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台湾ひとり研究室:映像編「顏蘭權監督《種土》が投げかける希望の行方。」

  国破れて山河あり
  城春にして 草木深し

2024年9月20日から劇場公開される台湾映画《種土》は、中国の詩人・杜甫が書いた「春望」という名の漢詩のようだった。

1本の映画が、観た人の心を大きく揺さぶり、その人生を突き動かすことがある。本作は、そんな希望に満ちた阿仁の顔から始まった。阿仁は、2004年に公開された台湾のドキュメンタリー映画《無米樂》(英文タイトル「Let it be」。日本未公開)を観て、新竹サイエンスパークに勤めるエンジニアの職を辞し、41歳で農業の道に飛び込んだ。

台湾ではエンジニアというと、日本に工場を設立して話題を呼んだTSMC、先日サカナAIへの投資が報じられたばかりのNVIDIAなど、国際的にも非常に重要かつ嘱望される職業で、しかも新竹というと、エンジニアの中でもスーパーエリートの勤務地として知られる。

妻には「3年」といって阿仁が家族も巻き込む形で始めたのは、市場から出るゴミや公園の落ち葉などを活用した微生物たっぷりの土の生産である。もともと理系とはいえ、農家出身でない彼にとってはゼロからの挑戦だ。

方や、無農薬農業に取り組む安和哥は、20年かけて土を改良して台湾ナツメを生産する農家である。彼には子どもが3人いるが、誰も父親の信念を理解している様子がない。かろうじて家の手伝いはするが、継ぐ気はなさそうだ。

そうこうしているうちに、ふたりが格闘する農地は国から「サイエンスパーク」設立による立ち退きを迫られる。ふたりはどんな決断をするのか——

上映後、配給会社の代表である王帥さんが監督からのメッセージを読み上げた

8年に及ぶ撮影の間に、記録的な長雨や中国への輸出がストップする事態に巻き込まれた。輸出されるはずだった大量のパイナップルを街に運び、行き交う人に「ぼくたちが作ったパイナップルなんです。1個50元(約250円)でどうですか」と泣きそうな顔で呼びかける。最終的に、廃棄された山のようなパイナップルを前に、大粒の涙をこぼした。日本へパイナップルが輸出されるようになったのは、本作のあとの話だ。

こんなふうに泣いたことがあるのは、きっと台湾の農家だけではない。現に、政府の旗振りで減反政策が実施された結果としての、今年のコメ不足ではないのか。政策の失敗に泣かされるのは、いつだって国民だ。

冒頭の詩では「国は破れてしまったが、野山の風景は変わらない」と詠うが、本作を観終わった脳裏には大きな疑問符が拭えない。台風に豪雨という自然災害は容赦無くやってきて、異常気象は地球上の課題で、昔のままなんかではない。いや、そもそもこの詩は国の行く末を憂う内容という点では時が過ぎても変わらないのだろうか。

そんな状況を誰よりも憂えているはずの顏蘭權監督は、会場に来ることができなかった。直前に判明した病で、病室から寄せられたメッセージが伝えられた。

「この映画《種土》をいいと思ってくれたあなた、あるいは環境問題に関心があるあなたに本作のこれからを託します。台湾という大地をいい方向に向かわせること。それが私たちに健康と幸福をもたらすものと思います」

20日から台湾各地で劇場公開がスタートする。わたしたちの暮らしと食を考える1本。ぜひ多くの方にご覧いただきたい。そして、台湾農業に携わる皆さんと病室にいる監督に大いなるエールを贈ってほしい。

勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15