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異業種から教育分野へ。システム思考教育家として、学校現場に「学習する組織」の考え方を広げたい

組織論の名著『学習する組織』は、世界中の企業や NPO、教育現場などで広く活用されています。その著者であるピーター・センゲ氏の元で10年間学び、ワークショップをサポートしてきた福谷彰鴻さん。

アメリカでMBAを取得した後に企業のマーケティング分野に携わり、その後38歳で独立。現在は、システム思考教育家として学校現場に「学習する組織」や「システム思考」の考え方を広げる活動をされています。

「もともとは、学校教育にはあまり関心がなかったんです」と話す福谷さんが、システム思考教育家としての活動を決めた背景には、どのような思いがあったのでしょうか?これまでの経緯や現在の仕事内容、これから実現したいことを伺いました。

父親がきっかけとなり『学習する組織』に出会い、センゲ氏を追いかけてアメリカへ

——「学習する組織」や「システム思考」の考え方に興味を持つようになったきっかけを教えてください。

大学時代、サークルの運営で悩んでいた僕に父がある本を渡してくれたことがきっかけです。その本が、ピーター・センゲの著書『学習する組織』の初版の翻訳本である『最強組織の法則』だったんです。

僕の祖父は家具メーカーを立ち上げ、父はその後を継ぎました。若い二代目として会社を継いだ父は、会社を守らなければと朝から晩まで休みなく仕事に打ち込み、製品開発のため工場に泊まり込むこともよくありました。数多くの研修にも参加し、部屋の壁一面には本が並んでいました。経営を学ぶの中で、この本を知ったようです。

もちろん僕は『最強組織の法則』を読んですぐに理解できたわけではなく、「このピーター・センゲという人は、なかなか良いことを書く学者じゃないか」などと、大学生のくせに上から目線で思っていたのですが(笑)。今となっては恐ろしい思い上がりです。

——大学卒業後は、どのようなキャリアを積んだのでしょうか?

新卒で勤めたのは飲食系のベンチャー企業で、経営企画室の財務経理の仕事をしていました。それから2年で退職してイギリスに留学し、ビジネススクールで経営学を学びました。そのときに改めてセンゲの文章を読んで、さらに関心が高まりました。単なる数字の管理や人のコントロールではなく、意志や感情を持った人間を活かす組織のあり方が語られていたからです。

僕がイギリスに渡ってから2,3年が経った2010年、センゲがパリでワークショップを開催すると知りました。その頃は英語にも多少自信がついていたので、迷わず参加しました。そこでとても感動して、「センゲから直接『学習する組織』の概念を学び、これを仕事にしたい」と強く思うようになったんです。

そうなったら、3か月後には渡米していました。なるべくつながりを作りやすいように、ボストンを拠点とするビジネススクールに通いました。卒業後は、大手医療機器メーカーで競合調査や戦略の分析をする仕事に就き、その傍らセンゲが開催するワークショップに繰り返し参加します。その後、念願かなって2012年から3年間SoL(組織学習協会)※のマーケティング分野を手伝わせてもらえることになりました。

※現SoL North America。「学習する組織」の概念や手法を生み出し、発展させてきたグローバル・コミュニティ。創設者であるピーター・センゲがファシリテーターを務めるワークショップを長年実施している。

この期間に年間5回ほど各3-4日のワークショップにアシスタントとして参加しながら、センゲから多くを学びました。その知見は広くて深く、システムの話をしていると、生物学や量子力学、文化人類学の話にまで広がることがよくあります。特定の専門分野だけでなく、統合的な視点で世界を捉えることができる方です。

それ以上に、センゲの人柄が好きで、ファシリテーターとして場に関わる姿勢や、参加者やまわりの人と関わるときの洞察や言葉かけには、今も感銘を受け続けています。僕自身の人生相談に乗ってもらったことも幾度となくあります(笑)。

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センゲの言葉と姪っ子の誕生で、教育に関心を持つ

——本業は、経営やマーケティングの分野でお仕事をされてきたんですね。なぜ教育に関心を持つようになったのでしょうか?

センゲの元でワークショップの手伝いをしていた頃、彼が繰り返し言っていたことがあります。

「今の世界で一番パワフルな組織は、政府でもNGOでもなく企業だ。それは間違いない。そして、もっとも重要なのは学校なんだ。学校とは、社会が自分自身の未来への投資をする場所なんだ」。私達がどんな学校を良いとしているのか?そして、学校でどんな風に子ども達が育っているのか?それが、僕達自身の未来を決めているというのです。

僕は仕事として学校に関わったことはなかったし、学校に対して良い印象も持ってませんでした。当時はセンゲの話を聞いても、「そう言われてもな…」と思うくらいでした。

それから数年経ち、姪っ子が生まれました。自分の命が次世代に繋がっていく感じがしましたし、うにょうにょと手足を動かす様子を見て感動しました。「この子がこれから大きくなっていく過程で、どれだけの時間を学校で過ごすのか?友達とどんな話をするのか?どんな先生に出会うのか?何を良いものとして、何を悪いものとして学んでいくのか?」そんなことを考えました。

教育は、人間に大きなインパクトを与えている。その小さな体を見たときに、これまでになく深くそう感じました。それから、「自分がずっと学んできた『学習する組織』や『システム思考』の考え方を、どうやったら日本の学校で使ってもらえるだろう?」と考えるようになりました。

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ワークショップで出会った先生達に刺激を受け、独立を決意

——どのような経緯で、システム思考教育家として活動するようになったのでしょうか?

イギリスから帰国した後は、チェンジ・エージェントという会社で、企業研修や組織開発のサポートを行いました。「学習する組織」や「システム思考」を日本に広めてきた小田理一郎氏が設立した会社です。

その傍らプライベートの時間を使いながら、一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブ(以下、TI)を通じて知り合った先生達と、『学習する学校』の読書会とワークショップを開催するようになります。TIは、先述の小田さん達が関わって創設された、「先生こそが真に未来をつくることができる」と信じる先生達やそれをサポートする人達のコミュニティです。

TIのデザインチームにいる桑原香苗さんが、TIに参加した先生達を紹介してくれて、読書会を始めることになりました。

読書会の後は対話の時間があるのですが、そこで出会った先生が素晴らしい方達ばかりで、先生へのイメージがアップデートされました。学んだことを学校で実践してその様子を話してくれたり、中にはアメリカで開催されるワークショップにまで来てくれた熱意と行動力のある先生もいました。「こうやって活動していくことで、先生達は関心を持ってくれるんだ」と思いました。その読書会やワークショップは今でも続いています。

活動を続ける中で、「僕は研修がしたいわけではない」という気づきもありました。僕が先生や子ども向けに1回の研修やワークショップをしても、影響力はそこま大きくはありません。先生達が「学習する組織」や「システム思考」のツールを使うことで、初めてそのインパクトが広がると思っています。

「学習する組織」のワークショップに参加してくれた人同士が繋がり、話し合うことで理解が深まっていく。そして、仲良くなった人同士がお互いを支え合う。僕はそんな教員のコミュニティが生まれていって欲しかったんです。

始めから独立を考えていたわけではありませんでしたが、「それなら、自分でやるしかない」と思って動き始め、今の活動に繋がっています。

——仕事内容としては、大きな変化ですね。 独立するにあたり、不安に感じることはありませんでしたか?

実は、今の仕事をする前からずっと「人にかかわる仕事がしたい」と思っていました。ただ、僕が評価されてきたのは、情報収集をして分析し、戦略を立てて資料を作るような、いわゆる“裏方”としての能力でした。自分でもそれが強みだと言い聞かせてきました。

人に関心はあるものの、人前で話すと緊張して汗が出るし、相手に営業して何かを売るなんて、考えただけでも手が震えそうでした。だから、「僕には人と関わる仕事をする資格なんてない」と思い込んでいたんです。

自分で事業を起こす勇気もありませんでした。僕と同じビジョンを持った企業や団体を探して、そこで雇ってもらおうと考えていました。それが、先生達と関わる中で徐々に変化していったんです。

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先生から伝播していくように、学校現場で「学習する組織」の考え方を広げたい

——現在は、どのようなお仕事をされているのでしょうか?

「学習する組織」や「システム思考」についての読書会やワークショップを開催することで、学校や日常生活の中で活かせる考え方を伝えていきたいと思って活動しています。幼稚園児を対象に「システム思考」について学ぶレッスンをしたり、学校に出向いて授業をしたりすることもあります。

子ども達向けに「学習する組織」や「システム思考」を伝えようと思うと、よりわかりやすく噛み砕いて説明する必要があります。僕自身の勉強にもなりますし、子どもと関わることで良い刺激を受けています。

ただ、一番やりたいのは、やはり先生同士が学び合うコミュニティをつくることなんです。子ども向けのワークショップをやる理由は、それがやりたいからではなく僕自身が現場や子ども達のことを少しでも知ることで、先生達に対してもっと有益なことができるようになりたいからです。

「学習する組織」や「システム思考」の考え方を知識として知っているだけではなく、色んなツールを活用することで、学校内の人と人の関わりがより良いものになっていくと良いなと思っています。

僕が教えるというより、いろいろな人を通じて教えてもらってきたことが、僕を媒介として、先生から先生へ、先生から子ども達へ、伝播していくようなイメージです。

——学校の先生としては、「学習する組織」や「システム思考」の考え方を学ぶと、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか?

「システム思考」には、「氷山モデル」という思考ツールがあります。「今起きていることを、目の前にある出来事だけではなくて、その背景にある構造にも目を向ける」という考え方です。

例えば、歴史の授業で先生が大切にしているのは、子どもに出来事と年代を覚えさせることではないはずです。出来事の背景にある社会情勢や当時の人々の思考、自分達に活かせる教訓などを学んでほしいわけですよね。「氷山モデル」は、出来事を引き起こした背景構造を可視化するツールとしても使えると思っています。

また、学校でよく聞くのは、誰も悪意がないのに望まない結果が起きてくる事例です。そうした状況を「ループ図」を使って見てみると、「良かれと思ってやっていることが、結果として良くないことに繋がっていることがある」とわかります。授業だけではなく、部活動の部員同士や先生同士で話し合う場面でも使えると思っています。

システム思考については、「対話と協働を育むための媒介となる考え方」とよく説明しています。探究型やプロジェクト型の学びを実践すると、話し合いの場面が生まれます。その中で、必ず自分の意見と合わない人が出てくるんですよね。

システム思考を使うと、相手の行動を良いとか悪いとか判断する前に、「あなたをそうさせているものは何?」と問うことができます。これは、対話を醸成する土壌になってくれるんです。

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「出来るかどうか」と「やるかどうか」は関係ない。ビジョンに向けて行動する

——「学習する組織」や「システム思考」を学んできた中で、福谷さん自身が変化したことはありますか?

僕自身は生まれ育ってきた中で、「目標を達成できないことは悪いことである。だから達成できる目標を立てるべき」という考え方が染み付いていました。けれど、僕が学習を実践するのであれば、「大切なのは目標を達成できたかどうかではなく、その目標があることで現実にどんな変化が起きるかだ」と思うようになりました。

たとえば、システム思考を日本の学校教育で当たり前のものにしようと死ぬまで活動してみて、結果1000校くらいにしか導入できなかったとします。このときに、目標を達成できたかどうかで判断すれば僕の人生は失敗です。けれど「それによってどれだけの先生や子ども達に影響を与えられたか」という変化で判断すればまったく違う絵が見えてくる。

僕は、学校の中で「学習する組織」や「システム思考」の考え方が取り入れられて、子ども達が意見の違う人と対話することの価値を感じながら成長してほしいと思っています。そんな学校を、自分が生きているうちに見てみたい。特に気候変動や社会課題など、私達の不安を煽る出来事の中で分断が進む社会だからこそ、システム思考の生み出す対話が大切だと思っています。

実現に向けた計画はないし、できるかどうかもわかりません。だけど、「出来るかどうか」と「今、僕がやるかどうか」は、関係がないんです。この10年くらい「学習する組織」に関わる活動をしてきた中で、そんな風に考えるようになりました。今は、自分ができたことやできなかったことに一喜一憂するのではなく、この活動自体も学習のプロセスだと実感しながらやっています。

——福谷さん、どうもありがとうございました。

福谷 彰鴻 (ふくたにあきひろ)
システム思考教育家。米国MBA取得後、ボストンのSoL(組織学習協会)で『学習する組織』著者ピーター・センゲの研修運営をサポート。10年にわたって氏より直接のメンタリングを受けている。現在「学習する組織」や「システム思考」のツールや思想の学校教育への導入を通じ、これからの組織や社会を創造する対話型リーダーの育成を支援。クマヒラセキュリティ財団にて、就学前児童向けシステム思考レッスン、 小学生向け講座を企画・実施。教職員や学校関係者向けワークショップを多数実施するほか、未就学児から大学生まで、子ども達の発達に合わせた普段使いの言葉や事例でシステム思考の学びを支援している。クマヒラセキュリティ財団システム思考教育アドバイザー。SoLジャパン世話人。大阪出身、鎌倉市在住。


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