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走るため フェリーで行って 飛行機で 帰る場所でも 東京なのだ “ 東京そぞろ走り #8 ”

2024年1月6日、土曜日。時刻は22時を回ろうとしている。

私は港区にある竹芝客船ターミナルに到着した。

これからフェリーに乗る予定なのだが、まだ切符も購入していない。お目当てのフェリーはすでに接岸しており、乗船手続きも始まっている。まずは切符売り場に急いだ。

「八丈島まで1枚」。受付で伝える。早く乗りたいので、早く売ってくれ。「あちらで乗船票にご記入の上、乗船口に進んでください」

切符の右側に付いている乗船票に個人情報を記入し、乗船口に急ぐ。なんとか出航5分前に乗り込むことができた。

すでにお分かりだと思うが、これから私が向かう先は八丈島である。夜中のうちに航海を進め、明日の朝9時前には到着する予定だ。

船内での多くの時間を横になって過ごす前提なので、指定席制になっている。場所を確認し荷物を置いた後に、レンタル毛布を受け取るついでに外のデッキに出てみた。

東京湾から望む夜景はきらびやかで、特に東京タワーが全貌を現わしながら、水面にもその姿を映している。

フェリーは定刻通り動き出した。

レインボーブリッジの下をくぐり抜けると、しばらくして太平洋の大海原に航路を取り進んでいくはずだ。風が強くなってきた。船室に戻って寝る支度を整えることにしよう。

定員8人のスペースに、客は私ひとり。フェリーが速度を上げるにしたがって揺れがけっこう激しくなる。横になっていないと乗り物酔いしそうなほどだ。明日に備え、早々に眠りにつくことにした。

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フェリーは定刻どおりに八丈島に到着した。

ここから目的地まで、Googleによると30分弱。ただいまの時刻は8:50だ。到着したら受付を済ませてから着替え、10時からハーフマラソンを走る。そのためにこの地を訪れたのだ。

ちなみに八丈島に来るのは生まれてはじめてである。道に迷ってしまったらレースに間に合わない…… 

立ち止まっている暇などない。さっそく向かおう。

港から伸びる緩やかな上り坂を進む。他にランナーらしき姿は見えない。よそから来るランナーたちは前日入りしているか、もしくは港に迎えの車を呼んでいたのだろう。

右側の路地に入り、さらに進んでいくと広い道と交差した。

ここを右に曲がると、徐々に人の姿が増えてきた。受付を済ませてこちらの方に戻って来る人も多い。どうやら、地元の方が多いような印象だ。

受付とスタート地点になっている中学校に到着。

時刻は9:20。予定通りだ。

校庭に立てられたテントで受付を済ませ、校舎内の倉庫のようなスペースで手早く着替えを済ませた。体育館に荷物を置くために移動すると、参加者たちが鈴なりになっている。

奥の方にスペースを見つけて荷物を置き、準備体操を済ませる。地元の方とおぼしき、チンドン屋に扮装した方から激励を受けた。

そろそろスタートなので移動してくださいとアナウンスがあり、体育館からスタート地点に大移動がはじまった。私も後方に付いて動き出した。
中学校の前の道に、各自の申告タイム順に列を作っている。島のレースなのでアップダウンが激しいと聞いていたので、私は後ろの方に位置を取った。

しばらくすると前方で号砲が鳴り、レースがスタートした。

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地元の人、もしくは正月休み(と有給?)を利用して帰省している人が大多数を占めているようだ。そこかしこでプチ同窓会的な光景が見られる。そんな感じなので、あまりスピードを競うような雰囲気ではない。

緩やかに走りはじめ、沿道からの声援に耳を傾けながら進んで行く。道の両脇には椰子の木が林立しており、南国感を演出する。ここは東京都であるが。

気温は10℃を少し超えるくらいだろうか? 全国的な暖冬であるため、そんなに暖かいとは感じない。実際、半袖の大会Tシャツの下には長袖Tシャツを着込んで参加しているのだ。

道のりは徐々に緩やかな下りになっていく。

坂を下りきると道は大きく左にカーブし、右手には広大な太平洋が姿を現した。

海の向こうには船舶の一隻も見当たらない。さすがにここまで海一色の景色を目の当たりにするのは、生まれてはじめてかもしれない。

ここからは上り勾配に入る。島でのレースということで高低差があることは覚悟していたが、かなりの距離を上り続けていく。ここでスタミナを消耗すると後半戦に悪影響を及ぼすだろう。一旦ペースを緩め、たまに少し歩いて体力を温存する。

だいぶ上ってきたところに、給水所を発見した。助かる!

水・ポカリと補給食の和菓子が置かれている。私はいったん足を止め、和菓子をよく噛んで味わい、水を一気に飲み、ふたたび走りはじめた。

坂を上りきってしばらくは平坦な道が続く。この辺りに集落は見当たらず、道の両脇からは鬱蒼と茂った木々が道路に向かって手を伸ばしている。

14km地点の手前で右に舵を切り、ここからは一気に下りに切り替わる。

じつは下りを走るのが得意な私は、ここで先行するランナーたちをごぼう抜きにしていった。しかし油断は禁物だ。勢い余って転倒でもしてしまったら、ここまでの頑張りが台無しだ。

坂を下りきると正面に海が開けてきた。

南原千畳敷だ。

“ 八丈富士が噴火した際、その熔岩が流れてきて海に張り出している景観。右手海上に八丈小島が浮び、夕日を見るポイントとなっている。”

全国ロケーションデータベース より

左に舵を切り、海岸沿いを進む。右手から拭きつける浜風が強く、内陸側に走路を切り替える。

左手に飲食店らしき建物があり、入り口の前で店主夫妻とおぼしき男女が手を振って応援してくれている。男性の方がイタリア人っぽかったので、おそらくはイタリアンレストランを営んでいるのだろう。

3kmほど直進しただろうか。ここでようやく三叉路を左に入る。浜風から逃れたと安堵したのも束の間、ふたたび上り坂が延々と視界の先まで続いていく。すでに足が痛い。時折り足を止めて休憩しながら上がっていく。

坂を上りきると、見覚えのある風景が広がっていた。この道の先がスタート地点。それと同時にゴール地点でもあるのだ。私は最後の力を振り絞って、残り2kmほどの道のりを進んで行った。

小学校の校庭に入り、ほぼ一周したところがゴールだ。

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タイムは平凡だったが、無事に怪我もなく完走を果たした。2024年も幸先がいい。

体育館に戻ると、その一画でボランティアのマッサージ師によってマッサージが行われていた。着替えに行く前に受けてみようと、列に並んだ。10分ほどの待ち時間で、マッサージを受けることができた。股関節周りがかなり硬いと指摘された。

着替えを済ませたら、すぐに次の目的地に向かう。

先ほどのスタート地点あたりからシャトルバスが運行され。島内各所の温泉までピストン輸送をしているのだ。私はここから最も遠く景色が良いとされる『見はらしの湯』行きのバスを待ち、40分ほどで到着した。

山の頂上近くから太平洋を見下ろせる露天風呂が素晴らしい。

レースの疲れをすっかり癒し、休憩所の畳に座って、窓の外に広がる海を飽きることなく堪能した。

ここからは迎えのバスに乗り、今度は小学校に向かう。15時から懇親会が催されるのだ。

開始時刻の5分ほど前に到着したが、会場となる体育館の入り口にある受付が大混雑しており、10分ほど待ってようやく入場できた。このレースにエントリーした人でないと参加できないらしく、地元の方で「あんた絶対走ってないでしょ」とツッコミを入れたくなるような方も、不自然に胸にゼッケンを付けて並んでいる。

会場の中には八丈島特産の焼酎や、名産品の島寿司・お刺身なども並んでおり、かなり豪勢なラインナップだ。

テーブルには、ご丁寧にお品書きまで設置されている。

さっそく島焼酎水割りをゲットして空いているテーブルに陣取り、刺し身や寿司をゲットした。

壇上では各種レースの表彰式が進行している。

こんな難コースでも、上位陣はかなりの好タイムで走破している。すごい!

表彰式後は、地元の方々が披露する踊りや太鼓が繰り広げられた。
すでにけっこう酔っ払ってしまった私は頃合いを見て退散し、今日の宿まで30分ほどの道のりを歩いて向かうことにした。

時刻は夕方16:30。
近隣住民の多くが体育館にいるからか、人通りはまばらだ。今朝フェリーで上陸した港の方に向かって歩いていく。島にコンビニは一軒もないとのことだが、道路沿いに本屋とスーパーがあり、日曜日の今日も営業していた。

道ばたの植え込みにはハイビスカスが群生しており、花を咲かせている幹もちらほら存在する。

この季節にも咲くものなんだな、と意外に感じた。

海沿いまで坂を下り、そこにある本日の宿に到着した。

チェックインしてからしばらくすると、宿の方がスーパーまで買い出しの車を出してくれた。アメリカのロードムービーで見かけるような、金髪で少しやさぐれた感じの無口なねーちゃんが運転してくれた。私は脳内で彼女に「リリー」とあだ名をつけた。

輸送費が掛かるからだろうか、スーパーで陳列されている商品の価格は軒並み本州より高額だった。

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一夜明け、8時にチェックアウトを済まし、空港まで車で送っていただいた。ドライバーは昨日のねーちゃんだった。相変わらず無口で、いい感じにやさぐれ気味だった。

5分もかからずに、空港に到着した。

羽田行きの飛行機は9:05発だ。すぐにチェックインしよう。

あれ、おかしいな… オンラインチェックインを試みても、うまく行かないのだ。カウンターに移動して確認してもらう。どうやら、早割で安くなっている航空券の予約だけ入れたものの、支払いを失念していたようでキャンセル扱いになっていた。旅慣れた私としたことが…… 

ここからダッシュで港に戻り10時くらいに出航するフェリーに乗っても、竹芝に到着するのは夜だ。しかし、私は今日の夕方までには出張先の長野に着いていなければならない。

私は高額の出費を覚悟しつつ、13:50発の次の飛行機をネットで手配した。幸運にも1枚だけ航空券が残っており、すぐに予約と入金を済ませた。

まだ時刻は9時。空港には4時間後に戻れば十分だ。せっかくの機会なので、島内を散策することにした。

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空港を出て、ひとまず左にひたすら進んでいく。犬の散歩をしている人やランナーとすれ違う。

そういえば、今日は成人の日で祝日だった。空港がごった返していたことも、レースが昨日の開催だったこともすべて合点がいった。

10分ほど歩き、道ばたに東屋とベンチを見つけたので、しばし小休止することにした。なにしろ、先を急いでいるわけではないのだ。

ベンチに横たわり、空を見上げる。

昨日は海ばかり見ていたが、ここでは真っ青な空も遮るものなく広がっている。のどかだ。飛行機のチケットを取り忘れて本当によかったと、若干の強がりも込めながら心に噛みしめる。

こんなに離れた島までは渡り鳥も容易にはたどり着けないだろう。そんなことを思いついて、島の生き物や植生について少し調べてみる。

" 海洋島(陸続きになったことがない)といわれている八丈島に棲む生きものは、何らかの方法で島まで渡ってきました。あるものは黒潮などの海流に乗って、またあるものは風に飛ばされて、そして自分の力で島まで飛んできたものあります。植物の中には鳥が運んできたと思われるものもあります。また人の手によって運ばれたものなど・・・。そして島に辿り着いた生きものの中には、島という隔離されている環境の中、独自に進化した生きものもいます。"

八丈島ビジターセンター より

どうやら、島内にいる哺乳類はすべて人間によって運ばれてきたとのことだ。 

すっかりリラックスしてしまった。せっかくだから海まで出よう。私は立ち上がり、ふたたび歩きだした。

ここから海までは広くてまっすぐな道をひたすら直進すればたどり着けるはずだ。

途中で飲食店の看板などに足を止めつつ進んでいると、地元のお婆さんとすれ違い、しばらくすると後ろから呼び止められた。

「◯◯(近くにあるリゾートホテル)を探しているのかい?」 親切にも道案内を買って出てくれたようだ。千畳敷まで行くと説明すると、そこまでの行き方や、昨日のレースは沿道で応援していたなど、しばらく雑談に花が咲いてしまった。

八丈島の人たちはこんな感じで、余所者にもフランクに接する印象がある。海洋島の住民であるということは、全員が海を渡って移住してきた歴史を持っているからだろうか。それとも年間を通して続く温暖な気候ゆえの気性からくるものだろうか?

無事に千畳敷に到着し、しばらく岩に腰掛けて太平洋を眺める。

雄大だ。

しばらくすると手持ち無沙汰になり、つい仕事関連のメールをチェックしたり返信したりしてしまう。いかんいかん。八丈島にはバカンスで来ているのだ。ワーケーションなどというものがもてはやされているが、せっかくの休暇に仕事が侵食してきたら台無しなのだ。

そろそろランチを摂って空港に戻ろう。
昨日、この近くの沿道でランナーたちに声援を送ってくれていたあの店に行ってみることにした。

12時ちょうどくらいに、お店に到着した。『CAFE BER』と看板には出ているが、メニューはイタリアンだ。

店内では、昨日応援してくれたご夫妻が切り盛りしている。私の昨日の予想は、すべて当っていたようだ。私は島唐辛子や地産品が入っているペペロンチーノを注文した。

すると次から次へとお客様が入ってきて、またたく間に満席近くにまで席が埋まってしまった。どうやら他のお客さんたちも昨日のレースに参加していて、応援を受けたお返しにやってきたようだ。

そんなイレギュラーな状況でもイタリア人風のシェフは慌てることなく悠々と調理を続け、私のテーブルには20分ほどでパスタが提供された。

味にも量にも満足し、店を後にした。
しかし、イタリアあたりからどのようなきっかけで八丈島に移住する流れになったのだろうか?今度お店がヒマな時に来て聴いてみたい。

腹ごなしも兼ねて30分ほど歩き、空港に戻ってきた。

自分で飲む用の島焼酎と仕事先に配る用のお菓子を買い込んで飛行機に乗り込む。じつはハイグレードな席しか空いていなかったので、ここからは突然VIP待遇を受けることになった。

搭乗も一番先で、席は前から2列目。椅子は大きくて快適で、前後幅も広い。おまけに、無料でお土産やらお菓子やらアルコール(おつまみ付き)やらがどんどん出てくるのだ。

思わず、50分の搭乗時間内にスパーリングワインをお代わりしてしまい、降りる頃にはすっかり赤ら顔になってしまった。

窓から見下ろす一面の太平洋の景色も素晴らしい。

来年も必ず来ようと、心に誓うのであった。できれば一日前乗りして、今度はスキューバダイビングとか楽しんでみたい。

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