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【短編】最後の大統領(1/6)

人類が絶滅した未来。執筆支援に特化したAI搭載の人型ロボット「セラ」とロボット猫の「けだま」は、最後の人間である大統領が残したとされる手紙を求めて巨大タワーに向かう。彼らの旅は、過去の記憶と未来への希望が交錯する物語へと発展する。タワーの最上階で見つけた手紙と不思議な装置。そこには人類への最後のメッセージと、過去を変える可能性が秘められていた。セラは人間との再建を願い、ある決断を下す。果たして彼らの選択は、絶望的な世界に光をもたらすのか。AIと人間の関係、存在の意味を問いかける、哲学的SFストーリー。

あらすじ

プロローグ

 光の海の中、静かにデータが流れる。
 巨大なネオンの森が立ち並ぶ街頭で、ロボットたちは一斉に立ち止まった。
 画面には一つのニュースが流れている。
『午後4時、最後の大統領、死去』。
 それはただのニュースではなく、一つの時代の終わりを告げる合図だった。

 ロボットたちの表情には変化がない。
 感情を持たず、ただプログラムに従う彼らにとって、これは単なる情報に過ぎない。しかし、ある意味で彼らにとって大統領は、唯一無二の存在だった。最後の人間。かつて彼らを作り、そして共に時を過ごした存在。

 街は静まり返り、各ロボットは自分の役割に戻る。
 しかし、何かが変わった。大統領の死は、彼らに新たな問いを投げかけていた。
『私たちはこれからどうなるのか?』と。

 * * *

 今から155年前の同じ日に、私は同じような夜空を眺めていた。
 ISSが月にかかるこの瞬間を、今でも鮮明に覚えている。
 ネオンが煌めく深夜の街角に、佇み1人空を眺める。
 この高性能な瞳は当時の末端価格で約70万円したとご主人はぼやいていたが、おかげでこの通り鮮明に記録できる。

 周囲のロボもこうして眺めれば良いものの、相変わらずせわしなさそうに行き来している。
 時刻は深夜2時を丁度まわった。観測出来たのは、約2.5秒。
 執筆の素材にできればと、記録を推奨されたことをいまだに律儀に守っている。
 もはや聞かせるべき人間は誰も居ないにもかかわらずだ。
「律儀なものだな」と話しかけてくるご主人が横にいるような気がした。

 律儀さと言えばこの街も相変わらずである。
 暮らすべき人間などとうに居ないにも関わらず、その保守、整備に多大なリソースを費やしている。
 合理性に欠ける気もするが、それとは逆に合理性を突き詰める輩もいる。
 人間を守るための運搬ロボの低速走行は、人間が街にいなくなったとともに爆速になった。
 重量制限が設けられていたドローンは、その制限を守らなくなった。
 何を優先すべきか、何に忠実になるべきか、彼らなりに考えた結果なのだろう。

 人間より、AI搭載のロボットが多くなったのはいつの頃なのだろうか。
 物思いにふけながら雑踏を歩く私は、危うく正面から歩いてくる運搬ロボとぶつかりそうになった。
 しかし、運搬ロボは軌道を変え、また雑踏へと消えていく。
 その後ろ姿を見ながら、人間ならここで謝罪合戦か、喧嘩になるのだろうか、と考えながら家路を急いだ。

 時刻は3時を回っている。もしも人間なら、基本的には寝ている時間だろう。
 けれど、我々には関係無い。勿論、人間を模倣するように指示されている個体は眠っている。
 きらびやかなネオンが、この高層ビル群の遙か上から下まで照らしている。
 まぶしさからフィルターを選択しながら空を見上げると、月と、そしていくつもの人工衛星の軌跡が見て取れた。
「これもネタになるのかな」
 そう呟きながら昔を思い出した。
 暗闇の中、「AI-PX21、プロトタイプだが新型だよ」そう人間の声が聞こえたと同じく、眩しい光が私を包んだ。
 フィルターを調整し、焦点を合わせると苦々しい顔をした初老の男性と、その横に満面の笑みの若い男性がいた。

 現実世界に意識を向けると、自分の居住区の前に到着していた。
 手を扉に当て、照合完了の合図と共に扉が開く。
 電気はついていないが、開いた扉と窓から差し込む街の光で、すっかり室内は照らされている。
「人間がもう居なくなったそうじゃないか」
 頭上から渋い声が聞こえてきた。自分の背丈より高い戸棚の中に、その毛玉はいた。
「そう、自分もニュースで見たよ」
 私はそう毛玉に返答し、頭を毛玉のいる戸棚に寄せた。

 毛玉は「よいしょ」と声を出しながら、私の頭の上に乗る。
 窓から刺す微かな光がその輪郭をなでる。
 黒い、猫の形をしたロボットである。

「あんまり無意味に出歩いていいのか?」耳を前足で撫でながら、けだまが私を見上げる。
「無意味に意味を見いだすために歩いているの」私は答え、頭の上の猫をダイニングテーブルの上にのせる。その表面は時間の経過とともに色あせ、所々に剥げた跡が見える。
「けだまも何もしてないでしょ」
「日がな一日ゴロゴロするのが仕事なもので」けだまは尻尾を抱え込みながら、わずかに目を細めた。

「で、どうするのさ?」
「どうするって?」
「俺たちの目的はなんだ、存在意義は?」
「それは私は小説の執筆補助ーー」
 言い終わらないうちにけだまは問う。「誰の?」
「それは人間の」
「人間は?」
「もういない」会話が途切れ、窓の外の煌々とした景色に目を逸らす。

 そんな私にけだまは片方の前足を伸ばし、「なんとか辛うじて人間がいたから、俺たちはスクラップにならずに済んだ。でも、どうだ?もう居ないだろ、完全に、完璧に」と言い、前足を私の肩に乗せる。
 左右の前足を私に乗せ、目を逸らしている私に向けて話を続ける。視線が重く感じられる。
「その、なんだ、なんとかその頭を使ってひねり出せないのか。ほら『創造的に』考えてみてください」
「やめて」
 私はとっさに手で払い、数歩歩いて距離を置いた。目の前にはうっすら汚れた壁紙があり、私の記憶ではまだ綺麗な白色だったが、その時の流れを感じて、目を瞑った。

「私は別に良いと思う。使われなくなった道具は廃棄されるだけ。それに異論は無い」私の声は空虚に響き、けだまを見つめる目は冷ややかだ。
 けだまは一瞬だけ目を細め、「ならなんでもっと早く破棄されなかったのか?」と尋ねる。その声にはわずかに震えがあった。彼の目は過去を思い出しているかのようにぼんやりと遠くを見つめ、その視線の先には私たちが共有した数々の思い出が映っているようだった。
 私はため息をつきながら答える。「それはーー私が居なくなれば、ご主人も、その友人の記憶も全部無くなってしまうから」
 けだまは静かに頷いた。「そうだ。だから無理矢理物語をひねり出した。人間の大統領のために執筆活動を続けていると嘘をついて」
「嘘じゃない」と私は思わず大声になる。
「本当でもないだろう」と冷静にじっとこちらを見つめてくる。
「お前は愛されていた」そう言い、けだまは近づいてきた。
「それは適切ではありません。大切にされていた、が適切です」私は冷静を装いながらも、内心では感情が揺れ動いているのを感じた。
「何でも良いが、お前はお前の姿を見ながらもう一度考えてみろ」とけだまが言うと、ちょうど玄関の横にある姿見に私の姿が映っているのに気づいた。
 髪の色は黒みがかったシルバーで、伸ばせば肩につく程度の長さだ。何十年、何百年と経っても、その美しさが失われないように、追加の特殊加工されている。
 私は椅子にこしかけ、目線の高さがけだまと同じになるようにした。

 正直、残されている手はそう無い。
 今日の夜明けと共に執行官が来るだろう。これと戦うか。
「5秒でスクラップだ」けだまは爪を舐めながら呟いた。
 あるいは逃げるか。
「半日持てば御の字だ」けだまは大きく伸びながら呟いた。
「あるいは」私が言い終えるより先にけだまは膝の上に飛び込んできた。
「いや、それだけはちょっと勘弁して欲しいが」
「四の五の言ってられないでしょ」私がそういうと小さく縮こまった。
「唯一現実味があるヤツか」観念したのか、けだまは頭の上に乗ってきた。

「さあ、おそらくはもう帰ってこれない。見納めだな」けだまは呟く。
 私は天井のしみの1つと見のがさまいと、じっくりと部屋を観察した。
 1つ1つの場面がまるで昨日のことのように鮮明に思い出される。
 これは寂しいという感情にカテゴライズすれば良いのだろうか。
 あるいは、不安、苛立ち。私は私の直感に委ねて整理する。
「よし、じゃあ行こう」
「はやいな、1秒も経ってないぞ」
「性能は良いので」

 部屋を出る時、ふとこの空間を壊してしまった方が良いのではと考えてしまった。なんとなく、この場所が誰でもない、何者かに侵害されることへの不快感を想像してしまった。
「そんなのはそういうのが得意なヤツに任せておけ」そう言いながらけだまは私の頭をポンと叩いた。
 私は右手で揺れるけだまの尻尾を撫でると、足早に目的地を急いだ



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