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田部重治(選訳)『ワーズワース詩集』を読む。


国木田独歩に関する評論集を読んでいると、しきりにワーズワースの名前が出てきます。ワーズワースはWordsworthと綴ります。十九世紀初頭に作品を発表したイギリスの詩人です。

不思議なことに、日本では最近自然について語る機会が少なくなっています。日本は自然がこんなに身近にあり、四季の変化を感じることができる最高の環境にあるのに、とてももったいないことです。

新自由主義のような無味乾燥な社会の仕組みを打破することができるのは、この自然の力です。ワーズワースやアメリカ人のソローの本を日本人はもっと読む必要があります。

ワーズワースの自然への接し方はとても雄大です。自然の中の人々を見る目はとても温かです。それは人間も自然の一部だという感覚を強く持っていたからでしょう。例えばこの詩集の最初の詩は「哀れなスーザンの夢想」です。

詩の内容を散文で書いてみます。

ロンドンの街にやってきて苦しい日々を過ごしているスーザン。この街でもう三年過ごしました。故郷に帰りたい思いが募ります。朝早く静けさの中で鳥かごの小鳥がなくそばを通るとき、スーザンは故郷を思い浮かべます。そびえる山、牧場、花々、そして家族……。しかし、すぐにスーザンは現実に引き戻されます。

ワーズワースが二十七歳の時の作品です。散文ではまったく詩の魅力は伝わりませんが、内容の説明を優先させていただきました。実は詩の日本語訳でも原文の雰囲気を伝えることができないことがあります。それは発音です。英文の詩には決まって韻があります。英語ではライム(rhyme)といいます。一般的には詩の文章の最後の発音を揃えることです。同じ音にするのです。その手法はたくさんあるようです。つまり英語の詩は言葉を選ぶ時に全体のリズムはもちろん、この韻を踏むことを考えないといけないのです。ワーズワースの詩の原文を読んでみるととても気持ちが良くなります。残念ながら日本語訳ではこの感覚を伝えることができません。そこで翻訳者が苦労して日本人の馴染んだ五、七音などを利用して訳しているようです。日本語訳のリズムが良いのはこのためです。

少し原文を書いておきますので、雰囲気を味わってください。

Love, now a universal birth,
From heart to heart is stealing,
From earth to man, from man to earth:
--It is the hour of feeling.
愛は今やあまねくみなぎり、
心から心へ、地から人へ
人から地へとひそかに歩む。
いまこそわれらの情けの時。


ワーズワースの詩の中で世界中の人々に愛されている有名な詩があります。YouTubeなどでは英語の朗読がたくさんありますし、各国の言語に訳されています。

「ティンタン寺より数マイル上流にて詠める詩」(Lines Composed a Few Miles above Tintern Abbey)です。

ワーズワースがイギリス南部の廃墟になったティンタン寺院を訪れたときの心の変化が書いてあります。ワーズワースは五年前にもここを訪れました。その時は「恐れるものから逃れるため」でした。昔は無益な焦燥と浮世の激昂がありました。狂気がありました。でも今こうやって再びティンタン寺院を訪れ、自然の中にいるとそのような日々も過ぎ去ってしまったのを感じます。今は素直な気持ちで自然を愛しています。自然は私に落ち着いた喜びを与えてくれます。

欧米では ソローやワーズワース、日本では国木田独歩や徳冨蘆花、佐藤春夫などの本をぜひ手にとっていただきたい。

息苦しい日々を過ごしている人は、ときにはワーズワースの詩集をバックに詰めて自然の中を歩いていただきたい。それだけで心を癒してくれる大きな力を自然から感じることができます。



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