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《創作大賞2024:恋愛小説部門》『友人フランチャイズ』第6話 友人フランチャイズ4028.5

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《第2章 第3節 友人フランチャイズ4028.5》


 だいたい人の悪い予想は、外れるものだと言われている。僕もそうだと思う。でも、だいたいだから、たまに。は当たる事もある。そして、今、僕はその、たまに。って予想が当たって藤宮先生から話を聞いている。

「3ヶ月だよ。小絲くん。膵臓癌のステージ4だ」

 藤宮先生は、この前、CT検査で撮られた僕の内蔵の画像を見ながら机で頭を抱えている。

 僕は、たまに。が当たったから少しラッキーなんじゃない?っとモニターに映される自分の内臓を眺めた。

「膵臓と肝臓と胃、あとリンパ節にも移転しているよ」

 確かにその辺の臓器を見ると、転々と黒い点が付いている。僕も時々やってしまう、思い切りが必要なスパッタリングの失敗版みたいな感じ。

 それから、藤宮先生はモニターから僕の方へ体を向けると、今後の治療について、説明してくれた。延命治療とか緩和ケアとかそのメリット、デメリットとか。

 でも、そんな事より僕の頭の中は、今、僕が先に死んじゃったら、水穂が眠りから覚めた時、困惑しちゃうよね?あと、僕がいなかったら誰が水穂を見ていてくれる?って思考が頭を巡っていた。

 頭のいい藤宮先生は、知っている医学の知識をアルファベットとか専門用語とか数字とかを、怒りなのかどうなのかは分からない表情で、僕を見つめながら語っている。でも、僕はその呪文を遮ってまで聞いてみたかった。

「藤宮先生。水穂は?」

 我に返った藤宮先生は、目頭から溢れそうな涙が流れてしまう前に、何度も袖で目を拭うと、僕の内臓が映るモニターに、視線を流した。

「水穂ちゃんは大丈夫。僕と恵子が命に変えてでも守るから。だから今、君は君の事だけを考えるんだ」

 なら、安心かもしれない。藤宮先生と僕は、なんだかんだ長い付き合いだから、話し方で分かってしまう。財産も意外と僕はあるみたいだし、水穂にも充分残せれる物は残せるから、安心だ。

「なら、安心ですね。藤宮先生。明日時間ありますか?少し考えてみます」

 君はあと、3ヶ月でいなくなっちゃうよ。って言われても、僕の心は落ち着いていた。この前、CT検査を受けに来た日に、半分はこうなるんだろうなって思ってたし、少し身体は痛くなるしで、目の前の藤宮先生は、僕を回復させるために、モニターに映し出される映像に、釘付けだけど、僕は至って冷静。どれくらい冷静かと聞かれたら、ほら、藤宮先生。今、涙が流れましたよ。大丈夫ですか?って言えるくらい。

「分かった。なら明日、14時からどうかな?」

 僕は明日の14時に予約をとり、病院を出ると、道路を真ん中を挟み、イチョウの木が立ち並ぶ並木道に見惚れてしまった。これから死に確実に向かっていくのに、道端に落ちた小麦色の綺麗な銀杏の実に、恋でもしてしまいそうな、そんな気分。

 多分、僕は自分の死を受け入れている。昔から根っからのビビリ症だから、自分はやばいのかもしれないってCT検査の段階で華麗にフライングスタートを決める事ができたから、受け入れるまでの、ゴールテープを他の人より早く切れたんだ思う。

 そして、これからの事を考えた。3ヶ月って言われたけれど、もしかしたら、2ヶ月かもしれないし、1年かもしれない。今が10月の下旬だから、次の展示会までは何とかなりそうだ。

 あと、もう一つやらなきゃいけない事もあるし。それも考えなきゃ。

 色々とこれからの計画に、思考を巡らせていると、いつのまにかアパートの前にいた。

 考えが纏まった僕は、ロケットペンダントのカバーをスライドさせ、生前の元気な時に撮ったお母さんの写真を眺めた。

 お母さんは僕が小さい時に離婚して、女手一つで僕を育ててくれた。

 ふと、昔のお母さんとの思い出が心を暖かくした。僕が小学校の時、絵画のコンクールで賞を獲ると、僕の絵が展示されている、デパートとか、近所の公民館とか、僕を連れ回して見に行って、その帰りにお肉屋さんの牛肉コロッケを食べながら帰るのが、僕とお母さんの楽しみだった。賞を獲った僕より、お母さんがはしゃいでた。そんな思い出。

 お母さんと水穂が初めて会った時も、素敵な友達ができたのね。絶対大事にしなさいよって言ってくれて、水穂が長い眠りに入った時も沢山、心配してくれた。

 だから、僕がこれからする事も絶対に褒めてくれるよね?

 そう、心で思い出のお母さんに問いかけ、アパートのインターフォンを鳴らした。するとすぐに玄関の扉が開いた。そして、迎えてくれた恵子さんの顔を見た僕は、自然と微笑み心から言葉が漏れた。

「恵子さん。大丈夫ですよ。僕の心は案外落ち着いていますから」

 反射的にこう言ってあげなきゃ駄目だと感じた。だって恵子さん、目頭のダム決壊してたでしょ?そんな、気を使って笑ってもらうほど、僕は子供じゃないですよ?だから、そんな顔しないで。って思ったから。

「うん。大丈夫だから、小絲くん。大丈夫だから」

「大丈夫。って、藤宮先生も沢山、言ってましたよ。夫婦って、ずっと一緒にいたら似てくるんですね」

 うん。うん。っと恵子さんは溢れそうな涙が流れる前に、何度も袖で拭いている。そんな所も夫婦そっくりだ。

「恵子さん。どうやら僕は死んじゃうみたいです。だから、僕はそれまでどうしようかな?って考えました。藤宮先生は数%の確率を信じて、僕を治そうとしてくれると思います。でも、数%の確率を引くために病院で治療を受けるよりも、やりたい事に残りの時間を当てたいって結論を出して帰って来ました。だから明日、藤宮先生にも、そう伝えようと思います」

「うん。小絲くんの選択に私達は従うよ。だからやりたい事、好きな事をすればいいと思う。それができる時間は私達が全力でサポートするから」

「ありがとうございます。本当に藤宮さん夫婦に出会えて良かったです。そして、出会わせてくれた、水穂にも感謝ですね」

「うん。うん。私達も感謝しかないんだからね。これから一杯美味しいもの作って毎日持ってくるから、食べたい物、じゃんじゃんリクエストして」

「じゃ。ハンバーグが食べたいです。最近食欲もなかったので」

「分かったわ。じゃ、今からもう1件、行かなきゃいけない所があるから、それが終わって買い物終わらせたら、急いで帰ってくるから、水穂ちゃんとお留守番、お願いね」

 恵子さんは僕にそう伝えると、大きな仕事用のバックを持って、慌てて出て行った。

 その後、アトリエで12月にある、展示会の為に選出してた内の1作品をリストから抜き、メールの本文に、今からもう1作品を仕上げます。と記載すると、今回お世話になる企画会社の担当者へ送信した。

 そして、カレンダーの日付に毎日記入している4028.5っと書かれた数字を見て僕は4028.5÷24とスマホの電卓を叩いた。そして、167.8541....っと続く数字の羅列を見て約168っと答えを出す。そして、隣の部屋にいる水穂のベットに腰をかけ、スースーっと寝息を立て眠る頭を撫でると、今までの僕の感謝と決心を伝える事にした。

「ねー。水穂。覚えてれる?君が僕と友人フランチャイズを契約したあの日。今日から数えて、8057日前。あの時、僕は藍色だったんだよ。でも、君はずっとそんな僕の藍色が好きだって1番に考えてくれて、ずっと、ずっと、言葉では表せられないくらいの気持ちを、僕にくれていたんだ。君が長い眠りに付いた後にもね、寝息とか、寝相とか、寝言とかで、僕は元気を貰っていたんだよ。でね、水穂に今日、残念な報告があってね。僕はどうやら後3ヶ月で、この世から居なくなるって、藤宮先生に言われちゃった。だからね、今日で友人フランチャイズの契約を解除する事にしたよ。それでね、君とコンビニの横で約束した事を、今から実行するよ。有名な画家になって友人フランチャイズを解約した時からそれまで君に貯めていた、1日×30分の全部の時間を使って、君を描いて表現するってやつ。君が僕と友人フランチャイズ契約を結んでくれた日数は、8057日。だから水穂に支払う時間は4028.5時間だ。日数にしたら168日。約半年だ。だから、余命+3ヶ月くらい頑張って生きなきゃなんだけど、その間にね、僕は約束通り君を描くよ。そして、僕にはこんな素敵な人がいたんだよって、2ヶ月後の12月にある僕の個展で、世界に自慢してやるんだ。君という素晴らしい人間がいるって事をね。そしたら、君が起きた時に、世界中で沢山の友達が作りやすいだろ?ずっとね、君から貰ってばかりでね、僕は君にちゃんと、お返しできてるかな?って考えてたんだけど、やっとお返しができそうだって、今、ちょっとわくわくしているんだ」

 そして、僕はアトリエから、画材セット一式を運んで、水穂の眠る横にイーゼルを設置し、画板を立て、その上に画用紙を置くと、鉛筆立ての中から5Bの鉛筆を取り、頭のスイッチを入れ、ベットに眠る水穂を見つめた。

 閉じていても分かる大きな目、高く通った鼻筋、少し分厚い唇、サラサラの黒い髪、布団から派手に飛び出した手、呼吸に合わせて曇る酸素マスクとそこから伸びる管、O2と書かれた医療用ガスボンベ、呼吸器の波形、下半身からベットの下に伸びる管、そこを通る黄色い液体。

 僕は水穂の全部を観察すると、僕の深い頭の奥底に閉まった記憶の箱に意識を向ける。そして、水穂の引き出しを開けて、水穂との思い出を捕まえると、僕は鉛筆を走らせた。

「拓星。大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。水穂は?」

 水穂がふと、そんな寝言を呟いた。

 やっぱり、君は凄いね。

 そのまま僕は、鉛筆を走らせた。タイトルはずっと昔から決めていた。これしかないって思ってた。僕は水穂の輪郭が描かれた画用紙の隅にそのタイトルを薄く書いた。『友人フランチャイズ』っと。


《第3章 第1節 『狐の嫁入り』へつづく》


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