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【小説】【童話】の記事

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小説・童話の記事をまとめました。
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#ショートショート

【小説】未来の純文学

 もとより国体とは、国の根本的な在り方や、国の特色を意味する言葉である。だが、大東亜戦争の後、国民体育大会という言葉を捻り出して、その略称をしれっと意味に付け加えた。報道機関を利用してそれを定着させた。結果、言葉の意味はすり替わり、国の在り方を考える国民は劇的に減った。言わずもがな、GHQの指導を受けてのことであり、敗戦国として牙を抜かれた訳である。  とはいえ、負の側面ばかりではない。戦後百三十年経った今も、あれから一度も戦争をしない平和な国である。一時の繁栄からすると、経

【小説】ハイドランジアの恋

 君の真面目さが俺には眩しい。白く清潔に輝いている。だから少しばかり汚してみたくなった。からかってみたくなった。もう一年ほど前になる。飲むことも、打つことも、買うこともしない君を、夜の街に誘い出したのは。  俺の行きつけの一つ、ハイドランジアという店名を聞いて、君は「おしゃれですね」と興味を示した。実は勢いに任せてもっと過激な(詳細は伏せる)、別の店に連れてゆくつもりだったから、君自身があの店を選んだと言って良い。  あの夜は夏の雨上がりだった。紫陽花の写真が転写されたネオン

【小説】初めての留守番

 七月某日、雨宮は留守番を任された。新社屋の一階である。その都会的なオフィスはまだ稼働していない。引っ越しではなく、第二第三のオフィスとして、会社が二階建てのビルを買い上げた。内装のリフォームはまず一階、そして今は二階の工事中である。留守番を兼ねて常駐している社員が、その日は休みを取った為、初めて雨宮の出番になった。ワイシャツの袖をまくりあげて、おかしいと思いながらもサッカーのキーパーグローブを持参したのは、上司からのメールで“明日のGKは頼んだぞ”と言われたからだ。 「君は

【小説】電池を換える少女

 私たちと少し離れて一人暮らしする祖母は、身の回りのありとあらゆる電池を交換できません。嫁の母には言いづらいらしく、エアコンのリモコンが動かなくなったりすると、学校帰りに立ち寄る孫の私を待っています。だいたい週に一回のそれまで、じっと我慢しています。電話は使いこなせるのですが、めったに困ったと言ってくることはありません。電池の換え方を教えようとしても、どうやら壊してはいけないと思うらしく、千代ちゃんは頭がいいねえと褒めるばかりで、学習する気がみられません。きっとその様子に、間

【小説】見てはいけない日記

 なぜ人は、或いは神は、見てはいけないものを見てしまうのか。  見てはいけないという禁忌は、世界各地の神話で良く描かれてきた。古事記ではイザナギが黄泉の国に行ったイザナミを、ギリシャ神話ではパンドラがゼウスから受け取った箱の中を、旧約聖書ではロトの妻がソドムから逃げる際に禁じられた背後を、見てしまう。その結果、いずれも不幸になることは、もはや人類の教訓だと言える。子どもの頃から似たような話は読み聞かせてもらった。鶴の恩返しや浦島太郎などである。見てはいけない、開けてはいけない