スールダッタと私を重ねてみると、思い当たることは多くある。散文であれば、三島由紀夫、夏目漱石、芥川龍之介・・俳句であれば飯田蛇笏、飯田龍太・・短歌であれば明治天皇、佐藤佐太郎、宮柊二・・。と挙げればきりのないほどに私は影響を受けている。いや、影響どころか、気付けば模倣しているのである。勉強はマネから入るとはよくいうが、どこかで私の真のオリジナルにならなければ、私の人生(文章)はモノマネで終わってしまうだろうか。

 よく考えれば、私の言葉は親から継承したのである。そして、学校、職場、テレビ、漫画、兄や友人と遊んだ尊い日々のすべてが、私の言葉の起源である。両親はまたその両親から継承し、またその両親は・・と人類の始まりまで遡ることができようか。聖書でいえば、キリストの言葉、古事記でいえば、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の働きだろうか。
 いずれにせよ、私の言葉は私独自の発明ではなく、過去の偉人たち、そして、今ともに生きる者たちに支えられているのである。表現においても同様だろう。
 私は稀に、拙文にお褒めのお言葉をいただくことがある。しかし、それは私の才能に基因するのではなく、私の敬愛する偉人たちの力、即ち連綿と受け継がれてきた言葉の力なのである。
 敬愛する偉人とは、note作家の皆様も当然含まれる。仮に、私が全く新しい言葉や表現を発明したとしても、純然たるオリジナルとはいえず、過去への敬意、周囲への感謝は欠かせないだろう。

 それでも、未来へ向かい、新しい表現を模索していく姿勢が文士の誇りだろうか。
 私はこれからも、過去への敬意、未来への情熱を抱きながら、今を生きていこうと改めて決意したのである。少なくとも、青年スールダッタは頷いてくれるのではないか。

 尚、この記事のタイトルは、或る著名な小説のそれを模倣している。

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