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1-15 「模倣する受験指導」から考えた教育(前編)

ー 逃げ回っていたボクが対峙してみた ー

大学の受験指導ってボクはニガテ。今まではテキトーに受験指導から逃げ回りながら,教科書に関しても3~4割教えて,残りの時間は物理分野の実験や仮説実験授業を実践していました。だから,「趣味で受験問題解きます」って人が一定数(少数?)いるのは尊敬します(心の底から…ではないけれど…)。
 でも,今年はそうもいかなそう。去年までは,本格的に「一般受験で4単位物理を使います」という生徒に出くわさなかった(出てきそうになっても,化学への変更を勧めていたり,使う前に推薦入試で合格したりしていた)のですが,今年は「北海道大学を受験する」「神戸大学を受験する」という国立大学受験の生徒が2人。生徒は3人なので少人数対応でやれるキラクさはあるのですが,いかんせん…(汗)。
 そして,受験科目を受け持つようになってから気づいたことですが,同じ科目の先生や3学年を受け持つ先生が,受験科目を受け持つ先生の授業評価をし始めてくるのです(年齢や態度も関係してきそうだけれど)。前任校も今の学校でもそう。「●●先生はもっと受験指導をしてもらわないと…」「演習をたくさん重ねてもらわないと…」など,だいたいは批判の言葉。ボク自身も前任校で,理科の同僚教師から「高野先生の課題は受験指導だね。ある生徒が「高野先生は教科書をほとんど開かない」って言ってたよ」と,言われたことがありました(汗)。

 また,長期休業中の講習に関しても「きっと,やってくれますよね」という空気感が流れています。

 そういったものから,ボクは逃げ回りつつも「どうにかしたいなぁ」とも思っていました。ボクの性格上,困っている相手がいたら,自分自身が役に立てる存在でありたいとも思います(ボクに限らず,人類共通かな(笑))。 

少なくとも,「物理」って教員採用試験を受験する際はボクが専門科目として選んだ科目だもの。せめて自分の専門科目ぐらいは…。

 一方で,全然専門外の「色彩検定」なんかは,前任校でも現任校でも喜んで講習をしています。同僚の誰からも頼まれてもいないのに(笑)。教えられる存在がボクだけ,かつ,わざわざお金を払って,学校で習う以外の分野を勉強する高校生に対して,「役に立てる存在でありたい」と思うのかもしれません。

●対峙する決心をする

 そんな中,新型コロナウイルスの影響で北海道が先駆けて休校となりました。ボクは,「逃げ回っていた受験指導を考えるキッカケ」にしようと決めます。その理由は,仮説実験授業のように「こうしたら良い」というものが確立していない授業が多ければ多いほど,教師業に対して「大変だなー」「どうしようかなー」と悩んでしまいそうになりそうだから。仮説実験授業を教えてくれた小原茂巳さん(明星大学・教授)は,「子どもに喜ばれる授業(仮説)をしたいから,まずその時間を作ろうとしちゃうよね。恋人とのデートも一緒だよね。お金とか時間なくても,どうにかそれを作ってデートをしようとするよね(笑)」なんて話をしてくれたことがあります。その考えに共感して,実際そうしてきたけれど,一方で,「お金ないなー,時間ないなー(教科書授業・受験指導心配だなー)」と思うボクもいます。とにかく,受験指導について<模倣できる何か>を欲しがるボク。

そういえば,今月の『たのしい授業』にも模倣と創造について,以下のような記事が紹介されていました。

●月刊『たのしい授業』2020.09月号より
教師が創造的な仕事を考える上で考えなければいけないのは,「創造的な時代というのは,<何から何まで創造しなければいけない時代>ということではない」ということです。<創造的>というと「何から何まで創造しなければいけない」と思う人がいて,「朝,起きるのを何時にするか」ということまで,いちいち創造的に考えなければいけないと思う人がいます。「きょうは顔を洗うべきだ」とか,「食事は何を食べるべきか」ということまで,あらゆることを個性的に創造的に考えようとすると,人間はそのうちくたびれてしまうのです。…(中略)…,だから,私たちの生活は,それこそ「水戸黄門」のテレビ番組を見るというのと同じような気軽さで,毎日の大部分がきまりきったことで進んでいくのです。それが<安心して生きる>ということです。そういう<安心して生きる>ということを超えて<独創的に生きる>なんて考えることは,間違いなのです。
 私たちが<独創的に生きる>というのは「ここは,ほんの少し変えたほうがいい」「変えなくちゃいけない」という場面にぶつかったときに,「そこの部分を変えればいい」「そこまで古いものにしがみつかなくてもいい」と考えて生きることです。大部分は同じでいいのです。だから,<研究する>というのは<独創的な仕事をする>ということだとすると,それは私にとっては商売みたいなものですが,それだって私のほとんど全ての仕事・研究の9割以上は<模倣の仕事>なのです。

この文章を読んで,受験指導も.「この模倣ってヤツでいきたいなぁ~」と思いながらスタートしました。

●受動的に学べるものを

 休校期間に入り,まずはリクルート社のサービス『スタディサプリ』を見ることから始めました。受験問題にニガテ意識を持っているボクには,一発目から「参考書を能動的に進める」という行為はハードルが高かったからです。それに,スタディサプリが優れた動画教材だったら,極端な話,「受験が必要な子には授業中に動画を見せればいいんだ」とも思ったからです。

 見た結果,物理という科目では「復習用としては良いけれど,はじめて勉強する際に見る動画ではない」ように感じました。うまく言えないのですが,「こういうものだ」と「科学の法則に対して常に無条件降伏をさせられているカンジです(公式ありき…みたいな)。もう少し,物理法則のイメージができそうな,受験勉強にもつながりそうな動画がないかなぁ…ともう少し探すことにしました。

 もう少し探した結果,「細川jpの高校物理」というyoutube動画に出会いました。盛岡第一高校という公立の進学校に勤務されている先生がどうやらアップされているようで,普段の授業が配信されていました。15分程度かつ,余分な部分は編集されているため,非常に見やすい。高校生も写っているからLive感もあります(笑)。生徒に配布されているであろう,講義用プリントも,演習問題をのぞけばすべてアップされています。全単元,合計89本の動画(つまり,年間の授業を講義時間としては89時間で終わらせている,ということがわかる)を無償で配信し,高校生からのコメントは“有料の動画コンテンツより神動画”なーんてコメントが書いてあったりする。これでボクも学ぶことにしました。

●この授業を模倣しよう

 動画を見て,学校で購入している優しめの副教材(『アクセスノート物理』実教出版)を自分で解いているうちに,「受験指導はこの動画の教え方,この副教材でイケる」と思えるようになりました。だから,この授業を完コピしようと(笑)。高校生と同じ感覚で勉強していくうちに,「基礎はこの動画で固めて,もっと演習しようと思ったらスタディサプリや受験参考書を勉強すればいい」という結論に。

 模倣の方針が決まれば,あとはやるだけ。アップされている講義用のプリント(PDF)とほぼ同一の,生徒に問いかけたい部分を空欄にしながら授業用プリントを再構築していきました。(といったって,問いかけたいところを空欄にするだけなので,ほとんど脳ミソ使っていません)。

こうして,「問いかけたいところを空欄に,解いておきたいその授業での問題を配布CD(Word)からコピー」して,B4(裏表)の1枚で授業の1時間が終わるように構成していきました。

 でも,ボクの受験指導の能力の低さの問題で「空欄にした部分に何を書くかしょっちゅう忘れる」ということが起きました。最初の頃は「答えが書いてあるver」と「答えが書いていないver」の2種類のプリントを作っていましたが,印刷も変更も保存もめんどくさいな…と思うように…。

 そんな中,「生徒に空欄を書いてもらう部分は赤文字にして保存しておき,生徒用プリントを印刷する際は白文字に置換する(Ctrl+H)」という方法を思いつき,ここ半年はその方法で定着しています。

 そのような形で休校あけの4月から授業をスタートしたのですが,2週間も経たないうちに,すぐ「また休校」という話が管理職から言い渡されました。「課題を出す」なども要求されます。授業プリントはまだ途中までしか作っていなかったので,対面授業をそのまま自学自習に切り替えることはできません。なので,プリントはあきらめて「youtube動画を見る→スタディサプリの動画を見て,対応する問題を解く」という課題としました。これならボクもラクだし,意欲が低い中でも受動的に学べる良さがあるとも思いました。

 でも,4月上旬の頃は教員が,オンライン授業・動画配信授業に対して「ノウハウ・生徒把握・向き合い方」すべてにおいて,まったく対応できていませんでした。ネット環境が整っているのかどうかもわからない中で,「課題を評価の材料として…」なんて言う管理職をよそに,ボク自身は「課題は評価の材料としない。やらなくても今後の授業の支障がないようなものにする」と決めました。人数が少ない3年生(3人!)に関しては,4月の初回授業でアンケートを取り,ネットワーク環境があるのを確認しました。「課題を取り組むために通信量を使うのは抵抗がある」なーんて言われたら嫌だな…と懸念していたのですが、杞憂に終わりました。
 そういえば,同じ高校教師の海老澤さん(東京・中高一貫校)も,休校中の課題に対して苦慮されているようでした

担任の先生方からも,「海老澤先生,学習支援サイトで生徒に課題を配信したり,質問に答えてあげてください!」とせっつかれ,最低限のやり方だけ教えてもらって,ボクもしぶしぶ課題を配信し始めることにしました。…(中略)…,さらに校長から,「授業を動画にして配信するように!」という指示が出されました。若い先生達は慣れているからすぐに動画を撮ってYouTuberのように配信を始めていたけれど,定年間近のボクには到底無理。それに,学習支援サイトの予備校の先生の授業動画の方が,お金を掛けているだけあってよっぽど工夫されている。ボクみたいな動画配信のシロウトがかなうはずがない!やる気さえ起きません。

(雑誌『たのしい授業』より)

ボクも,海老澤さんと同じ考えを持ちました。ボクは動画を作ろうと思えば作れたかもしれませんが,作るつもりはまったくありませんでした。受験指導なり,知識を注入する目的ならば,優れた動画が他にあるからです。校長面談でも,「ボクは受験物理を受け持つ3年生には盛岡第一高校の先生が配信されているYoutubeを紹介し,必修科目を受け持つ1・2年生にはNHKの高校講座を見てもらうことにします。教師自身が作らなくても既存で優れた教材があるならそれを紹介する方が生徒のためになりそうだからです。その代わり,休校あけの対面授業を頑張ります。」と話しました。校長先生もその趣旨を理解してくれ,職員会議でも「先生方が自分自身で作ろうとしなくても良いので,負担にならない形での学習保障を」なんて話していました。

(つづく…)


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