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第八夜 〜生臭坊主〜

それはある日の夕暮れで
街もここから宵の口
やいのやいのと盛りに盛り
中々気分も良きものだ。

静かな屋敷と比べてみると
いや比べるものでもないものか
一人酒を煽る姫
それに酒を注ぐ私。

静かな日々ではあるものの
ある種の夢の果てではないか
昔は城に使えてはいた
しかし取り柄などなくて
暇を出されて途方に暮れて
姫の元に相談に
そう私だって最初は客だ
そして私に姫はいう

「ここで働き私に尽くせ
 それから私を姫と呼べ。」

はぁと頷き働き出して
それが何時かは判らぬ程に
私は姫と共にいる。

いつまで居れるか分からず共に
暇を出されるかもしれぬ。

それでも中々面白い日々。

こんな事を想うのも
黄昏時の成せる事。

ふと屋台を見てみると
そこには何やら大柄な男。
白と黒の袈裟を着て
何やら坊主のようだけど
酒を飲んではガハハと笑い
生臭坊主を隠しもしない。

何とも豪胆、気持ちが良い
人並み外れたその体躯
人とならざる匂いは漂う。

なぁに黄昏時なのだから
妖魔の一人や二人がいても
何にもおかしくありゃしない。
さぁさぁ夕餉の準備をせねば
酒を注がぬと姫が怒る。

屋敷に私が着いてみると
さっきの坊主が立っている。
何時の間にやらそこにいる。
何時の間に間に追い越されたのか
腕を組んで仁王立ち。

「なにか御用でありますか?」

見上げて私が尋ねてみると
坊主は見下げてこう言った。

「ここに姫がおるのだろう」

「確かにここに居られはしますが」

「鞍馬の坊主が会いに来た。
 そう一言伝えてくれぬか」

「其奴の噺は聞かなくとも良い」

声の方を向いてはみると
これはこれは珍しい
姫が玄関先にいる。
何時の間に間に戸を開けたのか
まるで私が化かされるのか
黄昏時にも程がある。

「おぉ姫。会うのは何時ぞや振りか
 相も変わらず偉そうに」

「会う気は更々無い故に
 生臭坊主が人里に
 迷い込んでは何事か」

ガハハと男は豪胆に
仰け反り笑い姫を見る。

「まぁまぁここで立ち話
 近所迷惑千万に
 屋敷で座して噺をせぬか?
 そこの男も一緒にな」

急に私を男は私をちらり
射抜かれたじろぎ断りもできず
私は坊主と姫と今の中。

酒を注げと不機嫌そうに
姫は私に申しつけ
坊主は瓶ごと持ってこい
往々不遜にそう言った。

私は姫に酒を注ぎ
坊主は瓶ごと酒を呑む。

姫以上の大寅が居る。

宴も闌、夜も更け
坊主が先に口開く
姫をじぃっと見つめつつ
ぬったりぬったり姫に言う。

「鞍馬の寺に戻って来ぬか?」

「あんなボロ寺行くものか」

「まだまだお主がまだ知らぬ
 技の数々知りたく無いか
 人の命や成り行きも
 思いのままに操れる
 奇妙奇天烈摩訶不思議
 昔は良く良く学んだだろう」

「娘時代の噺をしても
 誰の心も変わりはせぬよ」

坊主は鼻からため息をつき
頭をボリボリ掻いた後

「やはりお主も人の子よ
 捨てられ無残に朽ちようと
 一人佇む小娘を
 拾って育てて逃げられて
 そのまま朽ちて居るならば
 この世の無情に晒されずとも
 自由気ままに過ごせたものに」

「これは私が決めた道
 何の噺も聞こえはせぬわ」

ドンと屋敷に音がなる。
坊主が酒を床に置き
鳴らしてみては不遜顔。
じぃっと姫を見つめておった。
きっとその目に見られたならば
反らせる事など叶わない。

「人はお前を許しはせぬよ」

「そんな事は解ってる」

姫は坊主にそう返す。
しかし私は解らない。
坊主は続けて口開く。

「所詮この世は無情なり
 お主が何とも想って見ても
 所詮この世は変わりはせぬよ
 殺し殺され嬲れば嬲られ
 何の希望もありはせぬ
 そこの男も多分に漏れず
 お主はこのまま人の世で
 一人無残に命を落とす。
 それでも良いと言うのなら
 噺はこれで御仕舞いである」

姫は瞼を一度閉じ
そして見開き男を射抜く

「同じ事を言わすでは無い
 これは私が決めた道
 何の噺も聞こえはせぬわ」

坊主は肩を一際落とし
少し萎えてしまったかの様

「鞍馬の寺に帰るとするよ
 久方ぶりの人の世は
 何にも変わっておらぬはせぬも
 ただただ酒の味だけは
 いつになっても美味なるものよ」

ゆっくり坊主は席を立つ

「仇を探す女が一人
 街に入ってきたという。
 昔のよしみだ
 師弟の愛だ。
 それではさらばだ姫とやら」

そうと一言言い残し
坊主は屋敷を去っていく。
席に残るは黒い羽。
姫は紫煙を燻らすと
今宵は何も話さなかった。

いつものように
アテを作れや酒を注げ
そうとは言わずに只々と
紫煙に塗れて夜は更ける。

只々私は姫の隣に
座して夜が明けるのを待つ。

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