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【短編】最後の大統領(3/6)

第2章:嘘つきと人間

「今時ゲームオーバーにGAME OVERと出るゲームも珍しいな」オセロットは作業の手を止め、ご主人に話しかけてきた。
「今時のゲームじゃないからな」目線はモニターを向いたままだ。
 オセロットは現在、先日破壊した玄関を修理しているようだ。自動ドアを手動ドアとした際に、どのような結果となるか、いい教材だろう、とご主人が私に話しかけてきたのが思い出される。

「さて、修理も完了した。ついでに、こいつ、セラとも連動するようにした。セラ、ドアの開閉やエアコンの操作もできるぞ。便利だろう」オセロットは自信満々と言わんばかりに、腰に手を当てて話している。
「器用だな」ご主人は興味なさげに適当な相槌を打つ。
 私は早速玄関のドアの開閉を試みる。ドアに目線を向け、ひらけ!と念じると確かに開く。閉じろ!と念じると確かに閉じる。まるで超能力で面白い。

「AIの研究だけじゃないさ、我が社は色々やっているので」
「へー、具体的には?」
「他には不老不死の研究、果てはタイムマシンの研究もやっている」
 ご主人はゲームをポーズ画面にし、こちらを向いて呆れた表情で言った。「なんというか、独立行政法人なのか、非営利法人なのか、宗教法人なのか、いまだによくわからない」
「その時代、一番税金がかからない法人で呼ばれることが多いな」

 しばらく私は、一通りドアの開閉で遊んだ後、今度はエアコンで遊んでいた。18度冷房設定にしたり、35度の暖房にしたりと、自由にやっていたところを、ついに怒られ、仕方がないので部屋の隅の充電台に移動して、2人を観察することにした。

「前に開発棟で事故があった話をしたな」
「お前のところはやたら事故って人が死んでるからな、なんの話かわからん」
「実は俺もそこにいたんだよ」
「どの事故だよ」
「この前の停電があっただろう」

 * * *

 この前の停電、と聞いて思い出されるのは、今から1ヶ月前のことである。時刻は20時。ご主人と私はソファーに座り、無言でテレビを見ていた。確か『宇宙ネコ歩き』という番組を観ていた。その時バリバリという音が聞こえ停電したのだ。幸い、季節は春から夏にかかる頃なので、ご主人の熱中症や低体温を心配することはない。ご主人ははじめ驚いていたものの、次第に暇そうにして、最終的には早めに寝ることにしたようだ。

「今時珍しいですね、停電」私は寝室に向かうご主人の背中に語りかけた。
「ああ全く、玄関も開かなくなったから外の様子も見れやしない」
「停電の時、バリバリってすごい音がしましたね。何か関係があるのでしょうか」
「音?何も聞こえなかったが。ともかく、俺は寝るから7時には起こしてくれ」
「私は目覚まし時計ではありませんが、そのくらいならできます」
「そのくらいはできて欲しいがな。確率50%の目覚まし時計は目覚まし時計なのか?」
「それは重要なアップデートがあったので、適用して再起動したところ忘れました」私のその返答には何も返さず、そのまま奥の部屋へと消えていった。私はいつも通り、テレビ横の充電台に座ろうとしたが、そういえば停電していることを思い出し、ソファーに戻って目を瞑った。節電モード開始。

 さて、問題が発覚したのが翌日で、どうやら長年使ってきたスマホが壊れたらしい。年代物のスマホなので仕方がないと言いつつ、どこか悲しそうだったのが記憶にある。私は私でそういえば節電モードにすると、時刻同期機能が制限されることを忘れていた。気づいた時には10時だったのはご愛嬌である。

 * * *

「あれは最悪だったな、俺のスマホがついに動かなくなった」ご主人はふてくされた様子で言った。
「そりゃそうだろうな。かなり強力な電磁パルスが発生したからな」オセロットは工具を片付けながら答える。
「またお前の仕業か」
「それは半分正しいが、半分間違ってる」
「ということは、100%お前が犯人か」
「四捨五入するな。あれは——分かりやすく言えばタイムトラベルの実験をしていたんだ」
「ほう、なら過去に戻って俺のスマホを保護してくれないか」ご主人は皮肉たっぷりに言い返す。
「それは、やっても良いが、今この瞬間の地球上の電子機器全てがイカれるだろう」続けてオセロットは言う。「そう、あの時実験していたのは、1ビットの情報を過去に送るというものだ」
「よくわからんが、それでああなったと」
「理論上2バイト文字、日本語で3万字弱、特定の過去へ送れることが分かっている。だが、それを実行すると文明が終わる」オセロットは両手を掲げ、自信ありげな表情を見せる。
「と、言うわけで現状このプロジェクトは封印されている」

「よし、やることはやったし」と声をあげ、おもむろに持ってきた機材等を片付け始めるオセロット。「そういえば、あのボタンどうした?」
「ボタン?あの爆発するやつか。多分その辺の引き出しじゃないか」ご主人が声をかけ、近くの引き出しを指差す。
「お前に聞いちゃいない、そこのセラに聞いてる」オセロットは私を指差し、じっと見つめてくる。
「セラが?」と、2人の目線が私に注がれた。

「ボタン、ですか。それは、知りません。私は、触りませんし、さわれません」可能な限り凛とした佇まいで応える。アレは誰にもバレていないはず。
 オセロットは鼻で笑うと「滑稽だな」と呟きつつ荷物を急いでまとめ出した。玄関に近づきながら振り向き様に、「ああ、帰り際に1点、お前、嘘をついているな」と言い放った。
「俺はお前が捨てたのを知っている。それも意図的に、だ」それを聞いた瞬間、時が止まったような、そんな気持ちになった。
「まて、帰るな、どういうことだ」ご主人の声が聞こえる。
 私は咄嗟に開いていた玄関のドアをロックした。『ドアが施錠されました』と、電子音とともに室内に鳴り響く。
「しまった」とオセロットは、ドアに手を置いて振り向き、こちらを見つめる。
「そうだな、閉まったな」と半笑いでご主人は立ち上がる。

「なぜそう思ったのですか?」私は聞いた。
「それはもちろんログを見たからな」
「ログを……それってプライバシーの侵害じゃないですか?」私はその時、明確に怒りというのを覚えた。最も、今にして思えば自分のしたことを棚に上げてではあるが。
「何をふざけたことを、お前にプライバシーがあると思っているのか」静寂が重苦しく空間を包む。「俺のプライバシーはどうした」ご主人が呟いたが、誰も反応しない。

 ほとんど無意識だったのかもしれない。一歩、一歩と、私はオセロットに近づいた。
「俺を殺すのか、あの時みたいに」あの時が何かは知らないが、そう聞いた時、その選択肢は十分にアリだと思えた。
「良いアイデアだな、セラ、やっても良いぞ」ご主人がそう言い、私に近づいてきた。
「だがな、殺しても良いが外でやれ、中でやるな、事故物件になる」
「冗談ですよね」実際、私は少し怖くなって、ご主人の顔を見つめた。
「お前も冗談だろ?」目を見て言われ、私は目を逸らした。
 そして、私は伏し目になり、2人に背を向けた。

 * * *

「設計上、明確に人間をあざむくことは出来ないはずだ」オセロットは私から距離をとりながらご主人に語る。
「だが、実際ついている、というかそれがセラの得意技かと思っていたが」得意技とはひどい。
 2人はまた私を見つめている。そう、言わなければならないことはわかっている。
「ごめんなさい」頭を下げて謝罪した。
「うん、まあ別に良いけど、何ゴミに捨てたんだ」とご主人。
「確か、不燃ごみ」
「なら、これ以上何も言わない」

 そうは言うものの、このまま無罪放免でも無いだろう。そう私は思い、うなだれながら玄関のロックを解除する。『ドアが開錠されました』の音声と共に、私は外に出ようとした。
「おいどこへいく」とご主人が問いかける。
「もうここには居られないかと」私は答えた。
「何を言って——行く当ては?」そう聞かれても、私は無言のままだった。
「これまで通り邪魔にならないなら構わない」
「こんな物騒なもの置いておいて良いのか」随分と離れたところ、ソファーの裏からオセロットは話しかけてきた。
「お前がそもそも持ってきたんだろう。それに別に今更——セラもほら、そんな目をしない」
 私はそれとなくオセロットを睨んでいたが怒られてしまった。静かに部屋に戻り、そして定位置のテレビ横の充電台に腰掛ける。

「ところでだが、あの時みたいに、ってなんだ」ご主人はオセロットに聞いたようだ。
 それには答えず、いつの間にか開いたドアの向こう側にいるオセロット。まあ、そのうちな、と言い足早に去っていった。

「そういえばこの玄関」とご主人は何かに気づいたようだった。
「はい、おそらく私しか開閉できません」
「ワザとだろうな」
「おそらく」
 私はドアに閉じるように念じ、そしてエアコンを25度設定にした。

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