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観客に驚きを与える稀代の名監督城定秀夫「アルプススタンドのはしの方」で書く私的城定秀夫論

基本的に映画好きは孤独なものだと思ってる。城定秀夫の映画なんかはつい最近までシネロマン池袋や上野オークラまで観に行って、SNSの「はしの方」で1人で「凄い」と言っていた。山戸結希、真利子哲也を劇場公開デビュー作から観て「天才、日本映画を変える存在になる」と言ってきて、もう1人が城定秀夫で、やっと全国80館(らしい)で公開されるまでに来た。昨日、先輩や友人と4人で観てきた。

そういえば思い出した。私は城定秀夫の成人映画を観るためだけに成人映画館に通っていたが、「恋の豚」(成人映画版は何か違う長いタイトルだった)を観に上野オークラまで言った時に酔っ払ってると思しき老人男性が冒頭で突然「何だ、デブの映画かあ!」と叫んで帰っていった。太った女性が主役というのは、ポスターやチラシ見ればわからないか?成人映画館には不思議な客がいるんだな、と思った。

さすがピンク映画の連載をしてるだけあって、キネマ旬報6月下旬号の特集で書いてる切通理作が凄い。城定秀夫の監督デビュー作から観てるらしい。2003年らしい。城定秀夫のこれまでの多くは映画.comなどには載ってない。とんでもなく膨大な量なはずだ。そんな切通理作でもVシネマは半分程度らしい。

1人でも多くの人に知られて欲しいので、1つだけ城定秀夫作品ベスト1を挙げる。「悦楽交差点」だ。私は成人映画館で観たが、たぶんR15指定に再編集したのがソフト化されている。ファム・ファタール系でストーカー男が美しい人妻を発見し追うことになるというあらすじなのだが、巧みな作劇でいつの間にか人妻女性が上位の女性映画になっていて、夢か幻かわからない展開になっていて、最後はクスりとしてしまう終わり方をするという、凄い映画だった。このように城定秀夫の映画には「驚き」がある。例えば今年の城定秀夫には「性の劇薬」という作品があり、配信が始まってるそうだ。「性の劇薬」はBL映画で、激しい監禁から始まる。同じく激しい監禁から始まる石井隆「甘い鞭」を思い出す。「甘い鞭」の場合はどんどん過激さが加速していくのだが、「性の劇薬」の場合はいつの間にか爽やかな鑑賞後感を残す展開になっている。驚くしかない。

「アルプススタンドのはしの方」にも、城定秀夫らしい驚きがある。野球の場面を一切観せない。茶道部の先生など飛び道具的に何人か出てくるが、基本は4人の男女だけ。演劇の映画化でこのような作りは大根仁「恋の渦」を思い出す。「恋の渦」は本当に限られた人しか出てこないけど。

固定の長回しが多いのが特徴で、長回しはやり過ぎると破綻するのが典型だが、そうならないのは城定秀夫の演出の腕だろう。ネタバレにならないように伏せるが、自然と「ああいうラスト」に移ってることが城定秀夫的「驚き」なのである。「はしの方」の人間たちは人間を肯定され「はしの方」の場所はいつの間にか「真ん中」になっている。「真ん中は真ん中でしんどいんだよ」という台詞への答えだ。

この作品を観て城定秀夫を知った人も多いだろうが、良ければキネマ旬報6月下旬号に載ってる4人の筋金入り城定秀夫好きの論考を参考に、これまでの城定秀夫ワールドに触れて欲しい。


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