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【小説】【童話】の記事

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小説・童話の記事をまとめました。
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#家族

【小説】帰った夜に

 実家に帰った夏の夜、眠れない原因は幾つかあった。蒸し暑い部屋、蚊の羽音、慣れない枕、父の入院、母との喧嘩――― 「私が悪いってこと?」 「違うよ。だけど家の中に隠しておけば探し出すだろ。病気だから。アル中ってそういうこと」 「じゃあ家になければ、次は泥棒ね。いよいよこの家族も終わりよ」 「だから、そうならないように皆で協力しないと駄目だろ」 「たまに帰ってきて何よ。お母さんはね、毎日毎日・・・」  何か言いかかって泣き出した母。そして釣られるように妹も。  頼りにならな

【小説】転換期の告白

 幼時から私は、良く女の子に見間違えられた。さらさらした栗色の髪と色艶の良い肌は生まれながらで、稀に見る美男子だと持て囃されたけれど、学校生活における男女の切り分けに違和感を覚えた。ピンク、白、紫を好み、可愛らしい女の子の服を着てみたいと思った。腕白に外で遊ぼうとせず、ままごとに興じることが多かった。恋と呼べるのか分からないけれど、小学二年生の時、或る若い男の先生が好きだった。  先天的に私の心は女なのか。実は疑念を抱いている。  その好きだった先生に、性的な悪戯をされた。卑

【小説】一番好きな人

 残暑は天高く遠ざかり、金木犀の香りが散歩道にこぼれている。髪を二つ結びにした幼い娘が、父親の優しい顔つきを見上げた。 「パパが一番好きな人はだぁれ?」  親子の手はぎゅっと握られている。 「それはママだよ」  きょとんとしながらも、娘のつぶらな瞳は僅かに陰った。 「でもね、ママはみゅーちゃんが一番だよ」  娘はこくんと頷いた。 「パパはね、ママが一番だから結婚したの。これは何があっても変わらないんだよ」 「二番はあたし?」 「もちろん。ほとんど一番の二番だよ。ママとみゅーち

【小説】蕺草一家 -DOKUDAMI IKKA-

 蕺草と記す珍しい苗字の家族は、ドクダミという不吉な音韻にそぐわず、母子共々白く可憐で美しい容姿を備えている。二人の子は沙知子と小夜子、双子の姉妹である。彼女たちに父親はいない。誰か分からないと言った方が正しい。一見大人しそうな母親は、大層肝の据わった女である。かつて偽名を用い、紫煙を燻らせながら賭けていた金は、若き女帝と呼ばれるに相応しい額であった。  彼女は美貌と勘、そして奇妙な勝ち運を武器に、裏社会で名の知れた賭博師となり、その道の男たちを手玉に取った。だが、不用意に授

【小説】電池を換える少女

 私たちと少し離れて一人暮らしする祖母は、身の回りのありとあらゆる電池を交換できません。嫁の母には言いづらいらしく、エアコンのリモコンが動かなくなったりすると、学校帰りに立ち寄る孫の私を待っています。だいたい週に一回のそれまで、じっと我慢しています。電話は使いこなせるのですが、めったに困ったと言ってくることはありません。電池の換え方を教えようとしても、どうやら壊してはいけないと思うらしく、千代ちゃんは頭がいいねえと褒めるばかりで、学習する気がみられません。きっとその様子に、間