【「学びを変える」を仕事にする/竹村詠美】 Peatix創業者が考える、教育を変えるためのアイデア(後編)
なかなか変化しない…と言われる教育業界。それは、異業種からの参入が少ないことも要因の1つかもしれません。
全くの異業種から教育業界に飛び込み、これまでになかった新たな風を吹かせているのが、シリアルアントレプレナーの竹村詠美さん。ウェブサービス「Peatix.com」の創業後、現在は「Learn by Creation」など、創造的な学びを日本に広めていくムーブメントづくりを精力的に行っています。
教育業界へと転身したきっかけや、日本の教育現場が抱える課題をどう感じているか。そして、その解決のためにどんなアイデアを考えているのかを聞いていきます。
4.「なんのためにやるのか」が空白になる構造
── 「Learn by Creation」のような外部のイベントでは新しい取り組みを応援してもらえるけれど、学校内だと孤軍奮闘となってしまうことがありますよね。そういう文化を変えるためには、学校という組織のサステナビリティについて考えることが非常に重要だと思っているんです。
ラーンネットをやってきて分かったのは、学校のカルチャーを作るのには10年はかかるんですよ。学校も組織だから、企業と同じように「組織をどう作って文化を創り上げていくか」という視点がすごく重要ですよね。
私も、組織としてのアプローチは本当に難しいなと感じた経験があるんです。以前、都立高校で「Most Likely to Succeed」の上映会があったんです。生徒達と保護者は参加してるんですけど、学内の先生がゼロ。せっかく自分の学校の中でタダで見れる機会があるのに、参加している先生がいなかったんですよ。
逆に外部の先生は10人くらいいて、すごくいびつだなと思いましたね。よほど忙しくなければ、自分の学校で上映会がやっていたら当然参加すると私は思ってたんです。それを見て、先生たちの仲間づくりの難しさをすごく痛感したんですよ。
でもどの学校にも、新しい取組みをしてみたい先生が、個人単位ではいると思うんです。でも、先輩の先生に何か言われても面倒だから、表立って学校の中では行動しない。それが今の日本の現状だと思いますね。
── 外部から参加してた先生達も、自分の学校でやっていたら参加しなかったかもしれないですよね。長いこと教育業界にいて、一時的に話題になっても3年後には変化の芽が潰れてしまっている学校もたくさん見てきました。
理解がある校長先生がいても、その方が数年で異動してしまえば、変化は継続できない。校長も教員もどんどん入れ替わっていく中で、新しい文化を作っていくのは本当に難しいことです。
先輩の圧力も強いですし、変化を嫌う人が足をひっぱる文化になってしまっていますよね。
あと、トップダウンの学校組織のあり方が、先生達の考える力を奪ってるなと思うことがあって。先生方にProject Baced Learning(PBL)の研修をすることがあり、研修中はプロジェクトに対して「なんのためにやるのか」という本質を考えてもらうんです。
先生達は、これが一番難しいっておっしゃるんですよ。「どんなアウトプットをつくる」とか「どういうスキルを獲得させるか」っていうのはいっぱい出てくるんですけど、「なんのためにやるのか」という問いを考える部分に苦戦されている方が多かったです。
── 日本の先生達は、目的を考える機会を与えられたことがないんだと思うんですよね。日本の企業にも多いですが、「どうすればいいんですか」「何をすればいいんですか」と、正解を上に聞くことに慣れてしまっているんです。
日本の教育はトップダウンだから、先生にも生徒にも、自分で考える力が育ちづらい。これからの時代に必要な教育をやっていくためには、今のままだと構造的に無理がありますよね。そこを変えるためには、学校外の先生や関心のある人同士で結束して、仲間を増やしてボトムアップで変えていくしかないと思うんですよ。
誰かが号令をかけて、「何とか先生の新しい教え方がすごいからその先生の教えを真似しましょう!」ということはこれまでもあったと思うんですね。そうじゃなくて、個人の先生がもっと自分自身に力をつけて自信を持つことで、「自分はこうやりたい」とどんどんチャレンジしていける雰囲気にしたいんです。
── そこをなんとか後押ししたいですよね。政治ってやっぱりすごい動きが遅いですから、制度が変わるのを待っていると間に合わない。
僕は最初に民間の力で学校をぐっと変えて、イノベーションしていかないと厳しいなと思いますね。海外に目を向けると、Googleなど大きな企業もかなり学校教育に入ってきている。社会が学校に繋がっていってますよね。それに比べると、日本はまだ全然です。
「Most Likely to Succeed」で取り上げられているHigh Tech Highも、クアルコムのお金でできた学校なんですよ。西海岸はテック業界のお金がすごく学校に還流してるんです。マーク・ザッカーバーグやプリシラ・チャン、もちろんビルゲイツもチャータースクールに出資していますね。Oracleがお金を出して作った「d.tech」という学校もあります。
5. 学校だけでなく、社会が変わる必要がある
── 先生達は、保守的な学校組織にいることでどんどん疲弊していますから、学校の中にいるとどんどん委縮して、考えません、やりませんってなっちゃう。学校以外のところで自分で考えることを勇気づけていく必要があります。できることはなんでしょう。
今一番重要だと考えているのは、個人レベルの教員研修です。組織レベルだとすごく時間がかかってしまうので。先生達を勇気づけられるような教員研修を、企業がサポートしてくれたらすごく大きいと思います。先生1人のマインドが変わると、子ども500人くらいにポジティブな影響がある。
── いいですね。僕ができることは、ラーンネットに先生方に来てもらって、体験してもらうことです。
見たこともない授業を自分で考えろっていうのは、無理がある。僕はたまたまデンマークで経験できたからできているけど、行ってなかったらできなかったと思う。やっぱり、見る、感じる、体験する。そういう形で新しいタイプの教育を知っていただいて、活躍できる人を増やしたいですよね。
イマージョンですよね。今までだと、学校教育が大変な状態になっているのはみんな分かっていても、「学校だけでどうにかしてくれ」という感じで、何もしてこなかった。でも学校だけを変えるのには無理があって、社会全体が変わる必要がある。
小さな実験でも、みんなすごく怖がりますよね。日本全体が、リスクを取ったことへの報酬よりも、取って失敗した時のダメージのほうが大きい社会になってる。だからよっぽど楽しい「ワクワクするからやってみたい」という気持ちになるような仕掛けを作らないといけないわけです。
── テクノロジーやネットワークを使って、そういう動きをアクセラレートさせるようなアイディアってありますか?
動き出した人たちのプロジェクト自体をもっと可視化できるデータベースを作れないかなと考えています。リスクを取って動いている個人が勇気づけられたり、仲間が増やせたり、保護者が子どもにそういう授業を受けさせたいと思えるようなデータベースを作りたいです。
そういうデータベースがあれば、先生達が海外とも繋がりやすくなると思うんです。日本の大学や教育って、海外と遮断されてますよね。「Most Likely to Succeed」も、私が日本に紹介させて頂きましたが、日本の教育学部の先生が持ってきてもおかしくなかったと思うんです。
── 学校って、世の中で起こってることを全然知らないですよね。
自分たちが学校でやっていることが、世界の中でどういう位置づけなのかという認識もほとんどないと思うんです。自分の学校では異端かもしれないけど、海外の先生から凄く参考にしてもらえるとなると、勇気づけられると思うんですよね。
インターネットのおかげで、今は自分のコミュニティを持つ方法が、格段に増えています。どこに住んでいても、オンラインで、東京どころか世界最先端の講座やコミュニティにアクセスして、新しい世界を知ることができますから。
6.フリーランスや保護者は、教育現場で兼業できる
── やっぱり先生やプロジェクトなど、1つ1つの粒にしっかり光が当たること、そしてその粒が1つ1つ増えていくこと。それがすごく大事だよねと、「Q」のスタッフ達とも話してるんですよ。
いま現場では、元気な先生が光が当たる場所へと転職するという動きが起こってきています。私学で新しいことをやろうとしているところに、元気な先生達が集まってきている。
そういう意味では「温め期」というか、先生個人の熱量を増やしつつ、教育について語れる保護者を増やしていくというところが、大事なんじゃないかなと思うんです。今、特に未就学児の保護者に「このままでいいのか」と思ってる人がとても多いです。その人たちの子どもがこれから小学校に上がると、「このままでいいわけがない」と考える保護者が相当増えると思うんです。
学校はその親に応えていかなきゃいけないわけですから、変わらざるを得ない。自分の原体験で考えがちな保護者のマインドを変えるのは一番難しいとは思うんですけど、時代の変化の波で「今までの延長線で考えられない」と考え始めてる人を応援したいですよね。
── イノベーター層、アーリーアダプター層が一定以上に増えれば、他の層もどっと動きますよね。今まさにアーリーアダプターが増えようとしています。ラーンネットにしてもTCSにしても、入学試験を受けてくる人の層が変化しました。潮目が変わっています。
「Most Likely to Succeed」の上映会のあとでも、「プロジェクト的なことを学校でもやってくださるんですか?」と質問してくれる保護者も出てきましたね。保護者たちがそうやって行動し始めれば、少なくとも私学は少し変わり始めますよ。そうすると、公立に入れてる保護者の人たちも「あまりにも差をつけられるのは困る」みたいな話になってくるんじゃないかな。
── 受験が変わったら、まず塾は変わりますね。塾からの問い合わせがうちにも増えてるんですよ。そしたら、学校も変わらざるを得ない。
「Q」では、今生まれつつある教育業界の変化を促して、確実によい方向へと変化させていくためには、教員に限らず「子どもによい影響を与えられる人材」にどんどん教育現場に入ってもらうことが必要だと考えてるんです。
でも教育業界は、事業として成り立たせるのが非常に難しい。教育に関心があっても、収入のことを考えると、なかなか足を踏み出せないという人は多いと思います。そういう状況に対して、何か竹村さんが考えていることはありますか。
クリエイティブ系やファシリテーターの人だとフリーランスでやっている方が多いじゃないですか。そういう意味では、自分のポートフォリオの一部として教育に関わるというのはすごく健全だと思うんですよ。今フリーランスという方には、仕事の幅を広げるという視点で、教育現場に入ってみていただきたいです。
── ラーンネットが新しく設立したラーンネット・エッジというスクールでも、クリエイティブ系の方に週1回ずつ講師に入ってもらっています。他の仕事もしながら学校現場でも働いてもらうというのは、現実的にできることですよね。
先生の世界が学校だけになっちゃったら、経験も知識もどんどん陳腐化していってしまうんですよ。他の世界を持っている人のほうが子どもに面白い話ができる。
半分位をスクールにコミットしてもらって、3分の1から3分の2ぐらいは他の仕事をやるというやり方が、ラーンネットではうまくいってるかな。オランダやデンマークだと、兼業している先生の方がほとんどですよ。
現時点で、それは今すぐにできる一番いいやり方だと私も思っています。視察したアメリカの学校の1つですごく面白いクラスがありました。薬のドクターで、製薬、創薬ができるスキルをもっている保護者の方がクラスをもっていたんです。
「こんなに面白いんだから、高校生もやったらいいんじゃない」って、化学の中で創薬のクラスをつくって、実際に子どもたちが薬を作るカリキュラムになっていて。そのお母さんは、そのタームの間は週1とか週2で学校にきて教える。そのクラスが大人気なのだそうです。
── それはとても面白いですね。
そういう風に、保護者の方や外部の方が、自分の得意分野を授業に反映できるようになるといいと思うんです。学習指導要領の中のどこをそのクラスで学べるのかは、コーディネーター役がブリッジしていけばいい。そこがうまく仕組み化されていくと広がっていくんじゃないかなと思います。
今の教育のあり方が大きく間違っていると分かっていて、でも問題が大きすぎて「自分はどうすればいいんだろう?」と、途方に暮れてる人がすごくたくさんいるのが現状ですよね。そんな中でちょっと実践してみる人が増えていけば、変わっていくと思います。
── そうですね。そうやって今までの学校の枠を超えた、新しい教育のあり方がどんどん広がっていくといいですよね。Qもそのためにもっと多くの人に知ってもらいたいですし、竹村さんもそのために今後も活躍していかれると思っています。 とても楽しい時間でした。
(文:齊藤香恵子、写真:玉利康延、編集:田村真菜)
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