400字の部屋 ♯9 「珈琲 3」

 1年振りに訪れた香港。太平山から眺める九龍島の景観は大陸の悠久なる時間が龍脈を伝って香港の地に流れ来たまま留まっているかのように何一つ変わってなく、屋台で買った珈琲を飲み乍ら山を下りトラムに乗って中心街の中環に行き街中をブラブラしている内に奇妙な違和感が徐徐に体内に積っていくような感覚になっている事に気付き、足を止めて街中を見回すが蓄積された違和感が己の内部をかなりの割合で占めている事を自覚して、倉橋は「うおっ」と声を上げた。道行く香港人達が歩道の真ん中で立ち尽くしている倉橋に迷惑そうな視線を浴びせてすれ違って行く。姿形は何も変わっていないが構成物質というか背景というか目に見えない成分がまるで違っているという感覚。堅固な素材で出来た橋の上を歩いていた積りが実は紙の橋だったような怖さ。己の内側にベットリと貼り付いている薄い衣のような言いようの無い不安を、倉橋は早く消し去りたかった。

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