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ノルディックポールによって人類は四足歩行に進化するのだ


「三節棍!」
それを初めて目の当たりにした時に脳裏をよぎったのは、私が幼少の頃に一世を風靡していたアクションスターであるブルース・リーが映画の中で使っていた武器だった。


三節棍(さんせつこん)は、長さ50~60cm、太さ4~5cmほどの3本の棒を、紐や鎖、金属の環などで一直線になるように連結した武器。複数の関節部分を持ち、振り回して敵を攻撃する、多節棍と呼ばれる武器の一種。

昨年(2020年)の師走、私が所属しているランニングサークルで銀座の街を走ろうというオフ会が企画された。待ち合わせ場所に到着したところで、コーチにいきなり手渡されたのがコレだったのだ。

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私は思わず息を呑んだ。手のひらが汗ばむ。ごく平凡な趣味のサークルである我々が、なぜに武器を取って戦わねばならないのだ?

続けてコーチはこう言った。「これがノルディックポールです。
良かった。どうやら私は戦わなくて良いらしい。ひと安心だ。
そういえば、コーチが最近『ノルディックウォーキング』なることにハマっていることは、フェイスブックの投稿を通じて知っていたのだ。


ノルディックウォーキングは、2本のポール(ストック)を使って歩行運動を補助し、運動効果をより増強するフィットネスエクササイズの一種である。もとは、クロスカントリーの選手が、夏の間の体力維持・強化トレーニングとして、ストックと靴で積雪のない山野を歩き回ったのがはじまりである。

コーチによると、ノルディックウォーキングを習慣化することによって、ランニング時もフォームが安定するそうだ。ちなみに、三節棍のような形状は持ち歩く時のためにに畳まれた状態であり、普段は一本の長くて頑丈なポールとして使用するとのことだ。

せっかくなので、実際に組み立てた状態で、簡単に使わせてもらうことにした。ポールを突いて歩くことについては、トレッキングのように坂を登る時の補助的なイメージを持っていたが、普通に平地を歩いても加速がスムースでなかなか面白そうだ。
さらに、先行してはじめたランニング仲間から「肩甲骨がノルディックウォーキングを欲するようになった」との感想を聞き、より一層の興味を持つことになった。

一旦興味を持ってしまったら、あとは購入まで一直線だった。池袋の西武百貨店で簡単な講習を受け、その場で一番高価なノルディックポールを購入した。
元々国内旅行が趣味の私は、ノルディックポールを携えて旅に出るようになり、購入から半年足らずの間に、北は北海道から南は沖縄まで全国を共に旅することになった。

以下に、私が実際に使って感じたノルディックウォーキングの素晴らしさをまとめよう。

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■ 3つの効用


 ① 全身運動であること

ノルディックウォーキングでは両足の力だけではなく、もちろん両腕も駆使して進むことになる。結果として、なんと全身の90%の部位を使うということだ。これは、恐ろしく運動効果が高い。
さらに、ポールを突いて身体を前方に押し出す際に、両腕を大きく前後に振ることになる。この行為によって肩甲骨周りの筋肉が緩み、可動域が拡大される。結果として、肩甲骨が解放されるという循環だ。

また、けっこうな距離を歩いても身体的な負担が全身に分散されるからだろうか? 足腰の疲れや息切れがなく快適に運動を続けられるのだ。



 ② 手軽さと自在さ

ノルディックウォーキングはなんといっても、着替えずに始められることが大きいメリットだ。ランニングウェアも、ランニングシューズでさえも不要であるといえる。現に私は、いつもスーツ姿に軽めの革靴という出で立ちで行っているのだ。普段の歩行と違うのは、両手にポールを持っていることと、それに伴ってスマホを一切触ることができないということくらいだ。

そして、いつもよりやや早足で通過する風景は、こちらが集中力を高めているせいもあってか、より一層解像度を高めて迫ってくる。そのものが持つ色彩や形状がよりクッキリと目に入ってくる感覚だ。

また、実際にノルディックウォーキングをする速度を自在にコントロールできることも面白さの一つだ。『歩く』時速5kmから『走る』時速10kmの間に存在する中間的な速度を、身体の前傾度合いとポールを突き刺す強さによって、いとも簡単に調節できる。

これによって、歩くほどのんびりではなく走るほどせわしなくはない、一種独特な『早送り感』とでも表現できるような感じ、片足だけ日常から抜けるような感覚を得られるのだ。(「この感覚はどこかで感じたことがある。」と頭の片隅に引っかかっていたが、これはカヤックを漕いでいる時の感覚に似ているなと、最近になって気付いた。)

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 ③ 心身ともに整うこと

先ほど説明した早送り感を感じながら、さらに重心の前傾を強め高いケイデンス(歩数)を保って進むと、全身により快適さが充満していく。時速7.5kmから8kmくらいのペースが最適だ。一定のリズムが、物理的に体内を貫き、そして自分の体重の多くをポールに預けている開放感が相乗効果を生み、一種のトランス状態に突入する。
この状態を「ゾーンに入る」と勝手に命名しているのだが、一度体験してしまうともうノルディックウォーキングをやめることはできなくなるだろう。

また、ノルディックウォーキング中は五感の中では聴覚が特に優位になる。走っている時ほど心拍数が上がらないし、息も上がらない。それほどスピードが上がらないので風を切るような音も耳には入って来ない。おそらくこのあたりの要因によって起こるのだろう。
鋭敏になった聴覚を活かすには沿道から漏れる生活音に耳を傾けるのも良いが、自動車の交通量が多い道を進む際には騒音を避けるためイヤホンをはめる。そしてここで音楽やラジオなどを聴くと、より吸収できる実感がある。私はやったことはないが、語学などの勉強に充てるのも良さそうだ。



以上3つの効用をお伝えしたが、私の実感をひとことでまとめると、「ノルディックポールは、非常に優れた拡張身体である。」 この一語に尽きる。両腕が元々持っていた『前足』としての機能をこれによって目覚めさせ、自らの身体性が変貌を遂げる。まるでモビルスーツのようだ。
一見なんの変哲もない2本のポールによって、人類はかつてより高い次元で四足歩行を取り戻すのではないだろうか?


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しかし、こんなにも素晴らしいノルディックウォーキングだが、私とほぼ同じ時期にはじめた仲間の中には、うまく習慣化できていない人も散見される。じつは、習慣化するにはコツがあるのだ。それは、ノルディックウォーキングを日々のルーティンに混ぜることだ。
わざわざそのために時間を取ろうとすると、大概のことは上手くいかないのだ。

なので、私は『ノルディックウォーク退勤』を推奨している。私の場合は、山手線の某駅から自宅までのおよそ4kmの道のり、以前は地下鉄に乗り換えていたルートをノルディックウォーキングに置き換えたのだ。ちなみに結構汗をかくので、出勤より退勤の方が親和性が高い。
私の中では、社会人から個人へと還るための特別な時間になっている。


最後に、ここまで良いことばかり連ねてきたが、もちろんデメリットもある。それは、やたら眠くなることと、やたら腹が減ることだ。現に、この半年で3kgほど増量してしまった… 
ノルディックウォーキングの後に何を食べるのか、熟考が必要となるのだ。


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