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[Earnin・「mt」]売ってもいないのに「売れた」出来事をヒントにする

新しいプロダクトを世に出したい。自社技術をほかの分野に応用したい。けれども、なかなかもって良いアイディアがない。技術のネタはあっても対象となる顧客もニーズもよくわからない。そういうことは意外と頻繁にあるのではないでしょうか。技術的に専門性が高い分野であればあるほど技術が先にあってニーズが後から見つかることのほうが多いと思います。

でもそのニーズはどのように探せばいいのでしょうか?今日は超短期ローンを提供するEarninというアプリを通じて一つのやり方を紹介したいと思います。

Earnin:「利子をとらない」新しい給料日前ローン

Earninは給料日前に資金繰りが難しくなった、数日から数週間だけお金を借りたい、という人のための新しいローンを提供するアプリです。

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アメリカでは、貯金が全くなく、給料日ごとに入ってくるお金をつないで生活している人がたくさんいます。(2017年の調査では78%ものアメリカ人がそのような生活をしているという結果が出ています。)そのためペイデーローンと呼ばれる高利子貸付業者が蔓延し、一部の地域ではその利子の高さから社会問題になっています。

Earninは一般のローン会社とはいろいろな点で一線を画しています。まず、利子を取りません。代わりにお金を返済する時にチップを上乗せすることができます(アメリカではレストランでの食事を始め、チップを日常的に払う文化があります)。また与信の審査のやり方が一般的なローン会社とは大きく異なります。一般的にアメリカではクレジットスコアと呼ばれる過去のクレジットカードの返済履歴などに基づいて計算された信用スコアによって与信を決めますが、Earninは、銀行のトランザクション履歴をユーザーからもらい、加えて特定の会社から安定的な収入を銀行振込でもらっているという証明をもらうことで、ユーザーの信用レベルを割り出し、貸付額を決めています。そして、オンライン銀行口座と直接つなぐことで、給料が支払われた日には、返済額(元本のみ)が自動的に引き落とされます。

創業5年でユーザーは百万人を超え(ダウンロード数は1000万件)、類似競合サービスも出てきてペイデーローンに変わる一大勢力になっています。

与信審査は金融データのオンライン化で大変革期にある: 余談ですが、Earninに限らず、伝統的な与信審査は銀行やクレジットカードの履歴がどんどんオンライン化され、ビックデータ分析が進んだことで大きな変革期の真っ只中にあります。いままでのように「期限内にきちっと借りたお金を返したか」といった単一的な指標ではなく、銀行の増減・給料入金のパターンやほかの行動データからより精度高く、ユーザーに負担がない形で、返済能力が測れるようになるからです。すでにモバイルペイメントが進んでいるアフリカでは、モバイルを通じた光熱費などの支払い履歴から信用度を判断し、モバイルで1分自動審査をしてローンを貸し付けるタイプのアプリが大きくユーザーを伸ばし、400-500万人のユーザーを抱えるまでになっています。アメリカ発だとTalaやBranchが有名です。この波は遅かれ早かれ日本にも来ると思います。

一回の善意のつもりがニーズが大きすぎてプロダクトになったEarnin

Earninの創業者のRam Palaniappanはもともと金融業界でスタートアップをやっていた人でした。ある日、従業員が給料を前貸ししてもらえないかと相談しにきました。一週間後に給料日だということがわかっていたRamは給料を前貸しします。1週間後、その従業員は深く感謝しながら全額を返済しました。Ramが給料の前貸しをしてくれるらしいという話はほかの人にも広まり、しまいには社外からも給料の前貸しの相談を受けるようになります。個人の善意でインフォーマルにやる領域を超え始めたことからプロダクト化することを考え始めたそうです。

1.自社(自分)で売ってもいないのに、依頼が来た・売れた(=確実に一人は本物のニーズを持っている)

2.依頼を満たしたらもっと依頼がやってきた(=ほかにも欲しい人がいる。ほかの人にも伝えたいくらいの拡散力がある)

という2ステップを経てから商品化について考え始めた、ということです。もし身の回りで同じように繰り返し依頼されているようなことがあったら、それは「ここほれワンワン」のシグナルではないでしょうか?

また、始めはプロダクトありきではなく、困っている人を一番助けるためにはどうすれば良いだろうと考えて動いた(いわばコンシェルジェ)ので、最もユーザーのニーズにフィットした解にたどり着けたというのも注目すべき点です。Earninの場合、給料の前貸しをしたい人は一般的に与信が低い人達です。通常のローン会社の枠組みで考えた場合、最もお金を返してくれる可能性が低い層で、「彼らを信用して利子をとらずにチップに頼る」というビジネスモデルにはとてもコミットできなかったでしょう。でも、Earninは原体験として「自分の従業員に限らず、その知り合いの知り合いの社外の人までもしっかり返済してくれるし、チップも絶対払ってくれそう」という肌感覚があったのでコミットできたのでしょう。また、自分がどうやってお金を貸し返済してもらったかというユーザー体験をなぞることで、「給料振込みと同じ銀行口座と紐付け、銀行振込でお金を貸し付け、銀行自動引き落としで返済させる」というプロダクトのフローが生まれたのでしょう。

Earninは急速にユーザーが拡大したこともあって、「チップというと聞こえはいいけど、年率の利息になおしたら、すごい高金利のビジネスじゃないか。」という批判もでています。(例えば$100をEarninから借りて1週間後の給料日に$1のチップを払って返したらそれは年率52%の金利に相当します。)それでも既存のペイデイローンや銀行のオーバードラフト費の制度(預金以上の引き出し依頼があると、銀行残高がマイナスになって、$25ー$35の手数料をとられる)と比べると顧客体験は雲泥の差で、それはアプリユーザーの圧倒的に感謝であふれたレビューにも表れています。

売ってもいない商品の「ファン」からの問い合わせがきっかけで生まれた「mt」(マスキングテープ)

最後に「売ってもいないのに売れた、ファンまでついた」ことがきっかけで生まれたヒット商品の例としてカモ井加工紙の「mt」というブランドを紹介させてください。詳しい誕生秘話はこの記事で:

mtは文房具用マスキングテープのブランドです。作っているのは岡山県倉敷市にある1923年創業のカモ井加工紙です。ハエ取り紙から創業し、工業用のマスキングテープを作っている会社でした。そんな会社に2006年のある日、女性三人組が工場見学をしたいと問い合わせをしてきました。曰く「マスキングテープのファンなのでぜひ作っているところを見せてほしい」と。よくよく聞いてみると、工業用としてではなく装飾素材として使っていることが判明。まさに売ってもいないのに商品が別の用途に使われ、ファンまでついていた、ということが判明したのです。

こんな新鮮な使い方があったんだと驚かされたカモ井加工紙は工場見学を受け入れることを決め、その女性の要望・意見を積極的に、「商売ではなく、ファンの方の熱意に応えたいという思い」で商品開発を進めました。そして出来上がった20色の商品を展示会に出したらすぐにバイヤーさんの引きがあり(=依頼を満たしてみたらもっと引き合いがきた)、一気に全国に広まったとのこと。

「mt」のウェブサイトを見ていただければわかりますが、「mt」はそのブランド発信力も商品ラインアップ(やそのコラボ相手の詳細)も、売り方も到底創業90年の工業用品を作っていた会社が運営しているとは思えないクオリティです。

工場見学の様子: 

展示会の様子:

あなたの周りでも、特に売りこもうともしていないのに、頼み事をされたことはありませんか?それは次の大ヒット商品のタネかもしれません(ただし、はじめから商売ありきで依頼に応えないこと)。

売ってもいないのに「売れた」ものはあなたが得意で世の中にニーズがあるものです。

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