見出し画像

[Spanx]対面で売ってみる

プロダクトのブログなのに記念すべき1回目のエントリーは営業についてです。私はお客さんに直接プロダクトを売る、中でも対面で売ってみるのは、プロダクトの価値を固める上でも最初の売上を立てるためにも一番の王道ではないかと思います。物理的な商品だけでなくて、オンラインのサービスでもビジネス向けの商品でもそれは真実だと思います。さっそく、対面営業でプロダクトが立ち上がった例を見ていきましょう。

$5000の貯金から$1 billion(1000億円強)の事業に

Spanxというブランドをご存知ですか?女性向けのレギンスのようなインナーのブランドです(今は男性向けも出してます)。体のラインが出るような服の下にはくとしわがなくなってきれいに見えます。こんな感じ:

画像1

Spanxの創業者Sara Blakelyは1998年に$5000の貯金でもってSpanxを創業し、一回も外部資金調達をすることなく時価総額$1 billion(1000億円相当)以上の会社に育てました。2012年には女性で最も若い自身で財を築いた女性ビリオネアに選ばれています。(ちなみに2020年時点で一番若いビリオネアは21歳の女の子です。その話はまた別のエントリーで。。)

突進営業から始まったSpanx

Sara BlakelyはSpanxを創業する前、7年間、FAX機の訪問販売をしていました。1990年代後半に一軒一軒家なりオフィスを回ってFAX機を売るわけですから、かなりガチの営業です。Spanxを始めてから最初の2年間はFAX機営業を続けながら、夜・週末に特許を取ったり、Spanxのプロトタイプ、デザイン、工場探し、量産などをしていました。そして、Spanxの最初のプロダクトが完成し、を売り始めてから2年間は、文字通り彼女自身がSpanxを置いてくれたデパートで毎日対面でSpanxを売っていました。

Spanxの創業ストーリーはまさに「突進営業」満載です。まだEコマースが盛んになる前の創業、物理的なモノを売るためには店に置いてもらわないといけません。ファッション業界の経験もコネもなかったSaraは、持ち前の営業力でコールドコールで高級デパートNeiman Marcusのバイヤーとのミーティングを取り付けます。ミーティングを取り付けたもののなんの売上実績も創業者個人としての信用もなく、取り合ってもらえません。もうこのままミーティングが終わるかという矢先に、Saraは無理やりバイヤーを女性トイレに連れて行って、目の前でSpanxに着替えて、履く前と履いた後のインパクトを見せ、彼女を説得します。すごい営業力です。そして土壇場で説得されたバイヤーはNeimanの7店舗に置くことを約束します。

ヒットは勝手に生まれるものではなく、作るもの

7店舗のトライアルで売上結果を出さなければ次のオーダーはありません。Saraはなにがなんでも売上を作ると心に決め、それから12ヶ月間、ありとあらゆる手段を使って売上を作ります

まず、デパートに毎日立ちました。通りゆくお客さんに対面で売ったのです。Spanxは一見するとよくあるストッキング・レギンスのようなものです。正直なにをしてくれるのかよくわかりません。彼女は上記の写真にあるような「ビフォー・アフター」のポスターを作って勝手にデパートの棚の隣に展示。通りゆくデパートのお客さんを呼び止めて対面で価値を説明して売ったのです。

それだけではありません。サクラのお客さんも使いました。ありとあらゆる友人に「このNeimanの店舗でSpanxを買って。あとで小切手送るから。」と連絡し、サクラとして買ってもらいました。Neimanに「この商品売れてる」という印象を残すためです。更には「昼休みにちょっとでいいから、Neimanの私の販売棚のところに立って興味深そうに話しかけて。いるだけでいいから。」と友人を説得し、お客さんの列のサクラも入れました。更に自分の棚の立地が悪い、あまりお客さんが通らないということで、こっそり棚をレジの前まで移動して売っていたこともありました。もはや販売規定違反ギリギリです。

のちのインタビューで「もしも売れなかったらどうしよう、という不安はなかったか」と聞かれた時、彼女は「売れない、という不安はなかった。私がありとあらゆる手を使って売るものだと決めていたから、売れないという結果には絶対にならなかったの。」と説明しています。

プロダクトは勝手に売れるものではなく、売るものなのです。

こうやって猪突猛進した営業は実を結び、創業1年目で$1 million(1億円)以上の売上をあげます。そして、2年目にはオプラウィンフリーのショー(アメリカ版「徹子の部屋」なみに大人気の番組です)でオプラのお気に入り商品として紹介され、知名度を一気に上げ、10年後には数百億円の売上をあげるブランドまで育て上げます。

なぜ1998年創業でEコマースで売らなかったのか?:  ま、正確にいえば1998年時点でEコマースという道もすでにあったわけで、Eコマース市場全体としても路面店より伸び率も大きかったと思います。でも、当時のSaraにはなじみがなかったし、得意な分野でもなかったのでしょう。世の中の大きなトレンドをとらえ、その波に乗るのも大切ですが、それよりも更に大切なのは自分の得意な領域で勝負することです。世の中でなにが流行っていようと自分が得意な領域でなければ人を雇うまではうまくできません。Saraの得意な領域は営業です。なので営業でバイヤーを説得し、対面営業で商品を売ったのです。
なぜ一人で立ち上げたのか?: SaraがSpanxを初めてオプラのショーに出る頃までの2-3年間は、なにからなにまですべて一人でやっていました。決して得意ではなかった特許申請、デザイン、量産、オペレーション、すべてです。トークショーで「あまりに苦手すぎて注文書類のための文房具を買っていて店で泣き崩れたこともある」と言っています。でも、そんな困難があっても、プロダクトのコアが完成するまでは創業者たちだけでなんでもやるほうがうまくいきます。社内の新規事業の場合は、できるだけ少ない人数でなんでもやるほうがうまくいきます。人が増えれば増えるほどコミュニケーションコストも増え、プロダクトがぶれるのと、人が多いとチームの運営だけでもコストになって「進んでる感」「やってる感」がでてしまうからです。人が少なく、物理的にすべてできない状態に追い込まれると人は自ずと自分の得意な領域で本当にやらなければいけないことに絞ってやるようになります。それが本当にヒットするプロダクトを世の中に生み出す源泉力になります。また、彼女は黎明期はアイディアを誰かに話したら彼女を思って「それはやめたほうがいい」と止める人がたくさん出てきて自分がやめてしまいそうになるのが怖かったから誰にもアイディアを話さなかった、とも話しています。創業期はとても孤独なので私は1人ではなく2人以上で始めたほうが良いと私は思っていますが、「そんなのうまくいかないよ」という外野の声を減らすためにも関係者は少ないほうが良いと思います。

商品の価値を一言で言い切らなければいけない対面販売

自分の経験から言っても対面販売が良いと思うのは、対面でモノを売るためには一言で「なぜこの商品を買うべきか」を説得しきらないといけないからです。

一言で価値を説明するためには、プロダクトの価値がはっきりしていないといけません。営業の大原則として、売っているのは「モノ」ではなく、「お客さんの困っている問題を解決する策」です。良いプロダクトは、営業が売ってくれなくても、お客さんの困っている問題をずばり解決してくれるモノでなければいけません。プロダクト開発をしているとついついいろいろな機能を足したくなったり、技術的な制約にとらわれたり、競合と見比べたりしがちです。が、プロダクトを作っている人が対面で自分の作っているものを売ろうとすると「プロダクトの価値を一言で説明しきって相手をお財布を開けさせないといけない」事態に追い込まれます。それは素晴らしいプレッシャーです。開発者も一言でプロダクトの製品を説明できないなら、それはプロダクトとして改善が必要な可能性があります。

一方で素晴らしいプロダクトであっても、「その価値を伝える」行為はそれ自体がとてもむずかしいことです。まさにマーケティングのコアとは、ものの価値を一言でずばり伝えることではないでしょうか。最終的には営業がいなくてもプロダクトを見ただけでその価値がずばり伝わる状態になることがプロダクト開発の理想です。(少なくともプロダクトの人間としてはそれが一番のゴールです。)が、始めからそんなクリアなプロダクト・一言で伝えきるメッセージングに至ることはほとんどありません。対面営業には、プロダクトのコア価値・メッセージングがはっきりするまで、一番速くテストを回せて、何百回でも何万回でも修正し続けることができるというメリットがあります。

ここまでガチ・営業でなくても、良いヒット商品の立ち上げストーリーを聞いていると、対面でユーザーに対峙し、売っていった(もしくはユーザーを増やしていった)話は本当によく出てきます。Spanxも世に知れ渡ったのはおそらくオプラのショーがきっかけだと思いますが(PRはB2C型のプロダクトにとっては本当に重要だと思っているので別エントリーで書きたいと思っていますが)、その前にはなにがなんでも売る、という対面営業の歴史があったこと、そしてそれはおそらく非常に多くのヒット商品に共通するストーリーであることはあまり強調されていないように感じます。

で、具体的にいつ、どうやって対面で売ればいいのか?: プロトタイプができた時点で売り始めてみるのが良いと個人的には思っています。私はかつて、上場企業の新規事業立ち上げのアイディアを考えていた時に、自宅の前で折りたたみテーブルを広げて、そこに野菜を置いて野菜を売ったことがあります。上場企業なのに自宅でテーブル販売!販売許可も取らずに買ってきた野菜を販売!とドッキリいっぱいでしたが、そこでお客さんの喜ぶ顔を見れたこと、数日のうちにリピート客がついたことが確認できたことが、その後のプロダクト化の大きな原動力になりました。ちなみにそのテーブル販売は2-3週間のうちに地元の警察が来て閉じることになりました。それもドキドキでしたが、とても親切に「ちょっと住宅コード上、無理だから。」と遠慮がちに言われてとても丁寧な対応でした。近所の人達もとても親切でした(むしろたくさん感謝されました)。最悪のリスクや恥はそれぐらいのものなんだと学びました。他人には自宅の前で野菜を売ることは勧めませんが、多少恥を書いてでも、街で売ってみる、フリーマーケットのようなところで売ってみる、会社に飛び込み営業に行って売ってみる、友達経由で売ってみる、などなど、様々な手段で売ってみるのは得るものしかない、学びしかない経験だと思います。

良いプロダクトは勝手に売れるものではなく、はじめは努力して売るものなのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?