400字の部屋 ♯19 「水 6」
久方振りに帰郷したPadは縁側でお袋の作った塩を軽くまぶしたおにぎりとバターで焼いた卵焼きを食べていた。外はかなり暑いが、縁側は上の庇で影になっていて、また居間から扇風機の風が来るので寧ろ冷んやりとしていて、音を立てた扇風機の風が皮膚を撫でる感じが子供の頃から好きだった。庭の土は親父が水を撒いたらしいが、すっかり乾いていて陽炎が出ている。放飼いにしている軍鶏が西の楠木の木陰から動かず、時折甲高く鳴いているが、鳴声は揺らめく陽炎に呑み込まれてしまうかのように、余韻を残さず消えていく。都内のゲームソフト開発会社のプログラマーであるPadは、普段は多忙を極めているが、総力戦で手掛けていたソフトの開発に漸く区切りがついたので、3日間有休を取って帰郷したのだ。Padは仕事を辞める積りで、親には直接話そうと思っていた。お袋が漬物を持ってやって来た。コップの水を一息で飲んだ。