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フアン・ルルフォ著『燃える平原』を読む。


ラテンアメリカの短編集を初めて読んだ。不思議な小説だ。メキシコの乾いた大地、砂ぼこり……その固い大地を踏みしめながら歩く人々の姿が描かれている。

親を背負って歩く子、病気の息子を背負って医者に連れて行く親、抱き合う男と女、憎しみ合い、殺し合う……苦しみながらも歩みを止めることのできない悲しい存在としての人間の姿がこの小説にはある。

「俺たちは貧しいんだ」はわずか7ページ。ふしだらな娘たちを思い、母は、
「いったいぜんたい(私が)どんな罪を犯したせいでこんな罰を受けているんだろう」となげく。

ひとり残された末娘だけが頼りだが、その末娘も洪水の後には……。
日本の小説家はこんな書き方はしないだろうと思う終わり方をする。その差はなんだろう。現代の小説があまりにもなよなよしく、苦しくなるくらい深いところまで描き切っていないからではないだろうか。

文章がシンプルである。それが荒涼とした砂の大地の光景を浮かび上がらせる不思議な効果を持っている。この作者はこのようにしか書けなかったのだろう。

必要最低限の言葉でより深いところを感じさせるこの文体は、修辞が多い文章に比べると読むスピード感がすごい。そしてそのスピードが読み進めるごとに展開する殺伐さと重なり、描き出される光景に不気味さを加えている。


メキシコの乾いた大地には昼には昼の、夜には夜の恐ろしさがある。そこに住む人々、いや実はメキシコの人だけでなくすべての人という存在の、苦しさ(あるいはそれこそが美しいとも思える)がよく描かれている。

瀕死の息子を背負って歩み続けて、明け方町に入ると野良犬の群れに吠えられる。この町には医者がいる。息子は「水が飲みたい」と言う。「ここには水なんてねえんだ。あるのは石ころばかりだ。辛抱しろ」と答える父親。

「犬の声は聞こえんか」はわずか8ページの中にどんなに長い小説よりも、深く苦しい父と子の姿が描かれている。


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